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日本のコーライティング史視点で見る櫻坂46「microscope」リリース。

 「山口ゼミ」を修了したプロ作曲家によるクリエイターチームCo-Writing Farmは約150人の大所帯になっています。毎週のように提供作品のリリースがあり、切磋琢磨しつつ仲間感のあるコミュニティである彼ら彼女らは、お互いに喜びを分かち合いなら、リリース情報を共有しています。
 紹介しだすと切りがないので個別の楽曲について僕が言及はしませんが、今回の「microscope」櫻坂46は、コーライティング・ムーブメントの歴史としてエポックなので、日本のコーライティング史という側面から紹介しようと思います。作家自体がblogで紹介し、SNS拡散して、微力ながらもプロモーションに協力するというのが、CWF作家の基本姿勢です。時代も変わったなと思いながら僕もRTしています。ペンギンスの喜びのblogはこちらです。

 さて、歴史的経緯をお話します。僕が伊藤涼を誘って、プロ作曲家育成のプログラム「山口ゼミ」を始めたのは2013年1月です。その時点で日本で「コーライティング」について語る人は皆無でした。大手音楽出版社国際部による外国人作曲家と日本人作曲家によるコーライティングキャンプは行われていましたが、それは「秘密裏」のイベントで、ブラックボックスとして音楽業界内部でも実態は知られていませんでした。

「山口ゼミ」のテーマにコーライティングを掲げる

 これからの新たに作曲家を音楽シーンに送り出すとしたら、何か武器が必要と思った僕たちは「コーライティングのマインドとスキルを身につける」を山口ゼミのテーマに掲げることにしました。
 ジャニーズ・エンターテインメントがスウェーデンの音楽出版社を買収して、日本の音楽界に海外作家のセンスを取り込んでいった時に、小杉理宇造社長直系で英語堪能だった伊藤涼はど真ん中で制作に関わっていました。代表作は2005年一位セールスを記録した『青春アミーゴ』です。その時の経験を踏まえて「次は日本人作家同士のコーライティングブームが来る」と確信していた彼は、コーライティングを日本に広める活動を僕に提案してきました。ゴスペルのコンピアルバムなどを通じて、アメリカでの黒人ミュージシャンたちがコミュニティの中で創作〜制作する姿を見ていた僕は、作曲家主導の音楽制作の時代を予見していました。「コンペに勝つ」という当たり前のことだけでは不十分だと思った僕たちは、二本の柱の一つを「コーライティング」に定めることにしました。既存の一流作曲家たちは「オールインワン」一人で全部できてしまうので、コーライティングの価値に無自覚でしたから、そこにもチャンスがあると思った訳です。

 音楽の仕事を長くしていると「シーンをつくっていく」「ムーブメントにしていく」ことの重要性を知ることになります。「コーライティングムーブメント」をつくっていくためにいくつかの施策を行いました。

クリエイターズキャンプ真鶴と「木の家」での自主キャンプ

 SXSWを25年以上前から知っている僕は、ローカルイベントが街を活性化して、場の力が参加者にエネルギーを与えて、年を重ねるごとに相乗効果が出てくるというのを肌で感じてきました。もちろんあんな奇跡的な企画は僕にはできませんが、コーライティングキャンプとハッカソンを同じ街で行って、異ジャンルのクリエイターが交流する場を作りたいと考えました。
 真剣に街の活性化を考える神奈川県真鶴町のみなさんとの出会いがあって、地元の方と一緒の実行委員会を作り、2015年から毎年、クリエイターズキャンプ真鶴を行いました。コロナもあって、中断していますが、都心から1時間余りで自然の中で泊りがけで創作するというのは貴重な場が作れたと自負しています。

ソニー・ミュージックのスターDr.灰野一平参画という潮目

 20代に音楽業界人バンドで同じステージに立ったという古い付き合いでもある灰野一平さんとは、長年、定期的に情報共有をする関係にはありました。ソニアカを始めた時も連携して、「山口ゼミ」と相互送客する割引制度つくったりしました。コンペティターだと思う人もいたようで、提携案は驚かれましたが、新しいクリエイターを育てたいという僕らの思いは一緒だったので、自然な行動でした。
 Little Gleen Monsterを10代から育てて紅白歌手まで育てた彼は、ソニーミュージックを代表するA&Rです。Co-Writing Farmが木の家という施設で行った自主キャンプにゲストとして遊びに来てもらったのは、2017年のことでした。当日組合せが発表されて3人一組で集中して作品を作り、全員で試聴会をするというやり方で、熱量とクオリティの高い作品ができる様子を見て衝撃を受けた灰野くんは、コーライティングの有効性を知り、ソニーミュージック主催で作曲家を集めたセッションをやり始めました。六番町のソニー・ミュージックビルの会議室に15人〜20人の作曲家が集められるという形です。
 その時点では作家事務所は基本的にはコーライティングに対してはアンチなスタンスでした。作家事務所は、基本的にはレーベルと作家の間にブラックボックスをつくって、間で情報をコントロールすることで存在価値を認めさせるビジネスモデルですから、作曲家同士が(もちろん事務所の枠を超えて)繋がって、ディレクターとも直接コミュニケーションするやり方は、本能的に忌避します。所属作曲家にコーライト禁止を申し渡す事務所も少なくなかったようです。ところが、ソニーミュージックのスターディレクターからの呼びかけを無視するのはリスクが大きすぎます。作曲家達に知られたら不満を抑えきれないでしょう。多くの事務所から作曲家が参加していました。コーライティングを得意とするCo-Writing Farmにはもちろん大きな人数枠が求められ、参加していきました。
 2017年11月のソニー六番町ビルでのセッションの実施は、音楽業界の空気が変わり、ブラックボックス型の音楽制作ビジネスをキープしたいと思っている人たちがコーライティングを受け入れざるを得なくなったエポックな出来事でした。潮目が変わったと思ったのを覚えています。
 今回リリースされた櫻坂46「microscope」は、2017年11月にソニー六番町ビル第1回のセッションで創られた作品だそうです。どの世界でもいちばん大事なのは「結果」です。(リード曲ではなく、カップリングなのは残念ですが)結果が出たことで、コロナ禍が落ち着いたら、またソニーセッションも再開されるなと、ちょっと安心しました。

大手音楽出版社国際部からの「妨害」

 コーライティングムーブメントを忌避したのは、既存の作家事務所だけではありません。海外作曲家と日本人作曲家のコーライティングを自らの既得権益と勘違いしていた一部大手音楽出版社国際部の「妨害」は、陰湿なものでした。業界団体理事を長くやったお陰で、そういう人種とはぶつからずに位相をずらしつつ、やるべきことは実現する術を知っているつもりです。多くの良識派業界人の皆さんにも支えられて、海外でのキャンプや公式イベントTIMMでの報告会などを行って、コーライティングの意義を広めていきました。その辺の経緯に興味のある方はこちらをどうぞ。

外国人作曲家とのコーライティングセッション

 コロナがなければ、昨年は、アジアパシフィックの4都市で現地の作曲家と日本人作曲家のコーライティングセッションを経産省の助成をいただいて行う予定でした。来年には実現できるかなと楽しみにしています。トライアルとして行った台北でのキャンプレポートはこちらです。

作曲家が成長できるのがコーライティング

 自立してセルフマネージメントできるプロ音楽家が責任を持ち、ネットワークを広げながらレベルの高い作品を創っていくコーライティングという手法はスキルアップしセンスを磨く方法としても非常に優れています。数学に強い CWFの主要メンバーが、キャンプへの参加回数と採用楽曲数に明らかな因果関係があるという分析データも出してくれました。「キャンプに来ると成長するよね」という僕や伊藤涼の感覚がデータでも証明されいます。「個人へのパワーシフト」「グローバル市場化」という今の音楽界のトレンドにも合致しているので、ますます広がっていくでしょう。
 コロナで1年以上自主キャンプが実施できないので、自主的にオンラインキャンプをGWに行うそうです。Co-Writing Farm外のトラックメイカーやシンガーも巻き込んで50人超の規模で行うようで、結果を楽しみにしています。
 今秋にはリアルキャンプも可能かなと見込んで、シルバーウィークの真鶴「木の家」は仮予約しました。コーライティングキャンプの存在意義は揺るぎないものになっています。

クリエイターファーストの重要性

 コーライティング・ムーブメントの発展は、クリエイターファーストの世界の実現、そして日本の資産であるクリエイティビティをグローバル市場で活かすことに繋がり、国益に資すると自覚しています。音楽業界の外からは評価をいただけるようになってきた感触は持っています。

 そんな山口ゼミは、まだしばらく続けます。10年は一つの節目なので、自分のリソースの割き方も含めて、その先をどうするかは考えていますので、興味のある方はお早めにお申し込みください!

 コーライティングは広まったのに、書籍は意外に売れていませんww。みんな基本は抑えてほしいなと希望しています。

Co-Writing Farm作品のSpotifyプレイリストも楽曲数がずいぶん多くなりました。興味のある方は聴いてみてください。

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