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【エッセイ】Climb Climbー創作の3つの難所

創作には、その完成に至るまでの道程に、いくつかのチェックポイントがある。これはゼロから一をつくる者にとって、必ず越えなければならない難所である。今回、その難所に看板を立てて、登山者へエールを送る。



【難所①:憂鬱な書き出し】
ふわふわとした、実態がなく、脳の中で真空状態の空想をつかまえて、そのまま紙に写し取ろうとするとき、人はその恐ろしさに立ちすくむことになる。断言しよう。間違っても君は新品のノートとお気に入りのペンなど用意してはならない。

ギアが入るまでは、誰しも憂鬱な書き出し。
だが、あえて言わせてもらう。憂鬱の先っちょでくたばるな。その先へ進むのだ。共感も、同情も要らない。どうせなら、きみがいちばん好きなもののために死ね。


【難所②:ノベラーズ・ハイ】
低速ギアでどうにか書き進めると、少しずつ楽しくなってくる。疲れを知らず、一晩中でも筆を進められる。これを「ノベラーズ・ハイ」と呼ぶ。

ただ、ここで注意したいのは捻挫などの、不注意からくる怪我だ。創作活動は生活リズムと不可分である。調子に乗って書きすぎて消耗したり、金曜日の晩に日付が変わるまで飲み会に参加したりなどすれば、たちまち「私、毎日シコシコと何やってんだっけ」と創作の夢から覚めてしまうことになる。ペースを守ることが重要だ。

昔、登山家の方と一緒に仕事をした際、疲れにくい山の登り方のコツを教わった。ただ背筋を伸ばし、姿勢を正して、ゆっくり、真っ直ぐ足を上げることだけ意識すること。姿勢と足のみに集中することで呼吸が整い、長時間の登山にも身体が耐えられるという。これは創作の世界にも同じことが言えよう。一にも二にも、クライム、クライムである。


【難所③:惚れ惚れするような初稿とお別れしよう】
最後の難所が、自分が書いたものを推敲する作業である。熱いコーヒーを飲みながら、自分の文章を眺めていると、つい私は天才だと感じてしまうことがある。何度読んでも欠点など見当たらない。最高の気分だ。

ただ、ちょっと待ってほしい。「オレ、天才」のステージを抜けると、見える景色がある。あなたの周りに、信頼できる読み手がいれば、あなたの書いた初稿を読んでもらい、意見をもらおう。もしいなくても、普段いつものように新刊を読んで酷評するときのように、自らが冷徹な目を持つ読み手となろう。

かの小説家、カート・ヴォネガットの作品の影にも、優れたコーチとしての敏腕な編集者の存在があった。ヴォネガットが新作の短編小説を送ると、彼らはその短編を改善するための詳細な指示や改善案をしたため、即レスしたという。ヴォネガットの方も、その指摘を謙虚に、真摯に受け止め、何度も何度も推敲を重ねた。作家のジンジャー・ストランドは、ヴォネガットを評し、こう述べている。「文学を志す者はたくさんいるが、カートにはそれに加えて自制心があった」

文章を整えることは、陶芸の如し。さあ、惚れ惚れするような初稿とお別れしよう。土をこねてろくろで回し、一度形にした「陶器のかたちをしたもの」を糸で不要な部分を削り、整えよう。場合によっては、陶器の上下や飲み口が逆になることだってあるだろう。寝かせてまた形にすると、当初思っていたものとは違くなるが、より奥行きがあり、多面的な陶器となる。


最後に。完成させよう。そして完成のためには、投げ出さないという覚悟を決めよう。

創作に安全なルートというものもなかろうが、
以上を踏まえ、登山者諸君がチェックポイントを超えて生還することを祈る。

(了)

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