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安部公房『砂の女』を読んで

『砂の女』 安部公房 2003.3.1 発行 新潮文庫

内容
 欠けて困るものなど、何一つありはしない。砂穴の底に埋もれていく一軒家に故なく閉じ込められ、あらゆる方法で脱出を試みる男を描き、世界20数カ国語に翻訳紹介された名作。
 砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める村の人々。ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のうちに、人間存在の極限の姿を追求した長編。読売文学賞受賞作。

裏表紙より

 砂穴から脱出するために主人公はありとあらゆる具体的な手段を使う。そのような砂穴で生活している人はいないという常識を忘れ、脱出の試みの描写を夢中で読みました。

 男は何回失敗しても諦めず、罠にかかった動物のように自由を求めて蠢動し続けます。

 日常から抜け出せたと思っても、外には別の日常がある。地上に居れば砂丘の村が羨ましくなり、砂丘の村に居れば地上が羨ましくなる。ある意味日常からは抜け出せないと思いました。

 特に奇妙で印象に残ったのは、主人公が逃げる途中、砂に埋もれて身動きが取れなくなったところを村人たちに助けられるシーンです。男が窮地に陥ったのを助ける村人の反応は非常に怖いです。妙に優しく、不気味でした。

 男はだんだんと穴の中の生活に順応します。外との連絡手段を失いますが、新聞は運ばれます。新聞は「外の世界の日常」を意味しており、徐々にそれに対して関心が失われていく。外の世界への関心が下火になるにつれて、ささやかな満足感のようなものを感じていたのです。

 また、「希望」と名づけたカラス捕獲機を作り、それが偶然水分を吸い上げる「溜水装置」になることに気づきます。つまり、水の発見です。しかし、脱出するための「希望」は、居残るための「希望」に転換されていきます。

 穴の中で、不便ながらも完璧に近いほど生活の条件がそろってくるため、偶然、自由の道が開かれても、逃げないことにします。

 どうして、男は逃げなかったのでしょうか。

 冒頭の文章に書いてある「罰が無ければ、逃げるたのしみもない」。

 私たちは、自由や人生の目的・生き甲斐がどこか遠くにあると思いがちですが、実は、それらは目の前にあるのかも知れません。

 何か1つでもいいから熱中できるもの、自分が集中して取り組めるもの、そんな目標を見つけることができたとき、人間は極端に制限されていたとしても、希望みたいなものを持って生きることができるのでしょう。言い換えると、住めば都という概念かもしれません。

 もしかしたら、自分も砂の中に暮らしているかもしれません。そして、そんな砂の中でも、それだけで人生をそれなりに楽しく生きていくことができるものなのかもしれないと思いました。

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