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「続くことを記述する」をめぐる雑考:価値が巡りつづける/価値を巡らせていく現象としての“経営”を説明するとしたら。
何か、別にこじゃれたことを書こうと思っているわけではありません。
このGWのあいだ、あまりがっつりと研究らしいことをしませんでした。ただ、ちょいちょい空いた時間に、あまり集中力もなくインゴルド(Ingold, T.)の訳書をいくつか眺めていました。
タイトル写真に使った『生きていること』(原著題“BEING ALIVE : Essays on Movement, Knowledge and D
発酵的共愉。第2回臨床経営学フォーラムのこと。
今日は、京都大学経営管理大学院特定助教で、臨床経営研究会の代表でもある伊藤智明さんのお誘いで、こちらに木村祥一郎さんと登壇してきました。
司会は、神戸大学の服部泰宏先生が担ってくださいました。また、聞き手として、日本画家の石田翔太さん、慶應義塾大学商学部専任講師の岩尾俊兵先生、そして京都大学大学院経済学研究科の牧野成史先生、さらに会場にナラティブや質的心理学研究で私もご著書を持っているやまだよう
“神”を細部に宿らしめることとしてのデザイン経営。2021年10月21日から22日にかけての思索。
いつの間にか、私もデザイン経営という言葉をよく使うようになってきました。最初はかなり懐疑的だったし、使うとしても「方便」だと思っていました。今もそういう思いはあります。いちおう学者なので、言葉はちゃんと定義して使いたいほうです。ただ、あまり厳密に定義しすぎずに、徐々に領域境界を浮かび上がらせていくほうがいい場合もあります。デザイン経営という言葉は、その一つであるように感じています。
こういったか
価値循環エコシステムのデザイン原理としての企業の存在基軸:Purpose / Vision / Value / Missionをめぐって
ここ最近も、Xデザイン学校大阪分校、サービスデザインネットワーク日本支部(SDNJ)の「サービスデザインシステムの描き方」ワーキンググループ、文化の読書会(現在、ブローデル)、デザイン文化の会(現在、マンズィーニからクリッペンドルフ)といったゼミ的な学びの場には事欠かない山縣です。オンラインが通常モードになった今では、こういった学びの場がおそらく増えてるんじゃないかと思います。私も、その恩恵に浴し
もっとみるその際(きわ)をば、面白しなどとも云ふべからず:モノから得られる感覚と、そこから広がる時空間。
これは、世阿弥の『拾玉得花』にある一節です。このあと、以下のような文章が続きます(ただし、抜粋。引用は岩波書店刊「日本思想体系」第24巻『世阿弥 禅竹』に拠る。表記については私意により改めたところがあります)。
「面白しとは、一点付けたる時の名也。一点付けざる以前をば、何とか云ふべき」「遊楽(能のこと:山縣補注)の面白きと見る即心は、無心の感也」「言語を絶したりしは妙、すでに明白となるは花、一点
生活世界の構想としての意味のイノベーション:価値循環フレームワークとともに
以下の小論は、2019年7月22日に開催される下記のイベントでのLTのために書き起こされた試論です。
はじめにようやく、というべきか、企業を含む〈価値創造〉における〈意味〉の重要性に光が当たるようになった。もちろん、組織における意味生成や意味共有、さらに意味のダイナミクスについては、すでに1930年代から議論が始まっていた(註1)。
(註1)経営学史でよく知られたところでは、バーナードによる“
欲望とは何か。
大きく輪郭線を描いたことのない人は、遠くにあるものの匂いを感じにくい。(by 安西洋之さん)
※ 下書きは早くからしてたんですが、忙しかったり、体調崩したりで、投稿が前後しました。ご了承ください。
この言葉、前に書いたnote記事をFacebookでシェアしたときに、〈意味のイノベーション〉などでよく知られ、幸いに今月(2019年7月)にミラノから日本へお越しの安西洋之さんと、コンセントのサービスデザイナー・赤羽太郎さんとのやり取りのなかで、安西さんからいただいた言葉です。細に入り微を穿
役に立つかどうかという問いの、役に立たなさ。
2019年6月12日(水)、先月に続いてハブチンさんとアリエッティさんのTwitterラジオに出させてもらいました。テーマは「伝統芸能」。
私だけでなく、歌舞伎がお好きな原美和子さんも。楽しいひとときでした。音源は上記のアカウントにアップされてるので、ご興味の向きはご笑聴くださいませ。
さて、21時半くらいに発信おわって、そのあともzoomでしばらく(2時間弱w)いろいろ談義をしてました。その
五感の大事さを経営学に持ち込みうるのか、とか。
ゼミ第11期のメンバーの誰か一人でも、ゼミ後にブログを書いたら、私自身も書くことにしようと思います。
とはいえ、今日のゼミはPJ先への初訪問に向けて、チームごとに質問や「やってみたいこと」を顕在化してってのがお題だったので、私自身が書くことはあまりありません(笑)
ただ、たまたま今日、大学生協の書店で見つけて衝動的に買った一冊からの雑感と併せて書きとめておくことにします。
水曜日のBBQ、天
根源的(radical)に問うこと:経営学史学会全国大会をめぐる個人的雑感
先週末は札幌で経営学史学会第27回全国大会がありました。統一論題テーマは〈経営学の概念を問う〉。私もこの学会で役員をしてるので、統一論題サブテーマ1〈「企業」概念を問う〉の司会を仰せつかりました。
基調報告は青森公立大学の藤沼 司先生。文明という壮大なコンセプトを軸に論じられるあたり、興味深くもあり、また咀嚼するのにいささかの時間を要するところもありますが、人間の生活のありようという意味合いで捉
経済の部屋の底板がはがされなければならない。
マザーハウスカレッジでお世話になっている、マザーハウスの代表取締役副社長の山崎大祐さんの投稿。
そのなかで「経済活動に心を復権する」というフレーズがありました。
これを読んで真っ先に思い浮かんだのが、ニックリッシュの次の言葉です。
「経済の部屋の底板がはがされねばならない。」(Nicklisch, H.[1929-31]S. 7)
「経済学者は、経済生活の諸現象をその根底に達するまで追跡し