犬に顔を噛まれて40針縫って死にそうになったが犬は悪くない
12年前の2012年、私は出張先のブラジルで犬に顔を噛まれて現地で顔面を40針縫うという緊急大手術を経験しました。
それは当時勤務先商社の南米総支配人の社宅にて、現地取引先の幹部を招いての夕食会の後で発生しました。
招待客を見送り出した後に内輪で飲み直そうとの流れになりました。
途上国での商社現地法人トップはセキュリティ対策を含めて、一定規模の外部客を招いて会食することができる広めの「社宅」に居住することがよくあります。
そこでは社内出張者を含めた外部者を招き入れることを前提とした「公的スペース」と本人と帯同家族のみが利用する「私的スペース」に分けることが原則ですが「事件」は私的スペースで起こりました。
その社宅の主は日本からペットの柴犬を連れて来ていました。
動物好きの私は彼から「隣の部屋で寝ているので、見たかったらどうぞ」と誘われてグラスを片手に会いに行ったのです。
そして犬の名前を呼び顔を近づけた瞬間に、犬も突然の侵入者に驚いたのでしょう、かわす隙もなく私は顔面を噛まれ血まみれの大惨事となり、出血がまったく止まらずに現地の救急病院に搬送されたという次第です。
深夜の数時間にも及ぶ緊急手術も終わり、翌々日に出発して日本へ帰国しようとしたのですが、そこでも問題がありました。
ブラジルから日本への直行便がない中、通常は米国の空港経由となります。
しかし当時私は日本に居住中の米国永住権者であり、血が染み出た顔面包帯姿で米国入国審査を受けると質問攻めに遭い何かと厄介な状況に追い込まれることが想定できました。
よって「あくまで外国人が経由するだけ」という建て付けで日本行きのフライトに乗り換えが可能な欧州経由の便に急遽予約を変更して、何とか帰国したのです。
医療面でのその後の顛末は、帰国後自宅に近い総合病院で保存的治療のために定期的に通院、約1年後に全身麻酔下での鼻部再建整形手術を受けたという流れです。
残念ながら今も顔面に傷跡はそれなりに残り、鼻の形そのものも少し歪んだままですが、日常生活には何も支障はありません。
さて、この「事件」は社内的には「労災事故か否か」も論点となりました。
会社が労基署にも相談をして出した結論は「出張中とはいえ顧客接待終了後の社宅での私的スペースにて、自ら犬に顔を近づけた結果発生した事故である。社宅訪問そのものには業務起因性はあるが業務上災害には当たらない」というものでした。
私はこの「判定」に対して特に異議を唱えることをしませんでした。
何故ならば経緯は上述の通りですし、金銭的にはブラジルでの手術代は会社が負担し、帰国後の医療費も健康保険の高額療養費加算でさほど大きくなく、更には会社並びに犬の飼い主それぞれから、別途それなりに「誠意あるレベル」の見舞金を受け取ったからです。
(ちなみに会社からの見舞金は銀行振込でしたが、飼い主からはちょうど百万円の帯付き現金でした。私はさっそくその札束をポケットにねじ込み、帰国便変更等のドタバタ騒ぎの中で奔走してくれた当時の秘書とトラベルエージェント担当女性の2人を連れて高級焼肉店での慰労会を開きました)
ところで私がより心配して言い続けたことは、「犬はまったく悪くないので飼い主と引き離されての強制帰国のようなことにはならないようにして欲しい」ということでした。
この事件後「社宅に於ける公的スペースと私的スペースの厳格な使い分けの徹底」が社内通達されたと聞きましたが、海外赴任時にペット帯同が不可能になったとは聞いておりませんのでその点では安心しました。
私はこの経験により初対面の動物に顔を近づけるのは猫以下のサイズに限定しました。
「犬に顔を嚙まれると40針(forty stitches )縫うけども、猫ならせいぜい14針(fourteen stitches)だから安心だな」と、当時私は20数名の部下を持つ管理職でしたが、ブラックジャックのような傷顔で冗談を飛ばしていました。
どうも「ムツゴロウさん」と陰で呼ばれていたという噂も耳にしましたが、黒色ダブルのスーツなど着て電車に乗ると、顔傷のおかげか皆さん視線も合わさずに席を譲ってくれて、いつも快適に座ることができました。
追記:
運が良かったことがありました。
出張の同行者が偶然にも某国立大学の獣医学科卒業生だったのです。
獣医とはいえ医者を志していた方です。
ブラジルでの手術の麻酔が覚めて患部の痛みに耐えきれず、痛み止めとウイスキーストレートを同時に飲もうとする私に理路整然とその危険性を説明してくれました。
また私の前でペットボトルの水を振り「水を怖がらないので狂犬病ではなさそうですね」と半分おちょくるように言いながら帰国便も一緒に変更して面倒をみてくれました。
この場を借りてもう一度御礼申し上げます。その節はお世話になりました。
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