#3北欧への旅/トラブルぐらいで凹みません
デンマークとスウェーデンはエーレスンド海峡をはさんだ隣国同士です。両国は2000年、全長16kmを海上の橋と海底トンネルによって列車や車で簡単に行き来できるようになりました。
列車のチケットは駅の自販機で買えますが、当日駅で買うよりも事前にインターネットや列車チケットを販売する会社のアプリを利用するほうが安く買えます。場合によっては倍ほどちがいます。
日本から合流した友人Mさんは多忙な方なので、今回の現地手配はわたしがしました。たくさんのリサーチが必用ですが、わたしにとってはそれも楽しみのひとつです。
夫が生きているころには、旅と言えば夫婦でしたから、今回はじめて女友だちと旅ができることがとても楽しみでした。Mさんとわたしは気が合う長い知り合いではありますが、いっしょにお泊りするのは初めてです。
ヨーロッパのホテルはほぼルームチャージなので、ひとりで泊まっても、二人で泊まっても宿泊代はそれほど変わりませんから、同室なら半額で済みます。“はずみ”で旅を決めたものの、金持ち没イチではないわたしは、旅費を抑え、安く賢い旅を計画したいのです。
幸い、Mさんとわたしの金銭感覚や旅に対する価値観は似ており、高級ホテルや高級レストランを今回のような旅には求めません。清潔で安全でロケーションが良くお値打ちなら、全面的に任せるとのことだったので助かりました。
さて、コペンハーゲンからストックホルムへの列車に話を戻します。
日本の新幹線を知る者としては、特に素晴らしい列車というほどでもありませんが、ロストバゲージハプニングにより、どたんばで買い直しを強いられ一等車での旅となりました。安い二等車席は売り切れだったのです。時間も限られているのでこれはしょうがない。
コペンハーゲン空港から目的地のストックホルムまで、最速列車で約5時間です。
一等車なので通路を挟み、ひとり席とふたり席のみで座席はゆったりでwifiも完備されており、コーヒーやお茶、フルーツなどが車両の後方に備えてあり好きなときにいただけるようになっていました。
列車の窓から見える景色は、とてものどかです。
のどかな風景を眺めながら、久々に会えたMさんとの日本語でのおしゃべりがうれしくてぺちゃくちゃぺちゃくちゃが止まりません。
ロストバゲージに見舞われるという災難がふりかかった彼女ですが、今のところそれほどへこんでいる様子はありません。
へこんだとて、ないものはないのだからへこむだけ損です。こんなときは、へこむ気持ちは抑えて、なんとかなるさで前に進むことが得策なのです。それにこの時点では、みつかり次第滞在先に届くかもしれないという希望もあります。
ロストバゲージの責任を持つルフトハンザ、彼女の入っている旅行保険でなんらかの保証もあるはずなので、不便ではあるものの絶望的なジケンではありません。
Mさんは、ロストバゲージにあったのは今回が初めてといいますが、旅経験はかなり豊富です。アメックス・プラチナを所持する彼女は、世界のどこからでも24時間日本語で対応してもらえるコンシェルジュサービスも駆使し、頭の中で次なる手を考えながらもおしゃべりを楽しむ余裕すらあります。
こんなところに、アラ還パワーといいましょうか、これまでの人生生き延びてきた度胸を感じます。肝が座っているのです。
ところが……列車で数時間経ったころにのどかな外の景色とうらはらに、車内に異変がおこりました。
Mさんの座席のすぐ前に座っていた中国人と思われる若い女性二人組がざわついています。そのうちに車掌さんが来て、なんだかただごとではない様子。
聞き耳をたてていると、どうも持っていたスーツケースとバッグが列車内で盗まれてしまったようです。
英語で車掌さんに説明している内容から、かなり高価なものが入っていたみたいで二人とも半泣きで見るからに狼狽しています。
彼女たちの近くにいた他の乗客もいっしょにざわつきはじめました。大きなスーツケースは座席や棚にはおけないため、車両と車両の間にある荷物置場に置くので、ずっと見張っていることはできません。
ラゲージ置き場に置いてあった二人の荷物のスーツケースとカバンひとつが気づいたときには消えていたと言うのです。
そもそも、ヨーロッパの列車の駅には改札はありません。つまり、性善説の仕組みのうえ成り立っており、チケットがなくても誰でも車内に忍び込めるのです。
車掌が検閲に来たときにQRコードを見せるだけなので、タイミングによっては検閲を逃れることもできるわけです。適当な駅から乗り込んで、めぼしい荷物を盗んだらすぐに次の駅で降りてしまえばおしまいです。ただし、検閲のときに無賃乗車がバレればとんでもない罰金が課される仕組みです。
車掌の女性は気の毒そうにはしていながらも、「残念でしたね」という感じ。近くの席の青年たちが同情して彼女たちに励ましの言葉をかけはじめました。Mさんも、自分も今日ロストバゲージ被害にあったばかりだという話を切り出して、これまで他人同士だった者たちが会話しはじめました。トラブルは人を団結させます。😁
盗難被害にあった二人に対して冷たい車掌とはあいまって、親身に励ましストックホルムについたらポリスにリポートしたほうがいいなどとアドバイスする青年、オーストラリアから一人旅を楽しんでいるオーストラリア人青年は、
「荷物置き場にセキュリティカメラを設置しておけば、防げることなのになぜそんな簡単なことがしていないんだろう」といい放ちました。
まったく、そのとおりです。
しかし、北欧社会では泥棒除けのために、カメラをあちこちに設置し監視社会にしてしまうことのほうが好まないことであり、小さな犯罪はあっても監視社会にならないことを選択しているともいえます。
スリ、窃盗といった犯罪はヨーロッパでは日常茶飯事のようです。わたしはパリであやうく荷物をひったくられそうになったことがあるし、息子夫婦もイタリアで危機一髪盗難被害をまぬがれた経験がありますから、米国社会のほうがその手の小さな犯罪は少ないようにさえ感じます。
米国の場合は一歩間違えば相手は銃を持っているかもしれないし、あちこちにカメラがある現代社会では、盗人族にとってあまり歩のいい“仕事”じゃなのかもしれません。
ともかく落としたものさえ出てきてしまう日本を知る者にとっては、ここでも安全な日本はすばらしいを再認識しました。
そして、とにもかくにも、気を引き締めていかなければと思いました。
ロストバゲージにあったばかりのMさんも、さっそくこんなジケンを目の当たりにし、盗難よりはまだましだと思えたようです。
その後、中国人二人組彼女たちの盗まれた荷物がでてきたかどうかは知るよしもありませんが、その可能性は限りなく低いと推察できますから、彼女たちが元気を取り戻して旅を楽しんだことを祈るばかりです。
ストックホルムの駅に着いたときには、かなり日暮れていましたが、スカンジナビアの緯度は高いため、日の入りは夜9時過ぎですから、夜道を歩く心配はありません。
駅から歩いて数分の予約しておいたホテルにチェックインを終えたあと、貴重品とラップトップ以外、旅の間に使うものがないMさんの歯ブラシを買いに行きました。
二人ともハプニングと長旅でクタクタですから、今夜はゆっくり休もうとベッドに体を埋めました。