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再びととのう(2023.06.03)

子どもらが早く寝てくれた。と言っても10時ちょっと前だけど。

妻はまたまたまたまたドキュメンタルを見始めた。しばらくは一緒に見ていたが、意を決して私は久しぶりに温泉に行くことにした。そして今回はサウナで「ととのう」事を目的とした。

行ったのは人生初の「ととのう」体験をした「やまなみの湯」というところ。

今日は時間が早い(と言っても着いたのは11時前だけど)ので、まぁ人が多かった。大半は学生で、まぁ若いので体がたるんでない。ハリがある。というか、皆何かしら体を鍛えてる風で、腹が6つに割れてる男子も少なくない。なので、私みたいなおっさんはどうしても目立ってしまう。考えすぎかもしれないが。

私は薬草入りだとか、高熱地獄だとか、スタジアム風だとかの3種類のサウナをそれぞれ10分ずつやって、その都度けっこう冷ための冷泉風呂に入り、体を休めた。

予定通りそれは3回目、体を休めている時にやってきて、意識の角が粒立ってくるような感覚だった。すぐ横の「ビューティーバス」では、周りの学生たちからは浮いた感じの、どちらかというとふくよかな体形をしている学生3人が、それぞれの風俗体験を声高に話している。曰く、「大分は安い。東京だと30分で21,000円。1j時間だと40,000円もする」だとか、ブスがどーとかかわいいのがどーとか。あと、もしも彼女がいたらあーするこーするの妄想話だとかを「マジで!?オレも!」などと恥ずかし気もなく、というか、むしろ周囲に聞かせたいんじゃないかというくらいの大声で話している。

私は3セット目の大詰め、最後の休憩でプラスチックの一人掛けの椅子に座りながらじっと目を閉じていた。傍らで「ビューティーバス」にぶよぶよの体を浸しながら、下品でしょうもない話に花を咲かせる男子たち。その大きな声はどうしても耳に入ってくる。一方で、大量の湯が水面を打つ音がドウドウと聞こえる。その他雑多な声や音。それらが混然となって意識を徐々に黒と紫の中間くらいの色に染めていく。

やがて右の方から聞こえるお湯の音がまるで濁流のように大きく聞こえ始める。モテない学生たちの声はより断片的になり、内容は聞き取れなくなる。音から推測する状況はほとんど大雨による災害時のそれで、私は氾濫する川のすぐ横で身を横たえているような感覚になる。それから、足元が頭と同じ高さにあるようにふわっとした浮遊感が訪れ、音はさらにそれぞれの輪郭を失ってひとつの大きな塊のようになって、そこでようやく私は「ととのった」と感じた。

とても気持ちが良かった。無我の境地とはこういう事を言うに違いないと思った。モテなさそうな男子3人はいつの間にか「ビューティーバス」からいなくなっていた。そしてあんなにたくさんいた客は気づけばまばらで、数える程しかいなくなっていた。

「ととのった」私は、それからひとっ風呂浴びて外へ出た。久しぶりに感じる身軽さ。風がとても心地よい。感覚が研ぎ澄まされていて、まるで10代の頃のようだ。空には満月が眩しく輝いている。

しかし家へ帰ると玄関に明かりがついていて、やっぱり妻がそこにいた。そして「ようさん楽しんではりましたなぁ」というような顔で私を見ている。

首根っこを掴んで無理やり現実に引っ張り込まれたような感覚だった。そしてこれこそが私の生きる、愛すべき現実世界だった。

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