第3章:コーライティングキャンプ事情2〜海外キャンプ、国内キャンプ
IZU Co-Writing Campという試み
2013年から始まった“山口ゼミ”では、当初からコーライティ ングを推奨してきました。そして、ゼミ修了生の選抜チームCo- Writing Farm(CWF)のメンバーが30名を超えたこともあり、クローズドな形でのコーライティングキャンプをキティ伊豆スタジオ で2度開催しています(2015年2月現在)。
この章の最後に、このIZU Co-Writing Campのことにも触れておきましょう
“山口ゼミ”ではコーライト実習も行なっているほか、ゼミ生同士が自発的にコーライティングを行なうようなことも多く、こうした作業のやり方に関してはある程度の免疫がありました。ただ、メンバーのチームワークを強化したり、士気を高めてコーライティン グ力を上げるためには、年に2回くらいはキャンプをする必要も感 じていたのです。みんなが一堂に会して作業することで、モチベーションも上がる......要はCo-Writing Farmの運動会みたいなイメージと言えるかもしれません。
2日間の日程で、3人1組で1曲を完パケまで持っていく。眠いし辛いけど、ゲストとして新しい風も入るし、化学変化が起きる。 そんな場所が、1つは欲しいなと考えていたのです。
そんな中で、数々のヒット曲を生み出してきたキティ伊豆スタジ オが協力をしてくれることになり、IZU Co-Writing Campが実現することになりました。キティ伊豆スタジオはとても雰囲気が良い リゾートスタジオで、コーライティングキャンプには最適のロケーションです。しかも、音楽の神様が宿っているような場所ですから、 みんなが集中して曲を作る環境としては、打ってつけなのです。
ゼミ生によるレポートは別掲しますが、ここではIZU Co-Writing Campを通して見えてきたことを幾つか、記しておきたいと思います。
コーライティングキャンプはハッカソン?
コーライティングキャンプを主催してみて思ったのは、「これっ てハッカソンに似ているな」ということでした。ハッカソン (Hackathon)とは、ハックとマラソンをくっつけたIT系の造語 です。プログラマーやデザイナーが集まって、短期間に集中的に作業を行ない、ソフトウェアやサービスを開発するというイベントで すね。
似ているのは、“知らない人同士が集まって、何を作るかというところから始める”という部分です。これは実は、作曲家にとって普段とは違う形でクリエイティビティを発揮するチャンスになりま す。“だれに歌ってもらうか” “どんな曲を作るか” を自分たちで決めるというのは、仕事を受注する側である作曲家には新鮮な体験なのです。この“自己責任”という部分が、とてもハッカソンっぽいと思います。そしてクリエイターがイニシアティブを取って作業を することは、作家としての成長を促してくれるのです。
また、初対面の相手とのコミュニケーションも、作家を成長させ ます。相手を知る必要があるし、自分のこともアピールしないといけない。その上で、協議して何を作るかを決め、ケンカをしながら 完パケにまで持っていく。こういう経験は、なかなかできるもので はありません。
さまざまなドラマ
異常な熱量があって、時間がどんどん過ぎていくので、キャンプ ではさまざまなドラマも生まれることになります。
例えばメンバーによる仮歌のレコーディングで、上手く歌えずに ディレクターに叱咤されるシーンがあったり。試聴会で「この曲はつまらないね。チームがうまくハモっていないと思うよ」なんて感想を言われて、それがトリガーになりいい年をした男が「そうなんです、悔しいです!」と号泣を始めてしまう......。それだけのめり込んでいるということなのですが、楽しいだけではなく、辛い局面 も体験することが、成長のタネになるのです。
また打ち上げのバーベキューでは、参加者たちが酒を飲み交わしながら出来上がった曲について、メンバーについて、音楽に関して 激論するのも恒例の楽しいシーンです。
仲間を見つける場所
キャンプでは基本的に、主催者が参加者の組み合わせを決めるのですが、一緒のチームにならなかった人たち同士が仲良くなることもあります。やはり周りのことは気になるもので、“あのチームはどんなアーティストにピッチングをしようとしているのか” “クオリティはど れくらいか” “だれが歌うのか”といったことを、作業をしながらもお互いにチェックするわけですね。しかも試聴会でそれぞれの曲を聴くことになるので、良い意味での競争心をかき立てる場所にもなっています。ですから他のチームでも、気になる人がいれば自然と目にとまることになる。
そんな感じなので、同じチームではなくても横のつながりが発生 します。IZU Co-Writing Campでは、帰りに一緒に日帰り温泉に行って意気投合した5人が自主的にコーライティングを週1で行なうようになり、ケミストリーを感じる音源を作っているし、結果も出はじめている、という事例もあります。 僕達が決めたチームではなく、遊びを通して気が合った人たちがコーライティングを始め るというのは、とても面白いと思います。5人というのは推奨人数 より多いのですが、厳密に役割分担を決めるというよりは、米国の黒人ミュージシャンのようなスタイルで、ファミリー的に作ってい るのだろうと想像しているところです。
コーライティングキャンプは、単にセッションというよりも刺激的だし、ケミストリーが発生しやすい環境だと思っています。しか もキャンプをきっかけに新しい仲間やセッションが生まれ、コーライティングの輪が広がっていく。いままで日本には無かったコーライティングキャンプが、これからのコーライティング時代の発火剤になるのでは考えています。
そして、これまでのIZU Co-Writing Campは、CWFのメンバー +ゲスト作曲家という、参加者はいわば身内のメンバーでしたが、 2015年秋からは、オープン型のキャンプも企画しています。日本 の一線級の作曲家、サウンドプロデューサーに加えて、海外の作曲家にも呼びかけ、100人規模で集まりたいと準備しているところで す。実績の無い作曲家には、ワークショップ的に“コーライティン グ体験”の場を作り、試聴会への聴講や、超一流作曲家によるセミナーなども加えた、作曲家が主役のフェスティバルを構想しているので、ぜひ、参加してください。
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2022年8月付PostScript
前回書いたように、この時の呼びかけは「クリエイターズキャンプ真鶴」というイベントとして形になりました。
様々な交流と新しい出逢いを通じて、多くの素晴らしい作品が生まれていきました。
それまでは、一部の大手音楽出版社が、自分たちが関わるアーティストに対して海外の作曲家と日本人作曲家をコーライティングさせるという形しかありませんでしたが、僕たちは、クリエイター主導でのコーライティングキャンプを実施して、日本にコーライティングムーブメントを広げていきました。
アメリカ市場を制覇した韓国の成功事例と比べれば、日本のレコード大賞受賞なんて、本当に小さな成果ですが、日本の音楽界にコーライティングという方法論とカルチャーを根付かせていったという自負はあります。
これから日本の若いクリエイターが、グローバルに活躍するためにコーライティングについて的確に理解して、活用してくれることを期待しています。
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