見出し画像

「おかあさんへの手紙」発行の背景(第8号・2002年5月24日発行)

--------------------------------------------------------------
---◇ 山口“悟風”智・作「おかあさんへの手紙」◇--------------
--------------------------------------------------------------
------------------------------- 第8号・2002年 5月24日発行 ----
--------------------------------------------------------------

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
☆今週は、「おかあさんへの手紙」発行の背景を書きます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 こんにちは。「おかあさんへの手紙」の筆者・山口“悟風”智の長男、山口一朗です。

 毎月第4週は、“悟風”の作品そのものではなく、作品が書かれた時代や舞台などを、発行人の私が書いています。今回は、メールマガジン「おかあさんへの手紙」を発行することにした背景として、過去に書いた文章を載せようと思いました。

 以下の文章は、財団法人奈良市商業振興センター(http://www.nmsc.or.jp/)が、かつて開設していたローカル・パソコン通信「シルクン」に掲載したものです。シルクン内には、当時、私が勤務していた毎日新聞奈良支局が開く「MAIN(マイン)」というコーナーがあり、奈良の地域面と連動して、読者からの投稿を募集していました。その後、インターネットの普及に伴って、シルクンはなくなってしまいました。

 この文章は本来、前後半に分かれていたものです。今回は、一本につなげて載せることにします。

=================================================


発信者 : MSC84393 イチロー 山口 一朗
標 題 : 父の「初夢」
受信日 : 96-01-11 15:08:00

 正月休みで、一年半ぶりに帰省しました。今回の旅は関空からの初飛行のうえ、ある後輩と五年ぶりに会う約束もしており、楽しみでした。舞い降りた古里は、例年より深い雪に覆われていました。

 ところが、帰宅すると以前との違いを妙に感じました。特に父。若いころは真四角だった顔が、二回りほど小さくなっていました。昨年春、地元の小学校長を最後に、四十年続けた教職を退いた父には「毎日が日曜日」。最近は朝から缶ビールを開け、終日テレビを見たり、飼犬や金魚の世話だけをしていました。「悠々自適」なのでしょうか。以前の父を知っている私は、どうしても気になり、つい尋ねました。
 「お父さん、本を出す話はどうなった?」
 教員は「書く」仕事が多く、退職記念に本を自費出版する人が少なくありません。父も毎週の学級通信に「おかあさんへの手紙」と題する随想を書き、学芸会で児童たちが演じる劇の脚本を多く作りました。二十年も前から「退職したら、本にまとめるぞ」が口癖。引退間際にも、私が取材で親しくなった著名な書家の名前を上げ、「題字や挿絵をかいてもらえないだろうか」と意欲を燃やしていました。
 ところが、この正月に私が帰省した時、父が「引退後の書斎」とするはずだった部屋の床には、書類が雑然と積み上げられ、ひんやりとした空気が漂っていました。

 「本を出すのが夢」と言っていた父が、退職後一年近くなり、全く作業を始めてない様子を見て、がっかりしました。父が書いた脚本の題名を二、三挙げ、「あるか」と聞きました。父は、片手では運べない大きなファイルを持ってきました。二十代当時から最近までの作品を集めていました。最初はガリ版で印刷した文章を、ワープロで打ち直した作品もありました。全校児童十二人の寒村の小学校で、担任でもあった父の指導を受け、私が主役・もも太を演じた「初瀬参り」の脚本もありました。ただ、具体的に目次や構成を決めた訳ではなく、若いころから語り続けた「本」は、夢のままで埋もれていました。
 もっとも、田舎の元教員がどんな自慢話を集めても、だれも見向きしないでしょう。まして、他人の生き方に何か影響を与えるとは思えません。ただ、何年も前から聞いていた父の夢が、このままになるのは許せない。
 奈良に戻るため、空港へ向かう車の中で、父に言いました。「本づくり、本腰をいれないと、いつまで経っても完成しないよ」。冷たい言い方だったかも知れません。父は小さく「うん」と言っただけでした。運転しながら傍らで聞いていた母の目からは、みるみる涙があふれてきました。

 新聞記者という仕事柄、まとまった休みはなかなか取れず、事件でもあれば、休日出勤は常です。今度の帰省はいつになるのか。その日まで、父の作業がどこまで進んでいるか。気になってしかたありません。

=================================================


(2002年5月24日、発行者・山口一朗)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
☆来週は、低学年トラック
 1975年度北海道上川郡風連町立風連中央小学校2年学年通信「リボン」より

山口“悟風”智のプロフィールは、
http://plaza.rakuten.co.jp/gofu63/profile/
をご覧下さい。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■発行者: 「悟風の書斎」管理人・山口一朗
        yamaguchi_gofu@yahoo.co.jp
「悟風の書斎」http://www.asahi-net.or.jp/~jh2i-ymgc/gofu.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

※トップの画像は、「北海道の地図 市町村名入り」PJさん作成。
旧「風連町」は「平成の大合併」で、名寄市の南半分のあたりになりました。この地図は「イラストAChttps://www.ac-illust.com/ よりご提供いただきました。ありがとうございました。

■「おことわり」

 ☆明らかな間違い以外は、基本的に筆者・山口“悟風”智が書いたまま載せています。なお、文中「財団法人奈良市商業振興センター」のURLをそのまま載せていますが、現在はリンク切れになっています。(編集者・悟風のムスコ)

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?