見出し画像

【エッセイ】AM5:30のディストピア

明け方の街並みは、西暦2300年、人類滅亡後のディストピアに似ている。

ぴたりとくっついた二つの影。新築のマンションも、戦前に建てられた家屋も、遠い未来を起点にすれば大差ない。通り過ぎた公園の遊具に貼られた『5/6まで使用禁止』のテープ。

散歩は人が動き出さないうちに。
できるだけ、ゆっくり、ゆっくりと歩く。

生後5か月の息子・時生(ときお)は、花や緑や、停まっている車、そして風そのものに目を凝らしている。僕らがぐうぐうと寝ているうちに、人はみんないっせいに世界から消えた。  

ミソロゴスとピロロゴス。
むかし予備校で受けた、小論文の模擬試験。
どうでもいいことがフラッシュバックする、早朝散歩の不思議。古代ギリシャの人々も、言葉との距離感に苦しんだ。

ミソロゴスは言葉嫌い。ピロロゴスは言葉好き。言葉を疑って決して信じない人と、言葉を信じて止まない(妄信する)人。あなたはどちらか。

模試の結果が散々だったことは覚えているのに、当時の僕がなんと書いたかは思い出せない。

時生は外に出るのが嬉しくて、抱っこひものすき間から、言葉にならない記号を話しはじめた。彼なりに、パパに伝えたいことがある。

これから言葉を覚える君へ。パパも伝えたいことがある。  

内緒だけど、実はパパは、言葉の力を信じてる。だから、いつだって、言葉に弾を込めるんだ。

言葉を武器みたいに扱って、人を傷つけるっていうことじゃないよ。
自分の言葉に、自分の体重を載せるってこと。それより重くも、軽くてもいけない。

君が発した本気の言葉は、誰かの人生を変える。世界を凍らせてしまう。
君自身が閉じこもってさえいなければ、言葉はいつだって、きみの味方だ。  

さっきまで暗かった路地に、陽の光が少しずつ当たる。体温がじわじわと上がってくる。

息子は天を見上げて、あくびをした。

(了)  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?