【2022.12.1.】活動と参加へのアプローチ⑩「せっかく気づいているのに、プライドが邪魔をする」
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理学療法士や作業療法士、言語聴覚士としてプライドみたいなものを持っているセラピストも多くいるでしょう。
でもね、そのプライドの持ち方によっては、せっかくのリハビリテーションが台無しになることもある。
以下の図は良く講義で使うものです。
いろんな活動と参加へのアプローチの経験を実例で伝えている。
先日のオンライン講義でも伝えたのだが、参加者さんから
「同じようなことを経験していますが、それが活動と参加へのアプローチにつながるということに気が付いていませんでした」
って感想をいただきました。
同じことを経験していても
それが「リハビリテーション」だと捉えるのか、そうでないのかの見解の違いというのかな、思考の違いは活動と参加へのアプローチににとってものすごく大切。
そこにセラピストとしてのプライドみたいなものが影響を与えているんじゃないかなと思うのです。
そのことは過去にも記事にしています。よろしければお読みください
コーヒーを入れる活動そのものがリハビリテーションだと私は講義で伝えています。
その活動を通して
キッチンまで歩行器で移動するときの下肢の支持性や歩行時のバランスを評価する。
コーヒー豆の瓶をとる動作で上肢機能を評価する。
すべてのプロセスを見ることでコーヒーを入れる手順などの高次脳機能を評価する。
そうして、個別的な対応の中でそれらの課題や問題点に対してアプローチして、もっと効率よく短時間で「コーヒーを入れる」という活動が実践できるようになれないかということにつなげていく。
この部分を
コーヒー一緒に飲むのはセラピストのプライドとして許せない
とか
コーヒー飲むのはリハじゃない
って考えるのは早計でしょう。
利用者さんがコーヒー好きで、それを入れる活動がもっと今より上手になるようにすることが、理学療法や作業療法ではないのですか?
あなたの実践しているリハビリテーションは何を目的に実践されるものなのでしょうか?
筋緊張の軽減
アライメントの修正
正しい動きの学習
それが生活行為に結びついていると考えていますか?
それが結びつくならいいけど、実際の生活の状態の改善につながらないなら意味はないと思いますよ。
セラピストとしての変なプライドだけのリハビリテーションにならないようにしてほしいなと思います。
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山田 剛
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