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交差する君と

(カクテルパーティーの続きです。)

寝れない。

僕は寝付きがかなり良いから、普段は布団に入って1分以内にはもう寝てる。

14年生きてきて、初めての経験。

胸のところにじわっと熱くなるものがあって、少しゴロゴロして、体内から嫌な臭いを感じる。
身体中に不安と孤独と恐怖が押し寄せてきて、このままどこか連れ去られてしまうような気持ちになる。

ふと、時計を見ると、時刻は1時54分。
布団に入ったのは23時。

足がむずむずして、1分ごとに姿勢を変えてしまう。
呼吸の仕方が分からなくなって、息を止め続けて、苦しくなってしまう。
走ってからしばらく経っているはずなのに、鼓動がいつもより速くなっている。

原因はきっと、僕の頭の中を支配してる、この感情のせいだ。


時間をさかのぼり、22時すぎ。



僕と本田さんは、四角公園から家まで一緒に帰ることになった。

本田さんは自転車で四角公園まで来ていたから、僕が走って本田さんと並走する形で帰った。

僕は、本田さんのおろした長い髪がサラサラなびくのを見たくて、少しだけペースを落として走っていた。

「ごめん!ペース速い?大丈夫?」

本田さんは、僕が少し後ろを走っていることに気を遣って、僕の方を振り向いて話しかけてきた。
前髪が風で吹き上がって、オールバックになっていた。
初めて本田さんの眉毛は、赤ちゃんみたいにふわふわで、思わず触りたくなった。

「大丈夫。気にしないで。」

本田さんが気を遣うので、僕はスピードをあげて、本田さんの横を走った。

毎日走っている道を、本田さんと並んで走っている。
それだけで、いつもと違う道を走っているように感じた。

たまに本田さんの方を見ると、2秒後に本田さんが気付いて、僕の方を見る。
目が合いそうになるのを、僕はうまい具合にかわした。

多分、本田さんも僕の方を見ていたけど、勘違いだったら恥ずかしいから、前だけ見て走り続けた。

僕たちは会話もせず、ただ、優しい沈黙の世界の中を、ひたすら走った。

22時26分。
本田さんの家の前。
本田さんの家は、レンガ調の作りで、ちょっとお洒落だ。

「家まで送ってくれて、ありがとねぇ。」

「夜遅いし。家すぐそこだから大丈夫。」

……

目が合って、少し沈黙。

さっきの優しい沈黙とは異なる、糸が張ったような。

「……………〜〜〜〜〜〜っ、
あ〜〜〜、じゃあ。」

僕は耐えられなくなり、呼吸を整えるのも忘れて、走って自宅へ向かった。
振り返らずに、さっきよりもペースをあげて、ひたすら走った。
乱れた呼吸のせいで、胸が苦しくなって、熱くなった。


また、話したい。


この一言を伝えることが、どうしても出来なかった。

家に着き、呼吸は乱れたまま、シャワーを浴びた。
このむず痒さを忘れたくて、シャワーの温度を43度にした。

火照った身体を、無理やり布団に入れた。


そして現在に至る。

身体はまだ火照っていて、でも、手足の先はひんやりしていて、少し汗ばんでいる。

本田さんは、あの目があっていた数秒、何を思っていたんだろうか。

本田さんは、振り返らずに走る僕の後ろ姿を見ていたんだろうか。

僕は、このどうしようもない感情に支配されて、とうとう眠ることを諦めた。

本田さんも、足がむずむずして何回も姿勢を変えていたら良いなと、ちょっとだけ思った。


次の日、だるい身体にワクワクした感情が入り混じっていた。

いつもほぼ見ないのに、今日は必要以上に鏡を見て、寝癖が無いか、制服にシワがついてないか、何度もチェックした。

7時40分。

寝不足で、いつも感じない自分から出る少し嫌な匂いが気になって、この前買ったガムを噛みながら通学路を歩いた。

いつもの時間に家を出ると、交差点の曲がり角から出てきた本田さんが、僕の前を一瞬だけ通り過ぎる。
自転車に乗って、長いポニーテールをなびかせながら。

今日は、本田さんと、もしすれ違ったら少し恥ずかしい気がして、いつもより5分早く家を出た。

本田さんも、僕と同じ気持ちで、5分早く出ていればいいと心のどこかで思った。

まあ、そんなドラマチックな事はあるわけなく、いつも通りの通学路を通り、いつも通り教室についた。

もちろん、本田さんはまだいない。

5分後に来るはずの本田さんを待ってる時間は、とてつもなく長く感じた。
なぜか少し緊張して、鼓動が早くなる。
噛んでいたガムは、いつのまにか飲み込んでいた。

本田さんはこの日、いつもの時間より5分遅く、教室に入ってきた。



やくにき




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