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犬と歩けば。(後編)

リキはとてもお利口だった。義母曰く「ウー」と唸った姿なんて見たことが無いという。棒状の犬のオヤツをあげると決してバクバクとは食べずに前足で押さえてゆっくりゆっくり大事に食べる穏やかな犬だった。

いつも私が行くと、押し倒さんばかりに飛び跳ねてきて、高齢に差し掛かると飛び跳ねる事はなくなったが、立ち上がり私のお腹あたりに前足を置いて尻尾をふりふり歓迎してくれた。

そんなリキだったが不思議なことにに私が妊娠をしてから、一度しきりに私の臭いを嗅いで以降、立ち上がりお腹に前足を置いてこなくなった。単に14歳という高齢のせいだったのかも知れないが。

かつてクロワッサンの様だった尻尾の毛は少なくなりバナナみたいな尻尾にはなったが、変わらずパタパタと振って歓迎してくれ、私は頬をゴシゴシした。

子供が生まれ、初めて夫実家に連れて行った時、変わらずリキはいつもの場所に居て「ほらリキ。赤ちゃんやで。」と少し腰をかがめ、おくるみに包まれた息子を見せると、軽く嗅いだ後に尻尾を振った。

結婚してから夫実家の近くに住んでいたので、花が咲き、樹々のある夫実家の庭で走り出す様になった子供を遊ばせていた。
リキはその姿を眺め、息子が気まぐれにリキに近づき頭を撫でてやろうとすると「どうぞ。」と言わんばかりに息子の手の届く高さに頭を下げていた。

子供が2.3歳ごろ、夫と3人で老犬となったリキを散歩。どうしても散歩の紐を持つと聞かないので周りの安全を確認した後、「こけるだろうな。」と思いながら紐を持たせた。老犬となったリキは私との初散歩の時のように息子を確認するとゆっくり歩を進めた。が、不安的中。一歩目で息子は盛大に転けた。
リキは少し待ったあと泣く子供のそばに行き、息子が落ち着くまで待っていてくれた。

息子はリキにとって孫だったのかも知れない。

リキはそのまま穏やかに歳を重ね、目も怪しくなり散歩も自分で勝手にショートコースにしてみたり、浅い溝を確認してジャンプするもジャンプにならないジャンプをしてしまい見事に溝にはまった時は出発して100メートルも歩いて無いのに「…心が折れマシタ…。もう帰りマス。」と言わんばかりにUターンをしたり。そんな姿は寂しくも可愛いらしく思えた。

ある年の2月半ば。その頃、私達家族は夫実家からスープの冷めない距離に家を建て住んでいた。義母から電話があり、リキの元気がないので獣医に連れて行ったと言う。高齢で心臓がずいぶん弱っているとのことだった。リキは20歳と超老犬となっていた。

私はその時、インフルエンザで人生で5本の指に入るだろう級の高熱を出していた。
直ぐに行きたかったが、思うように身体が動かず、「近くにいるのに」ともどかしい気持ちと熱と戦い、辛うじて経口補水液を取り、ひたすら寝た。熱が何とか37度台までに下がった5日目の夕方。枕元の電話が鳴った。不安な予感というものは当たるもので義母からだった。

私は熱の残る身体に夫の大きな防寒具を急いで羽織り、ボサボサの頭にマスクをし、体力も女子力もポイントー100位の格好でフラフラしながら、夫実家に向かった。

犬小屋の置かれている大きな納屋にゴザが敷かれその上にリキが横たわっていた。私に電話を入れる少し前に息を引きとったという。ゴザの周りには義母と義父がリキに何とか水分や栄養を取らそうと、小鍋やスプーンや大きなスポイトが置いてあった。

義母は赤い目をして「リキ、アンタ頑張ったね。いい子だね。」としきりにリキに話しかけていた。少し口の開いたスキマから舌が出ていた。私は「リキ、お疲れ」と口の中で小さく呟き、リキの頬をいつもより強めにゴシゴシした。そしてその一瞬まで命を燃やし尽くした姿に堪らなく愛おしく、美しいと感じた。涙は出なかった。

その時に、ふと「何か生き物を飼おう。手のひらより大きなのを。」と昔思った事を思い出した。

そして今、我が家には猫がいる。

犬ではなく猫であるのは夫が猫好きということもあってのことだが、その子は手のひらどころか成人の両手、手のひら三人分は超えるサイズに成長している。

我が家は夫と私と高校生の息子、三人家族。

ちょうどいい。





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