オスカー・ワイルド『幸福な王子』を読んで
『幸福な王子―ワイルド童話全集』オスカー・ワイルド 1968.1.17 発行 新潮文庫
この作品にはキリスト教信仰をあらわす象徴や寓意が数多く描かれています。
オスカー・ワイルドについて
ワイルドは、1854年、アイルランドのダブリンに生まれます。裕福な人々の住む街でしたが、同時に、スラムに住む困窮した人々を目にすることも少なくありませんでした。
翌年彼は、アイルランド教会で洗礼を受けます。アイルランドではカトリックの信者が多数を占めていましたが、裕福な支配階層は、イギリス国教会の流れを汲むアイルランド教会の信仰を有していました。
ワイルドの通ったアイルランドの名門トリニティ・カレッジは、すでに、1793年、カトリックにも門戸を開いていましたが、ワイルドの学生時代でも、さまざまな差別があったと言われています。
そのようなアイルランド社会にあって、ワイルドは、アイルランド教会というプロテスタント系の信仰を忠実に抱き続けたかというと、必ずしもそうではありませんでした。
優れた文筆の才を有し、社交界で活躍しつつも愛国的発言をすることが少なくなかった彼の母は、熱心なカトリックの信者で、一説には、ワイルドにカトリックの幼児洗礼を受けさせたとも言われています。
長じてからも彼は、生涯、カトリックへの改宗を考えていることを友人宛ての書簡で告白しており、ヨーロッパ大陸への旅行の途中、バチカンへ立ち寄ってローマ法王に拝謁する機会を持ってもいます。
結局、彼が正式にカトリックに改宗したのは、文人として一世を風靡しつつも、結局・受刑を経たのち、病によってパリの宿で亡くなる前日のことでした。
しかし、激しい境遇の変化の中にあっても、彼は常に、カトリック信仰への親しみと信頼、あるいは憧憬を抱いていたと言えるでしょう。
『幸福な王子』
ある町の高い円柱の上に、幸福な王子の像が立っている。王子の像は、全身に薄い金箔が施され、二つの目には青いサファイアが、刀の柄には赤いルビーでできている。王子は、ツバメに頼んで、自身を飾っていた宝石や金箔をはがして、貧しい人々に分け与える。最終的には、ツバメと王子は、天使によって神様のいる楽園へと運ばれる。
王子の宝石類を片手にすると皆、大喜びしますが、それが誰の手によるものなのかは誰も知りません。
このいわば無償の愛は、美と悲哀という、ワイルドのたどり着いた芸術観そのものをよく表しているのではないかと思いました。
※ワイルドの童話的作品集に『ザクロの家』があります。ザクロは、キリスト教的な復活の象徴ともされます。しかし他方で、ザクロは禁断の果実であり、神の世界と人間界を分かつ分水嶺でもありました。
王子の目から取り出されたサファイアによって作品を仕上げることのできた劇作家に、豊饒や復活の意味を込めたのか、それとも、本当のことを知らず、自分の作品が評価されるようになったと喜ぶ劇作家の危うさを示したのか、青年の唇のザクロのような赤みを、そう表現したのではないかと思いました。
王子とツバメは、最終的には天使によって、神様のいる楽園へ運ばれることになります。『幸福な王子』は、幻想的で美しい物語でした。
『ナイチンゲールとバラの花』
学生は赤いバラを持っていないため、愛する女性とダンスできないことを嘆く。ナイチンゲールは彼のために赤いバラを作ることを決意し、自分の身を犠牲にして、赤いバラを作る。しかし、学生はバラを受け取り、それを無駄にしてしまう。愛と犠牲の物語。
『幸福な王子』の次に登場する『ナイチンゲールとバラの花』もまた、この無償の愛の表象にほかなりません。
『幸福な王子』をはじめとする童話作品には、芸術のあり方を追求して世紀末を駆け抜けたワイルドの、豊かな悲哀がほとばしり出ているようです。
『わがままな大男』
庭に遊びに来る子供たちを煩わしく思う男が、塀を作ったがゆえに鳥の歌が消え、花も咲かずと霰の降る、春が永遠に来ない庭になる。利己的な男の物語。
ワイルドの話はどれも美の枠に入るものだと思いますが、独り者の男の独善的で淋しい人生の終わりかけに、ようやく美しい春が訪れる様は良かったです。
美しいものは皆で共有すべきであるというワイルドの強い思いが込められていると感じました。
『王女の誕生日』
最後の王女の非情な台詞と心臓の破れてしまった侏儒。どちらも罪ではなく、咎めることは出来ない。
しかし、純粋な侏儒の繊細で柔和な心とその壮絶で残酷な嘆きと叫びの中での死を想うと、いたたまれない気持ちになりました。
『漁師とその魂』
人魚に恋をした漁師が「魂」を捨てる物語。
「魂」は自分を捨て去った漁師から切り離され、孤独のうちに悪に染まり、仕返しに漁師を財宝や人間の女で誘惑しようとします。それでも人魚に対する愛が深い漁師は、いかなる利害にも服従しません。
この童話は「愛」をテーマにしています。
この言葉にワイルドの美学がまとめられているなと思いました。
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