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連載小説『縄文人の俺が弥生人のアイツに土器土器するなんて』第15章「ここへ来た本当の理由」後編

        
第15章 ここへ来た本当の理由 後編

           
 石の神様のいるストーンサークル(環状列石)は村から歩いて1時間もかかるところにあった。山道は夕焼けに染められ、赤い太陽が沈んでいくのが見える。木々に覆われた道をひたすらに歩く。冬に枯れた草の下からはもう、新しい黄緑の新芽が顔を覗かせていた。
 
 臨月の僕は、どうかお腹の赤ちゃんが突然生まれてきませんようにと、ひたすら祈りながら歩いた。お腹の中ではもう、赤ちゃんが形としてわかるほどにしっかりとそこに存在して。それなのに腹の皮一枚で出会えていないという、不思議な状況だった。
(頼むから……今は生まれてこないでくれよ、頼むから……。)

 目の前に環状列石が広がった。一つ一つの石は両手で持てるほどの大きさだけど、いくつかの巨石が要所要所に置かれ、一瞬で遺跡に来たとわかるこの場所。石の配列は素朴な造りだけど、規則的に組まれた石がその場所を特別なものにしている。三重の輪になった環状列石の中心には、意思を持って語りかけるあの神様がいた。
「……かみさま」
 弥生人の女性になって妊娠している僕は、夕暮れのシルエットの中では完全に女に見える。縄文の夏の日差しで小麦色に肌が焼け、一つに束ねた長い黒髪が揺れている。
 石の神様はじっとして、動かなかった。遺跡の中でしんとした音を聞くと、今までのことはすべて夢だったんじゃないかと思えるほど、神様は石そのものだった。
「神様……神様! 石の神様、コラ起きろォーーーー!!!!!」
 僕は石にしがみついて叫んだ。その時、温かさと共に、石の神様が目を覚ますのを感じた。

 (おろ~? もう一年も経ってたのかぁ……寝てたら君が妊娠してるだなんて。すごいねえ。ちゃんと、色々できたんだねぇ~!)
 いつもの調子。あの石の神様だ。僕は少しだけホッとして話しかけた。
「それはいいから、お願いがあるんだ……アシリの嫁の、ルルが流産した。どうか、その子を生き返らせてくれないか? アンタ神様なんだから、それぐらいできるだろう!?」
 石の神様は黙って僕を見つめていた。
(……残念だけど、それはできない。)
 僕は堰を切ったように泣きだした。どうにもならない涙が次々と溢れてくる。
「そんな! だって、あんた石の神様じゃん! 僕を縄文時代まで連れてくることもできたじゃん! どうか、ルルの赤ちゃんを助けてよ……僕の赤ん坊と引き換えにしてもいい! ルルの、赤ちゃんを助けてよ……」

(おやまあ……。すごいねえ。そんな、何ヶ月も腹の中で育てた赤ん坊を差し出せるほど、君は彼女を愛しているのか……でも、それはできない。)

 

神様は調子を変えずに言った。

「なんで!? なんでだよ!」
(それはルルの望みではないからさ。)
「そんなバカな!」
(……あのね。なんでこんなことが起こるのかって、君は考えているんでしょう? それは、普段は言えないけど、君はこれを言われるところまで望んで生まれてきたからもう、言うね。)
「え……?」
(全ては、生まれる前に自分でデザインした、人生なんだよ。ルルは、一度目の出産は失敗しても、二度目の出産で成功する人生を選んで生まれてきたんだ。)
「そんなの、嘘だ!」

おいおいおい。本当だよ。あんたら、何度生まれ変わって来てると思ってるの? 毎回、普通のしあわせな人生を飽きるまで送ってきたから、苦しい方にチャレンジしたんだろう? 君だって、いや。君は、珍しいタイプなんだ。何て言っても、縄文時代にも生きてたことのある君が、何百回と転生を繰り返して「過去の縄文時代に憧れて、弥生人に転生する」ところまでデザインして、生まれてきたんだから。モテない現代人としてね。)
「嘘だ……! そんなの、望んでないよ!」

(君の本当の魂は、現世が辛かったからこそ縄文時代の彼らと交わることが深い喜びに繋がることを知っていたのさ。だから僕に頼んで、ここに来るというところまでデザインして生まれてきた。だって、君と僕はもう、何百回と出会っているんだよ。様々な世で君は、僕を探して見つけてくる変な魂だった。何度でも見つかってしまうんだ、君には。だって僕は、世界の終わりまでほとんど場所を変えずにいられる、「石」だからね。)

「そんなの……全然、記憶にない……」
(縄文時代に転生したいだなんて。生まれる前の君のぶっ飛びかたは相当なものだったけど、君って相当きれいなおばあさんだったから。あ、前に死んだ時ね。ついつい僕も引き受けちゃったんだ。)

 僕は混乱しながら、石の神様を掴んで言った。
「じゃあ……じゃあ、ルルはどうしたらいいの? あんなに、やつれて。あのままじゃ死んじゃうよ……なんとかしてよ!」
 神様は落ち着き払って僕を見つめていた。西の空はオレンジの夕陽と紺色の闇が混じって、薄青い空が頭上に広がり、夜へと交代していく時間だった。
(それは、ルル自身が知っているんだよ。あとは、君がこれから何をすべきなのか。それも君自身が知っている。そんな身重の身体でここまで来るんじゃないって叱りたいけど、残念ながらここでこの話をすることも前から決まってたんだ。大丈夫、君はちゃんと赤ちゃんを産める。産んだら、約束の現世に帰してあげるから。またおいで)
 
 僕は石の神様を見た。いつもの
 同じ魂をした僕の知らない僕が
 ずっと生まれる度に探し当てた
 という石の神様を……そして、
 驚いたことに僕はこれから何を
 すべきなのかを既に知っていた。
 ルルと、やらなければいけない
 大切な儀式を、知っていたんだ。

(すべては君が知っていることなんだよ……)と、石の神様は言った。本当に驚いたことに、僕は今やるべきことを知っていた。

つづく

次号、最終回!! 

連載小説『縄文人のオレが弥生人のアイツに土器土器するなんて』

第一章 ストーンサークルで神に会う
https://note.mu/yamadaswitch/n/nc2d544fc1914

第二章 弥生人として嫁に行く
https://note.mu/yamadaswitch/n/ne7ee7f444ee5?magazine_key=mddd3d82c5500

第三章 (有料 300円)コレ、どうしたらいいの?
https://note.mu/yamadaswitch/n/n52c59819a28d?magazine_key=mddd3d82c5500

第四章 縄文人の男を取り合うだなんて
https://note.mu/yamadaswitch/n/n1b5fc2a55a83?magazine_key=mddd3d82c5500

第五章 初めての恋
https://note.mu/yamadaswitch/n/nfda8c0503c9f?magazine_key=mddd3d82c5500

第六章 胸が土器土器する
https://note.mu/yamadaswitch/n/nf99b1b0e5cdc?magazine_key=mddd3d82c5500

第7章 (有料200円 ロヒンギャ難民支援付き)縄文人と交わるだなんて
https://note.mu/yamadaswitch/n/n2643df55fedc

第8章 恋とかしても生きていかなきゃいけないし
https://note.mu/yamadaswitch/n/ne769a6b748da 

第9章 弥生式土器を教えたくない僕
https://note.mu/yamadaswitch/n/n874767572529?magazine_key=mddd3d82c5500

第10章 嘘みたいな本当の話
https://note.mu/yamadaswitch/n/nf32b6f2c217c?magazine_key=mddd3d82c5500

第11章 「僕はどう生きたら僕なんだ?
https://note.mu/yamadaswitch/n/n4a0737bc35f1?magazine_key=mddd3d82c5500

第12章 「彼氏に置いていかれた二人」
https://note.mu/yamadaswitch/n/n958b7fecbcf4?magazine_key=mddd3d82c5500

第13章 「ここへ来た本当の理由 前編」
https://note.mu/yamadaswitch/n/n5b825add61f4?magazine_key=mddd3d82c5500

第14章 「ここへ来た本当の理由 中編」
https://note.mu/yamadaswitch/n/n9f7970228221

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