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明&暗のラスベガス

✎“ぶんげぇむ”✐ 参加作品
課題:「落ちる」「闇」「路地裏」


キーワードを見た瞬間に書くことが決まってしまう、憑依のパワー。

今回、浮かんだのはラスベガス!

その昔、憧れの旅行先だった。ときを経て、その感覚がどう変性したかを記してみたい。

子どもたちが巣立ってからは、夫婦でよく旅をした。休暇型の旅は別として、旅の目的地は夫の出張先がほとんどだった。亡き夫は年に数回、各地で開かれる学術的な会議に出席する機会があった。おかげで米国内外問わず、出張先は旅先だった。

出張に妻が同行?と怪訝な顔をされそうだが、わたしの航空券さえ自前で手配すれば咎められることはない。夫はいつも「ついて来てね」という調子だった。

そんな旅でよく行ったのが、ラスベガスだ。ギャンブルの街として有名なので「えっ?」と思われるかもしれないが、ラスベガスはイベント会場設備が整っているため、あらゆるコンベンションの開催地としては定番の地でもある。

世界各地から出張と称して集まった人々は、仕事のあとには世界クオリティーの娯楽を楽しめる。ご多分にもれず、毎年のように出かけたのも、夫が参加する会議の恒例開催地だったからだ。

空港に着いた瞬間からスロットマシーンがお出迎え。目抜き通りまでは車で10分ぐらい。乱立するホテルの合間を走り回るタクシードライバーはまず移民だ。空港とホテルを日に何度往復して生計を立てているのだろう?とふと考え込む。黒塗り、白塗りのリムジンも走り回る。

かつて、日本でも80年代後半から90年代にかけ「家族連れでも楽しめるカジノリゾート」としてテレビや雑誌がよく取り上げた。リゾート型マンモスホテルが軒並みオープンしたころのことだ。きらびやかな情報を目にしては「いつか行ってみたいね」と話したものだ。

その“いつか”は間もなく実行された。今から四半世紀前のことだ。ひとたび言葉にすれば、行動に移してしまうのが我が家の流儀だった。

「旅のプランはまかせなさい!」

かつて旅行会社に勤めていた経験を活かし、ラスベガスのみならずフロリダのテーマパーク、米国の友人訪問まで追加。冬休みフル活用で、小学生3人と4歳の末っ子の手を引いての「ちびっ子ぞろぞろ米国あちこち家族旅行」を手配した。

「憧れ実行作戦」とはいえ、子連れゆえ主役は子どもだ。食事はハンバーガーかホットドッグ。無料のショーやサーカスを見て、室内遊園地で歓声をあげた。子ども用ギャンブル施設で遊ぶと賞品がもらえた。戦利品ゆえ置いてくるわけにはいかない。ただでさえ、家族6人分の大荷物だったのに、大笑いするほどの“獲得賞品”を担いで帰国の途に着いたのだった。ちなみにかさばったのは「バスケットボール4つ」だった。

そんな漫画のような微笑ましい思い出のあるラスベガスだが、ここ何年かの見え方はちがっていた。

砂漠地帯の何もなかった盆地を一大開発して築き上げた虚構の街は、とにかくキラキラ、ピカピカ、ゴージャスだ。どのホテルにも呆れるほどのチカチカマシーンがひしめき、電子音を響かせる。

ルーレット、ブラックジャックなどディーラーを囲むテーブルには、一攫千金を狙う人々が、飲みながら神経を集中させている。室内の電子音は絶えることなく、外に出ても耳の奥に幻聴が残るほどだ。舗道ではストリートパフォーマーがチップという日銭を稼いでいる。

夜通し眠らない街で働く人々を観察するも笑顔はあまり見えない。それどころか、「観光客は金づる」みたいなオーラを放っているようにさえ感じられる。

確かにベラジオの噴水ショーは美しいし、ベネチアンの人工ベニスの街並みも素晴らしい。ベネチアンを所有する世界に名だたるカジノ長者、ラスベガス・サンズのCEOはケタちがいの大富豪だ。華やかさを支える労働者との格差に、資本主義社会のをプンプンと感じとってしまう。

いつのまにか憧れだった旅先は、ただの出張先であり、避寒の地となっていった。

どんな旅も、観光スポットだけでなく路地裏を歩いてみるのが常だった。ラスベガスは表が華やかだけに、裏がよりせつなく思えた。

それは、大自然と共に暮らした南国生活を知っているからかもしれないし、米国で暮らすうちに資本主義社会の歪みがわかってきたからかもしれない。

昨年2月、二人で路地裏を歩いていた。

とあるホテルの裏口には、ホームレスの人々が何人も横たわっていた。表玄関は豪華絢爛でリッチなゲストを恭しく出迎えているというのに……。裏の人も前は表にいたのかもしれない。ギャンブルの餌食?人生からの転落

「ここって現代社会の光と闇が集約されているよね。せつないね。もう来るのやめようかな」

「そうだな、もういいな」と、夫。

帰りの飛行機では、上空から見下ろす街のネオンを眺めながら、

「バイバイ、ラスベガス」と心の中でつぶやいた。

そして7カ月後、夫の「もういいな」は決定的となった。


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