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「やる気スイッチ」を押しながら仕事を渡すために

フィードバックをするために必要な要素である、信頼関係について数回にわたって書いています。

人を育てるうえで大切な、育てられる側(部下)が育てる側(上司)に対して抱く信頼関係を、育てる側(上司)がどうやって作っていくか。今回は、3つ目のパターンである「私のことを期待してくれている」という信頼関係のかたちです。仕事を渡すときの言葉の選び方によって、相手の心に火が灯るかどうかが変わってきます。

「この資料まとめといてくれる?」

自分が仕事をお願いされる側だとしたら、「よし、やろう!」と思えるのはどの言い方(言われ方)でしょうか。

A)この資料まとめといてくれる?

B)この資料まとめといてくれる?いま進めてるあの案件について、明日、お客さんと話すときに使いたいんだ。

C)この資料まとめといてくれる?いま進めてるあの案件について、明日、お客さんと話すときに使いたいんだ。前回、打ち合わせ資料つくるときに指摘した、「シンプルな構成」っていうのを、今回できるようになってほしいんだ。

個人差はあれど、多くの人はC→B→Aの順ではないでしょうか。

A〜Cは、仕事としての依頼内容(「この資料をまとめといてくれる?」)という意味では同じものです。では、純粋な依頼内容だけのAに対して付け加えられている「いま進めてるあの案件について、明日、お客さんと話すときに使いたいんだ」や「前回、打ち合わせ資料つくるときに指摘した、「シンプルな構成」っていうのを、今回できるようになってほしいんだ」は、何を意味しているのでしょうか

相手へのリスペクト

「いま進めてるあの案件について、明日、お客さんと話すときに使いたいんだ」というのは、「他の仕事とのつながり」です。いわゆる仕事の目的、なんのためにやっているのか、というものです。仕事を渡すときに、「その仕事が他の仕事とどうつながっているのかを説明することで、仕事との目的を理解してもらう」というのは大切なことなので、実践している人も多いと思います。

では「前回、打ち合わせ資料つくるときに指摘した、「シンプルな構成」っていうのを、今回できるようになってほしいんだ」というのは、何でしょうか。

実はこれ、仕事内容への要求(「シンプルな構成」)のようでいて、その実、「仕事に取り組む『本人』」について言及しているのですね。語尾の「なってほしい」に対する主語は、「仕事そのもの」ではなく、「仕事に取り組む『本人』」です。

みなさんは、部下に仕事を渡すときに、「仕事そのもの」に加えて、「仕事に取り組む『本人』」について言及しているでしょうか。「仕事に取り組む『本人』」について言及していない様子は、「仕事を渡す相手に対するリスペクトを欠く」と言えるのかもしれません。

みんなに、タスクを「振っといた」からよろしく
アイツ、振られた「タスク」をやらないんですよ
(中略)
18歳ー19歳の学生の時分ならともかく、社会人になって、リーダーを率いる頃になったとしたら、おそらくは、これらの言葉は「用いない」だろうな・・・と思うのです。いや、用いるビジネスパーソンもいるかもしれないけれども、用いる言葉には、慎重になったほうがいいだろうな、とも思います。

それはなぜか?

それは、
「タスク」と「振る」という言葉が、仕事を行うメンバーへの「リスペクト」をどこか欠いているように、メンバーに解釈されかねない
からです。

つまり、「タスクを振る」方はよくても、「タスクを振られた方」は、「やらされ感」を漂わせて仕事をすることになる場合があるからです。

一般に「タスク」とは「誰かによって分解された作業の最小単位」を通常、意味します。

また「振る」とは、下位分解された作業を個々人に担わせ、やらせることを意味します。

 すなわち「タスクを振る」とは、
1.あのさー、悪いんだけど、オレがリーダーなんで、仕事を最小単位に割っておいたから
2.それぞれ、各人で、やっといてね
的な世界観が、つきまとうことばです。ここにメンバーによっては「やらされ感」を感じてしまう場合があります。

「タスクを振る」頭のよいリーダーに、ひとがついてこないシンプルな「理由」!? : 優れたリーダーは「言葉」を選ぶ!?』より

部下に仕事を渡すときに、「仕事そのもの」に加えて、「仕事に取り組む『本人』」について言及していると、やる気につながるのはなぜでしょうか?

それは、初回の「私のことを気にかけてくれている」という信頼関係につながるからです。以前は挨拶や雑談など「仕事以外」の接点を増やそうと説明しましたが、今回は、「仕事を通して」本人のことを気にかけていると言えます。

本当の意味での「やる気」

やる気の素というのは、「怒られたくない」ではなく、「期待に応えたい」です。「怒られたくない」で引き出されるのは、やる気ではなく、「やる気があるように見せる素振り」でしかありません。やる気は最初、「引き出される」ものですが、うまく歯車が噛み合えば、やる気がある「状態」が続きます。やる気というのは、ときに自己増殖するものなのです。一方で、「やる気があるように見せる素振り」は、自己増殖することはありません。

みなさんが部下に望んでいることは、やる気が「引き出された」その先、やる気がある「状態」ではないでしょうか。毎回毎回「引き出さないといけない」であれば、それをみなさんは「やる気がある」とは呼ばないでしょう。そういう意味では、自己増殖を始めたものが、本当の意味での「やる気」と言えるのでしょう。「目の色が変わった」というやつです。

自分で問題を見つけて解決してくとき、自分で考えてものを作り上げていく場合には、けっして達成や終わりはないだろう。1つ解決したときには、新たな問題が目の前に現れるからだ。そして、よしこの次も乗り越えてやろうという決断をする、ここが一番エキサイティングな瞬間である。

「終わった!」と嬉しくなるのは、それが仕事であり、与えられたノルマである証拠だ。「できた!」と嬉しくなるのは、それを誰かに見せようと思っているせいだ。まだ誰か他者に支配されていることを思い知ろう。達成なんてその程度のものだ。

MORI LOG ACADEMY 9』より

もうひとつ、別の引用。

人間には「好きにやっていいよ」と言われると「果てしなく手を抜く」アンダーアチーブタイプと、「やりたいことを寝食を忘れてやる」オーバーアチーブタイプに二分される。

このどちらかだけを作り出すということはできない。

そして、ブリリアントな成功を収めた組織というのは、例外なく「『好きにやっていいよ』と言われたので、つい寝食を忘れて働いてしまった人たち」のもたらした利益が、「手を抜いた」人たちのもたらした損失を超えた組織である。

「手を抜く人間」の摘発と処罰に熱中する組織はそれと同時にオーバーアチーブする人間を排除してしまう。

人々が「立ち去る」職場について』より

仕事を渡すときの「あなた」の言葉遣い

部下に仕事を渡すときの言葉を、慎重に選んでみてほしいのです。

「○○をしてほしい」(役務)ではなく、「○○をすることで、あなたに△△になってほしい」(期待)

みなさんは、役務ではなく期待でもって仕事を渡しているでしょうか。

役務として伝えると、部下はアンダーアチーブに振れます。「これだけやればいい」「(◯◯さんが言ったから)こうしなきゃいけない」という本人の心の声が聞こえてきます。こういう心の声が透けて見える取り組み姿勢を、「主体性が見えない」と人は呼ぶのではないでしょうか。部下のやる気の欠如は、あなたの一言が引き起こしているのかもしれない。と、一度立ち止まって考えてみるのも、悪くはないと思います。

コミュニケーションもこれと同じだと思う。コミュニケーション力があるとかないとか、上げるにはどうしたらいいのか、という話しはよく聞くし、僕もよく相談を受ける。

そのときに共通しているのが、コミュニケーションの当事者である出し手と受け手の両方ともが揃った場で相談される、ということは絶対にないということ。いつも「(自分ではなく)あの人のコミュニケーションが…」という欠席裁判が開かれる。「私たちのコミュニケーションをどうしたらいいだろう?」という問いは、まずお目にかかれない。

コミュニケーションというものを、〈パイプ〉と、〈パイプのこちら(自分)〉と〈パイプのあちら(相手)〉という三点構造だとすると、先のチーム力の例に倣えば、その三点のうち、どこにどんなはたらきかけが必要なのか、と考えることが必要。にもかかわらず、欠席裁判では〈パイプのこちら(自分)〉が論点化されることは稀だ。

コミュニケーションは、誰のもの?』より

一方、期待として仕事を渡すことは、オーバーアチーブの呼び水となります。「ということはもっとこうしたほうがいいかな?」という自主性創意工夫を表す心の声は、やる気が自己増殖していることを示しています。こういうとき、人は「仕事が面白い」と感じているのではないでしょうか。

自分で問題を見つけて解決してくとき、自分で考えてものを作り上げていく場合には、けっして達成や終わりはないだろう。1つ解決したときには、新たな問題が目の前に現れるからだ。そして、よしこの次も乗り越えてやろうという決断をする、ここが一番エキサイティングな瞬間である。

MORI LOG ACADEMY 9』より

 今回は、信頼関係の3つ目のパターンである「私のことを期待してくれている」を紹介しました。仕事を渡すときの「あなたの」言葉の選び方によって、相手の心に火が灯るかどうかが変わってきます。

「やる気スイッチ」は、本人の背中にあるのではありません。本人の背中からこっそり近づいてスイッチを押そうとするのではなく、本人の正面に立って、期待を込めた言葉を届けることによって、本人の心に火を灯してほしいと思います。

次回は、「あの人は、自分の言うことを自分でも実践している」という、最後4つ目の信頼関係のかたちについて書いてみます。


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