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いろいろやっています。

「あっつう〜。」

「お疲れ様〜。大丈夫?」

「次、中村さんですよね。今日、結構暑いから熱中症に気を付けて下さいね。」

そう言って、ミサキちゃんは送風スイッチを切り私と伊東さんの手を借りて、分厚い布地で出来た着ぐるみを脱いだ。そしてバッテリーを積んだジャケットの留め金をパチンパチンと外した。

私の街には数年前からゆるキャラがいる。
その名も「リバーちゃん」(仮名)

この街には昔々から慣れ親しんだ2本の川が流れており、それがこのキャラクターのモチーフとなっている。
身体は丸みのある人型。頭には桜の花びらと葉っぱが沢山付いている。春には2本の川の側に植わる桜が咲き乱れる様子を表しているらしい。葉っぱの存在理由はは分からんけど。

実は私は小学校の図書室ボランティアの他に地域のボランティア"リバーちゃん友の会"をやっている。地域のまち活性化事業の一環として役場がやっている活動だ。

メンバーは役場の人2人以外、全員その街に住むボランティア。会社を定年されたおじさまから普通の主婦に会社員。それに高校生からメンバーに入れるので、高校生、大学生が数人。計16名。

もうお気付きかと思うが、冒頭でミサキちゃんが入っていたのはリバーちゃんの着ぐるみ。
最近は色んな行事やイベントに呼ばれ今や地域の人気者だ。

社会人メンバーはそれぞれの知識や趣味のカメラや画像編集、顔の広さと色んな自分の強みを駆使して動く。
学生さんはその若いセンスとフットワークの軽さに救われる。冒頭に出てきたミサキちゃんは学生、伊東さんは役場の人だ。

この日は、5月にある地域の例大祭。今年はコロナの影響で中止となったが、毎年、御神輿が一日かけて地域を練り歩く。

子供神輿も可愛いくて良いが、やはり大人達が法被を着て勇ましい掛け声と共に御神輿を担ぐ大人神輿はいつ見ても壮観。

大人はお酒を飲みながら担ぐのでちょっと酒臭く、たまに「よぅ!おねぇちゃん!」と声を掛けられるのはご愛嬌。
…残念。おばちゃんやけどな。
そう見えてしまう酒の力は恐ろしい。

子供神輿は午前中で終わりの為、巡回ルートは違うが、子供神輿と大人神輿は休憩所は同じ。午前中はいくつかのポイントでおっちゃん達と子供達がごっちゃとなっている。
リバーちゃんは、着替える拠点を抑えつつ、その順路や休憩所に出没し、皆を応援するのだ。

この年は祭り役員と担ぎ手がメンバーと被ってしまい、少ない人数でリバーちゃんのやりくりをしていた。(ちなみにリバーちゃんは身長165cm以下でないと入れない)

近くの公民館をお借りして、リバーちゃんに着替える。
バッテリーを積んだジャケットを纏い、足からリバーちゃんに入り、大きな頭部を被る。チャックを閉め、スイッチを入れると空気が送り込まれ、着ぐるみが「ぱん」と張りだしお馴染みリバーちゃんの形となる。さぁ。出動だ。

休憩所の公園に入ると、大人神輿を観に来た子供達が「あっ!リバーちゃんだ!!」と、走り寄ってくる。
私はグッと腰を入れ、待ち構える。

(ヨッシャア!!来いやぁあ!!)

「リバーちゃああぁあん!」

ドーーーーーン!!!!

子供達が飛び込んでくる。
空気で膨らみ中は空間のある構造なので私自身はさほど衝撃はないが、力の掛かる方向によってはよろけたり、転けそうになる。
しかも一人や二人ではない。

この状態を私は「こどもロケット」と呼んでいる。

子供達の興奮が収まるまで、第二射、第三射と発射されるこどもロケット。収まってきたと思いきや、ぐいぐいリバーちゃんの顔や身体を押してきたりし始める。
ひとしきり感情をぶつけ落ち着いた後、リバーちゃんのふわふわ感が気になり始めるのだろう。

そして高学年男子にありがちなのだが…チャックを"執拗"に探そうとする。

そう易々と見つかる所には付いていないのだが、通りすがりにチャックが有りそうな隙間を目がけていきなり手を突っ込んできたり。(手付きがあわよくばチャック開けようとしている)
中にいると一部がいきなり凹んでくるのでビックリする。

見つけた日には「チャックみっけぇえ!」とか叫びだす事は必須だろう。
リバーちゃんは"中の人などいない"設定なのです。
地域のみんなの事が大好きな妖精なのです。
是非やめて頂きたい。
あと、頭の花びらと葉っぱを無理やり抜こうとするな。絶対取れないからー!!引っ張ったらリバーちゃんの顔、ゆがむからー!!

あまりにも悪質な場合は、側にいるメンバーが声掛けをしたりするが、彼らはなかなか追撃の手を緩めない。
喋れない設定なのでひたすら踏ん張り耐える。
まぁ、そんな子ばかりではないけれど。
…毎度思うが、なかなかハードだ。

ひとしきりもみくちゃにされ、小さな子や担ぎ手と記念写真のリクエストに応え、最後、神輿を見送る。

これで今日4回目の出動。あと2回。次は最後の休憩所、そこが終われば最後神社前でお見送りをして終わりだ。

私の前のミサキちゃんは長丁場だったので、今回と最後の休憩所は私が担当。ラストの神社前は伊東さん。

着ぐるみを脱ぎ、とりあえず最後の休憩所ポイントへ向かう。

途中、道端に担ぎ手のおっちゃんが落ちている。
毎年の事なのだが皆、休憩所毎に酒を煽り神輿を担ぐので完全に酒が回り時間を追うごとに道端におっちゃんが落ちている案件が増えてくる。

飲まない人も近年増えているので、案件は少なくなっているがやはり毎年何人かは神輿サポートの人に担がれている姿を見掛ける。

少し休んでるうちに寝てしまったり、立てなくなり拾ってもらうのを待っている。
無理して担がないのがここの神輿のモットー。おっちゃん達も心得ていて道の端っこ且つ、邪魔にならない所に落ちている。例大祭の風物詩。

もう最終ポイントな事もあり、見物者もほぼいない。陽もうっすら夕方の色を帯びている。子供ロケットの心配もない。
少し休憩を取ったあと、他メンバーからの神輿の現在地情報の連絡を受け、再びリバーちゃんに入り休憩所で待つ。

…が、全然こない。何処からか声はするのだ。
「…ワショーイ。」「…うぉーい。」「うぇぇ〜い。」何の掛け声か全くわからないものも混じっているが、声はする。

どうも後半は道端に落ちてる人数分の戦力減、お酒の回りも相まり、担ぎ手の体力の低下に中々歩みが進まないらしい。

しばらく待っていると、ようやくやってきた。
スタート時よりバラけた「わっしょい!わっしょい!」の声の中に「うぇぇ〜い!うぇ〜い!」とか謎の掛け声がやっぱり混じっている。
若者の言う軽快な「ウェ〜イ!」では決してない。魂を絞り出した様な断末魔に近い「うぇぇ〜い!」だ。

そんな調子なので、休憩所でも大人たちは皆、リバーちゃんには目もくれず皆、しゃがみ、酒でなく水を煽っている。最後の休憩所は少し休憩が長め。かなりキツそう。無事神社に戻れるのか心配だ。

誰にも相手にされないので、私はゆらゆら揺れたり適当に動いていた。
そのうち調子に乗り出して「バレないだろ。」と、中でスクワットしだす私。介添えのメンバーも少し離れた所で思いっきり世間話をしている。

15回程スクワットをし完全に気が緩んでいるその頭上で「ドウフォ!」と、大きな衝撃。

「ふおおおおおお。」心の中で叫ぶワタシ。
び、び、びっくりしたぁぁあ!!!

「なんやぁ!リバーちゃん!なんやぁ!」
犯人は完全に酔っ払ったご機嫌すぎるおっさんだった。

おっさんはサイズから入っているのが女性だと判断したのだろうか「なぁ。リバーちゃんの中の人、いくつぅ?」と、ナンパしだす。
喋らない設定が無ければワタクシの年齢を高らかに叫んで返り討ちにしてやりたかった。

…言っておくが小柄なおじさまメンバーが入っている場合もある。愚かなり。

上から抱きついている様でぎゅうぎゅうと上部がめり込んでくる。上からの衝撃は中々ない経験だ。タチの悪さでは中々の上位に入ると心の中で思うが、相手は酔っ払い。大目に見るしかない。

事の事態に介添えが気付きやって来て酔っ払いをいなす。
またその様子に気づいた神輿サポートのおじさんが「リバーちゃん、ごめんねー。」と、ご機嫌な酔っ払いのおっさんを回収して行った。

おっさんミサイル爆誕である。

最後はゴール地点の神社。「名残惜しい」を表現している様で神輿は神社に入りそうで入らない。
その様子をリバーちゃんを脱いだ私は見守っていた。

「今年も大変だった。」と呟く。

後日談だが、カメラ班が撮ったこの日の様子の写真をグループLINEでUPされたのだが、スクワットするリバーちゃんがバッチリ写っていた。結構しゃがんでる動きがリバーちゃんに反映されていた。

…スクワット、やめとこう。

そしてこのコロナ禍でリバーちゃんの活動や会議は完全ストップしていたのだが、今月から会議だけは再開された。しばらくイベントなどは中止になる見込みだが、いつか出演依頼が来た時のために、足腰を鍛えておこうと思う。



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