見出し画像

重油まみれのシロクマ

一日中、論文を書いたり、それにまつわる煩雑な作業、要約や、資料の整理、読み直し等をしていて、食事(どうしても作りおきのできるカレーやおでん、といった煮込み料理が多くなる)の時間にすこしテレビを見ることがある。昼にゆっくりテレビを観ることができる若い女性という存在は、仕事をしている人ではもちろん、家事育児に追われる主婦という存在としてもあまり想定され得ないのだが、ワイドショーとか呼ばれる昼のバラエティ番組ではそういった若い女性向けのファッション特集が多く、最近はそれを楽しく観ている。

ファストファッションとかプチプラとかいわれる低価格・まあまあの品質を備え、規格化された「ファッションアイテム」を揃えた店を舞台に繰り広げられる女性タレントの「コーデバトル」では、事情に通じているらしいモデルやタレントが今年の流行を紹介しつつ、「アクセントカラー」とか「ボディライン」とか「三つの首」(首・手首・足首を見せることで全身が引き締まって見えるというワザ、わたしは密かに「ケルベロス」と呼んでいる)に留意した「全身コーデ」を完成させるのだが、それによると、今年は「ベージュ」や「アイヴォリー」が「トレンド」らしく、昨年偶然にも象牙色のナイロンコートを購入していたわたしとしては、図らずも流行についていくことができていることに苦笑してしまう。

ところでこの象牙色のナイロンコートは、膝まで届く丈に加え、内側には羊の毛のような保温性の高いパイル地のインナーがついており、それがボタンで留められているので、春先や秋口にはインナーを外して薄手のコートとしても着用できるので非常に重宝している。また同様に、これからの時期に活躍してくれるのは「ボア」と呼ばれる、羊の毛のようなモコモコとした生地のアウターで、わたしは昨年、クマのようにたっぷりとした毛のついた(もちろんポリエステルの)黒の「ボア」を購入しており、それはもちろん今年も着る予定なのだが、問題はその色なのだ。
わたしはこの「黒」のボアがクマやクロネコを連想させてかわいいし(名前は「ボア(蛇)」なのに)、合わせやすくてよいと思うのだが、今年の「トレンド」ではベージュ系統の「ボア」が良いとされていて、もちろん個人的にはなんら問題はないのだけれど、多くの人はベージュ系統の「ボア」を着るようになるだろう。たとえばディズニー映画ではダルメシアンの子犬を一網打尽にして毛皮でコートをつくろうとたくらむ女が登場したのだったが、それとは事情が異なるとしても、ベージュ系統の「ボア」はどことなくシロクマを連想させる気がする。「ボア」はもちろん実際に動物の毛皮をつかってはおらず、ほとんどが石油を原料としたポリエステルからつくられた化学繊維なのだけれど、それゆえ、白い「ボア」は、北極海で沈没したタンカーから漏れ出す重油によって溺れ死ぬホッキョクグマを連想させる。いちど力を持った想像力というのはしぶといもので、白い「ボア」は石油臭さと結びついてしまい、挙げ句のはてにはホッキョクグマの密猟者のイメージをも喚起する。それには今年の「トレンドカラー」が「アイヴォリー 象牙色」であることも影響している。

ファッションはつねに奴隷労働や密猟、女性差別、環境問題といったアクチュアルな課題を背負っているということは言うまでもないのだが、「全身コーデ」を完成させようと躍起になる女性タレントの多くが発する「やっすぅ~~~い!!!」という感嘆のことばはもちろん、低賃金労働を批判するためのものではないし、「象牙色」のトレンドはべつに密猟への警告として決められたものではない。ただ、当の「コーデバトル」の結果は、ターゲットとなる若い女性の批評的視点が欠けているせいか、いつも納得がいかないし、たまにある男の「コーデバトル」にいたっては、企画の迷走っぷりに唖然としてしまうのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?