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大阪音大特任教授退任と『音大崩壊』からも感じる危機感のズレ

 それは11月末のことでした。郵便受けに大阪音大から普通郵便が届いていたので、交通費の支払明細かなと思って開封したら、「契約終了のお知らせ」でした。
 2022年4月開講した大阪音楽大学 ミュージックビジネス専攻は、僕が大学から依頼を受けて、1からコンセプトを立てて、デジタルとグローバルがテーマになるこれからの音楽業界・エンタメ業界を担う人材を育成するということで始まりました。1期生に46名のやる気溢れる学生が集まり、大学運営側からも「革命です!山口さんは恩人です」を言われていたので、突然の通知にさすがに驚きました。
 事務的確認をしたところ間違いでは無いそうなので、2023年3月末を以って退任をします。教育というのは時間がかかる分野なので、卒業生が社会に出て活躍して、学校としてブランドができるまで10年くらいは取り組まなけいけばいけないないと覚悟していたのですが、要らないというのなら仕方有りません。理由は何も説明がないのでわかりませんが、学生のことを一番に考えて、これからの産業界に必要な人材を育てるために必要なことを言い続けたことを煙たく思う人達がいるのかしれません。恩義があると言われていたところから突然、普通郵便で契約終了通知というのは、社会の公器であるはずの大学の行為として、社会通念的にも礼節という意味でも問題ありと思いますが、それを正すために、コミュニケーションを取ること自体がストレスですし、エネルギーの無駄に感じます。

理事長/学長連名の普通郵便でした

 問題は学生たちです。1週間位考えて、パーソナルな講座を行うことにしました。その名は、「山口ゼミbiZ」。作曲家育成に10年取り組んで、レコード大賞受賞など結果が出ている縁起の良いブランド「山口ゼミ」を使って、ビジネス領域でZ世代向けという意味を表しています。隔週ペースでオンライン形式の講座を行う予定で、募集ページをオープンしました。せっかくなのでオープンに誰でも受けられる講座にしますのでチェックしてみてください。ミュージックビジネス専攻の学生の受講料は無料にしました。

 学生たちには、最後の講義の前日に下記のbcc一斉メールしました。「 僕は、一期生全員に対しては責任があると思っているので、希望する人に対しては今までと同じ関係を続けます。これから3年間(もちろんその先もね)の皆さんの挑戦をフォローするし、進路についてもサポートします。」
だから心配するなと伝えたつもりです。

重要なのは、日本の未来を担う人材を育成すること

 大阪音大の東京ブランチを置かせてもらっているCiP協議会の専務理事で、慶應大学で長く特任教授を務めている菊池尚人さんに報告したところ"「大学を救うこと」は公益でなく、「日本のエンタメ業界に有益な人材を送り込むこと」こそ公益と考えます"と明確な返答がきて、スッキリしました。さすが、元総務省キャリアです。一流の官僚ってこういう時の視座がすごいなと改めて思いました。まさに僕が思っていることです。
 音楽大学に新設でミュージックビジネス専攻ができることを知って、集まってくれた46人に向き合い続けることだけが大切で、他は些末なことなのです。

申し訳ないのは、客員教授のみなさん

 実は、些末ではないことがもう一つあります。本当に申し訳ないのは、お声がけをした客員教授のみなさんです。エンタメビジネスの産学連携というテーマでは日本で最高峰と言える方々が、意気に感じて参加していただいていました。僕がお願いしたのは、教育機関にありがちな「昔、〇〇だった人」ではなくて、現役バリバリでビジネスに携わっている人たちです。それが本来の意味の産学連携だと僕は思っています。多くの方は、僕と同時の3月退任を希望されました。もちろん山口ゼミbiZで協力をお願いするつもりです。
 ちなみに僕が務めた特任教授や客員教授については、契約金的な発生はなく、授業等で稼働した際の、薄謝の講義料とエコノミーの交通費のみです。大学にとっては、無償でブランディングに寄与してもらえる「お得な」状況のはずなのですが、もったいないと思わないのでしょうか?僕に非礼をしてもみなさんが残ると考えたとしたら、信頼ベースの人間関係というのがおわかりではないのかなと残念な気持ちになります。
 募集時にいた、客員教授や特任教授の大半が退任しているという状況をこれから入学する2期生に対して無責任と思わないことが理解できません。

「ブランディング」意識がない大学

 関わった以上、大阪音大全体のブランディングに貢献したいと思っていたので、いくつか取り組んだことがあります。
 音大での音楽学士という学位とビジネス専攻のバランスを取るために「ネオ・ソルフェージュ」というコンセプトを立ち上げて、その講義内容を、大阪音大卒の教員である古山さんの著作として書籍化しました。古山さんへのお礼の気持ちと、大学へのブランディング向上に寄与したいと思ったのですが、全くご評価いただけなかったようです。どこを目指して経営して、学生に学校の魅力を感じさせようとしているのか不思議です。

『音大崩壊』を読んで感じた危機感のズレ

 大阪音大にご依頼をいただいてから3年余の期間、2年間特任教授在任も含めて、音楽大学のこれからについて深く考えることとなりました。退任にあたって、そこで思ったことを音楽教育機関全体的にわたる、一般論として披露したいと思います。

 誠実、かつ丁寧に書かれている本で、著者の音大への愛情と危機感を感じることはできます。僕は読了して、違和感を禁じえませんでした。
 音大は素晴らしい、だからなんとかしなくてはというトーンから外れられないのです。「本当に生きる力」「敏感な感性」「健全な心と体」といったキーワードも言葉としては美しいのですが、音大が本当に社会から必要にされているのか否かについての掘り下げが感じられないのです。
 教育機関の価値を決めるのは、社会です。学生です。そして産業界です。
専門学校も含めた、日本の音楽系学校が共通して抱える課題は、学生にキャリアプランを提示できていないことのはずです。
 在学中に何を行うのか?卒業後にどういう仕事をしていくの?提示ができている音楽系学校はほとんどないというのが、僕の実感です。ミュージックビジネス専攻が注目を集めたのは、キャリアプランの逆算から組み立てたからなのです。(今後は非常に危ういのですが、それについては、もう少し様子を見て、改めて書くつもりです。)

音大の課題は、学生にキャリアプランが提示できないこと

 いわゆるクラシック系の学校は、トップは一流の演奏家、音楽家を生み出すことでした。クラシックの領域は、伝統芸能にも似た師匠とお弟子さん的な徒弟制度的な仕組みも出来上がって、生態系になっています。ただ、クラシック音楽の価値を日本社会がきちんと評価しきれていないことと、少子化が進んだことで、進路設定が難しくなっています。
 以前は、音楽の教員免許、女性なら「花嫁修業」みたいな感覚もあったかと思いますが、もちろんそういう時代ではありません。
 僕は、世界共通の教養になっているクラシック音楽の感覚やスキルを、ビジネス感覚で再定義して提示することが救済、活性化の道だと思っています。教えている内容自体はレベルが高いのですが、その意味が社会の中にきちんと位置づけられていないというのが課題な訳です。
 菅野恵理子さんがご著書で提示している「リベラルアーツとしてのクラシック音楽」が大きな道標だと思います。ニューミドルマンコミュのイベントにもお呼びしましたが、人柄も素晴らしく、愛らしさもあり、これからもっと活躍される方でしょう。大阪音大学長に著書を贈呈して、「よろしければご紹介しますよ」と申し上げたのですが、特に反応はありませんでした。(今となっては、お繋ぎしなくてよかったですけれどw)

クラシック以外ではより切実なキャリアプランの無さ

 それでもクラシック系では、先細り感が否めないだけで、キャリアプラン自体は存在しています。より危機的なのはポピュラー系の学科です。
 僕は作曲家育成の山口ゼミで、年に1回劇伴作曲家向けのコースを行っているのですが、オーケストレーションなどが大切な劇伴音楽の分野では、音大在籍生、卒業生の受講が目立ちますが、彼女彼らが口々に言うのは、大学に行ってもコネクションができない、仕事が取れないということです。音大で教えているのは音楽家ですから、自分が仕事をしたことがあるクライアント以外のネットワークが弱いです。自分の仕事の(あまり重要ではない)一部を分け与える以上のことはできないことが多いですね。マネージャー出身の僕は、劇伴音楽を作っているすべての会社と接点がありますから、適材適所で紹介していくことができ、実際、劇伴作曲家コースでもキャリアアップを始めている劇伴作家が増えています。

スキル指導だけでも、弱っている既存業界へのパイプだけでも意味がない

 歌もの(J-Pop)の分野では、既存の業界が新人売出しの方法を見失っていますから、業界パイプだけでは意味がありません。実は音大にとってはチャンスで、大学がインキュベーションの場となって、若い世代の力でデジタルヒットを産み出す方法を生み出していくようなことに大きなチャンスがあります。大阪音大MBでは、そういう構想ももちろん掲げていたのですが、全くワークしないまま終わりそうです。アーティスト自身をビジネス面含めてスキルアップするという「大阪音大アーティスト・アクセラレーション・プログラム」をMB生も巻き込んでやる企画を提案したのですが、「学内でオーディションをいろいろやっていて、そことのバランスが、、」という理由で頓挫しました。「アーティストがセルフプロデュースできるようにする」というアクセラの考え方と、ピックアップするオーディションは真逆の発想だということを理解してもらえませんでした。MB専攻にはアーティスト志望もプロデューサー志望も混在していて、やる気のある学生は個々人で頑張っているので、今後はそれを学外から応援してあげようと思っています。
 近年は、音楽大学にもポピュラー系の学科がたくさんあります。スキルアップについては、しっかり教えていらっしゃる思うのですが、例えばDTMを1から習ったとしても、いわゆるお勉強的なことだけで、4年間は有効に活かせません2年目からは実践を交えて現場で学んでいくことが必須でしょう。音楽市場/ユーザー動向を知らない教員は、実は学生の役に立たないのです。
 教えている内容自体は良いのだけど、社会の中で位置付けできずに、学生にキャリアプランが提示できないという問題の構造は同じですが、競争相手が多い分、ポピュラー分野は厳しくなります。
 大阪音大でも海外の音大とのコーライティングの機会などを紹介しようとしたのですが、そもそも教員の方が、コーライティングをご存じなかったりして話は進みませんでした。一言で言えば、「不勉強」ということになるのですが、これは大阪音大だけの問題ではありません。音楽大学という存在自体の賞味期限切れは、中にいる方々がもっと危機感を持って変わっていかないと厳しいだろうなと実感しています。

Z世代に日本の未来を託したい

 今回は切なく、悲しい顛末となりましたが、今後もできることがあればエンタメ領域での人材育成については積極的に取り組んでいきます。日本の未来は、デジタルネイティブなZ世代の活躍次第ですから。
 僕が違和感を持ったのは、大学は社会の公器であるということを意識した経営に思えなかったことです。私立といっても、文部科学省から多額の私学助成金(税金)が投入されてきた、百年を超えて創業者もいない大学はまさにパブリックな存在のはずです。このままのガバナンスで良いはずはありません。大阪音楽大学を愛する方々の手で、改革が行われることを陰ながらお祈りしています。僕はお役に立てなかったようで、申し訳有りませんでした。

大法螺吹きにされてしまいました

 突然の契約停止で僕は大法螺吹きにされてしまっていますが、恥を忍んで過去の投稿を掲出しておきます。こういう意気込みで本気で取り組んでいました。

僕なりの責任のとり方としての山口ゼミbiZ

 ということで、僕が自分の範疇で取れる責任のとり方として、大阪音大ミュージックビジネス専攻生で希望する人には、デジタルとグローバルの時代に、スマホ世代(Z世代)の優位性を活かして、日本のエンタメ業界で活躍してくれる人材になってもらうためのプライベートスクールを提供します。月2回程度オンラインになってしまいますが、ここで軸となる知見や社会の捉え方をもってもらって、あとはそれぞれのやりたいことと適性にあった「自己実現」の方法を見つけてもらうように、個別にも進路指導もして、しっかり社会に出るところまで、できることは何でもしてあげるつもりです。正直に言って、学外で通用しない音大や専門学校の教員がフルタイムで教えるよりも、僕とその周辺の人達が真摯に向き合う方が、ずっと役に立てる自負があります。(そしてその後、社会に出たら一緒に仕事したいですね。)

 せっかくなので大阪音大生だけでなく、誰でも受講できる講座にしてみました。興味のある方はチェックしてみてください。山口ゼミbiZ第一期のテーマは、「ミュージックテック✕グローバル」で、昨年8月に出版した『最新音楽業界の動向とカラクリがよくわかる本』をベースに踏まえた上で、未来に役立つ内容にするつもりです。


モチベーションあがります(^_-)