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脳内音楽とジンギスカン。

ふと頭の中で音楽が流れていることありませんか。

私はよくあります。
ありますというか日常です。

ふとあの懐かしのワンフレーズが流たりもするだけの事もあるけれど、フルバージョンだってある。
何ならその時の状況によって流れる気の利いた演出めいている曲だってあるのだ。

ジャンルはCM曲だの、小学校のお昼休みに流れていたクラッシックだのバラバラ。経験や記憶に則ってか決まって流れる定番の曲だって存在する。

心穏やかな時はふとエンヤが流れ、心の安寧に身を任せ、お買い物の道中なんかは童謡の「わくわくスーパーマーケット」が鳴り響き、ゴキゲンなその曲調に思わずスキップしそうになる。

因みに財布の中身がピンチの時には「わくわく」を「ドキドキ」に変え緊張と覚悟を胸にスーパーへ向かうワタシがいる。

人生緊張感も大事。

しかしながら、この辺りは大変微笑ましいのだが、ピンチの時になる曲はどうにも悩ましい。

・天国と地獄
・アスレチックランドゲームのCM曲
・ジンギスカン

これらはピンチの時に脳内鳴り響く三大巨頭だ。
スタメンと言っても良いだろう。

天国と地獄は言わずもがな運動会で定番曲、脳内で再生するや否や心や動きを鼓舞する。
パートで私はいつもキリキリ舞いな思いをしているのだが、そこに追加で仕事が増えた時にゃあ天国と地獄が舞い降り、焦らずにはいられない。思わずその場駆け足だってしちゃう。
そして「中村さん、ふざけないで。」って叱られちゃうのだ。

アスレチックランドゲームのCMは単純に歌詞の部分に「♪時間がせまぁ〜る 気があせぇ〜るぅ」なんてフレーズがあるから、私の素直な脳みそがこれを再生されるのだろう。

だだジンギスカンは分からん。

ああ。分からんとも。

↑ アンタらそんな格好してたらモンゴル帝国に殲滅させられるで。


そんな私。
先日、昨年末くるみパンによって真っ二つに割れ、抜歯という海を下に崖っぷちに立たされている奥歯が再び痛み出した。

現在その歯はボンドを流されワイヤーで留めてあり、歯医者の絶対抜きたくない意志を感じる仕様となっている。

何より「次、痛んだら抜歯だネ☆」なんて軽快な感じで死の宣告を歯医者にされていたのだ。

ピンチもピンチ、大ピンチである。

歯医者の死の宣告を思い出した途端、あの曲が脳内に鳴り響いた。

急いで電話をし予約を取り、歯科医院に向かった。

道中、"♪ ジン ジン ジンギスカン! へイ ライダー! ホー ライダー!"と、逞しい蒼き狼と白き牝鹿達がモンゴルの草原を駆け巡り、そして何故か草原でツルハシと鍬で"ドガチン ガタチン"と曲調に合わせ、モンゴルの大地を掘る画像が脳内に流れ始める。(多分、歯痛のイメージ)

何してますねん。アンタら。

そもそもなんでジンギスカンやねん。

ふとそんな疑問を思った。

そもそも勝手に脳内に流れ、全く余裕の無いピンチの時に流れるのだから「何故」なんて考えたことはなかったのだ。


***

この曲、私が小学生1年の運動会の全校ダンスの曲だったことで知った。
勇猛果敢なジンギスカンとその騎兵達の讃える歌である。

まぁ、それは良いのだが、このサビの部分のダンス部分。

♪ ジン ジン ジンギスカン♪

我が校オリジナルの振付けだった様なのだが、それがドリフのED曲"いい湯だな"の 「ババンババンバンバン」のお尻フリフリバージョンみたいな動きだったのだ。
私は先生のお手本を見て絶句した。

シンプルに「恥ずかしい」と思った。

なんで尻を振らにゃあイカンのだ。

そして周りの同級生も上級生女子も構わず尻を豪快に振り「♪ジン ジン ジンギスカン」をしている姿に戦慄した。

即、私は思った。

「拒否する。」


しかし、身長順で整列させられているが故に小さい私は1番後ろ。
保護者の皆様に丸見えの位置。
流石に全く踊らない訳にはいかない。

なのでサビの直前まで全力で踊り、サビの部分は適当に流すことにした。

私はダンスが下手だ。
もうそれ以降の人生においてダンスのいう名の授業に全て居残りを食らうほどに下手だ。小1のワタクシ、その片鱗を見せ付けるような怪しい動きで一生懸命勢い良くジンギスカンを踊った。

そしてサビの部分に掛かるとグンニャリと踊るのを止めた。

そしてサビを過ぎると再び一生懸命踊り出すのだ。

まるでイベントのダンス中にいきなりやる気を失くした中日ドラゴンズのドアラのように。

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そんな事を繰り返していたら、先生が先頭から物凄い形相ですっ飛んできた。

そして校庭のスピーカーから幼きワタシにとって見も知らぬ外人(歌手)の訳の分からん軽快でファンキーなジンギスカンの曲が鳴り響く中、

「お前ーェー!!ィやる気がないなら帰れぇええーー!!」と、巻き舌気味に先生に怒鳴られるワタクシ。小学1年生、弱冠6歳。

「ハイ!帰リマス!!(怒)」

と、啖呵を切って怒鳴り返したかった所だったのだが、何せ小心者。
黙って大人しく怒号を浴びていた。

が。ワタシは小心者だが我が強いと評判のお子様だった故、怒られても怒鳴られてもドアラ状態を辞めないでいた。

その内、私の後ろに先生がビッタリと見張る様になり、それでもドアラを辞めない私に先生の怒り方も舌打ちだけになっていった。

無論、ワタシは本番でもそれを貫き通した。
本番のダンスの後、先生はそれまでで最高の舌打ちをした。

先生よ、今でも言う。やる気が無い訳ではなかったのだ。決して。

小心者ではあったが、絶対やりたくない事に対して小学校の間に何度かこういったことがあった私。気付かれていたかどうかは分からないが、小さい事が殆どであるが1年に何回かはやらかしていた。

ジンギスカンに関してはこんな思い出のみだ。

以降、ピンチの時に舞い降りてくるジンギスカン。

考えるとピンチの種類は色々あるけれど、「急げ!」というシチュエーションより「命の危機」や「叱責など精神的な危機」寄りの場合が多い気がする。

集団生活の本当の大切さと恐ろしさをまだ知らない幼いワタクシ。
また詰め込みスパルタ時代であった昭和の小学校で怒られることが多く劣等生気味だった私は、学校で起こるその場限りの嫌な事(主に怒られる)をなるべく耳に入れないように明後日の方を遠く見て聞き流していた。

まともに取り合っていたら、多分不登校になっていたタイプだと今でも思う。

正に馬耳東風というアビリティを幼き頃に既に身に付けていた有能なワタシではあったが、やっぱり 元々の"気にしぃ"(関西弁)の気質もあってか無理をしていたのかも知れない。

そしてジンギスカンの愉快な曲は精神的緩衝材な役割も無意識にあったのかも知れない。(知らんけど)

そう思うと脳内で流れるジンギスカンの曲は私の防御能力が脳内で必死に作り出した最大の防御方法なのかも知れない。

まぁ、今この馬耳東風作戦がのちに大きなしっぺ返しとなり、やたらと人の言動を気にする人格へとシフトしてしまうのだが、それはまた別のお話。

因みに奥歯はレントゲンを取り、何やかんやした結果、鼻腔内が花粉症で腫れて割れた歯を押して痛みが出ただけだった。抜歯セーフである。

治療時間5分。

この5分間、泣きそうになり脳内では頭が痺れる程ジンギスカンが鳴り響き、ジンギスカンが脳内スクリーンいっぱいに愉快に豪快に踊り狂う映像が流れた。

私の中で中々のピンチ具合だった事が伺える。
そして、最大限にワタシの苦痛を和らげようとしていたのかも知れない。

ワタシの脳みそお疲れ様。
そしてめっちゃ優しいな。

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