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今年こそはまちでお祭りをやりたい

「なかがわ君ももう3年生か、早いね。」

鈴木さんがぼくの髪を切りながら言った。普段はゆったりとした印象をまとっている鈴木さんが、真剣な眼差しで素早く、細かくハサミを入れるのに感心しながら、そうですね、恐ろしいですねと返した。

「ついこないだまで1年生だった気がするんだけどなあ。そういえば、いつの間にか3年生っぽい顔つきになってるかもなあ。」

鈴木さんは笑って言う。商店街にある鈴木さんのお店、MEN'S HAIR DOZE で髪を切ってもらうのは今回が初めてだった。2人きりで話す機会も珍しいと思った。

「去年はお祭りがなんにも無かったからね。なんか、1年を過ごした気がしないよ。」

商店主と学生で立場は違いながらも、商店街で一緒に活動する2人の話題は自然と商店街に移る。

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地域イベントが軒並み中止になってしまった昨年度は、商協で活動する自分にとってもマヌケな1年だった。

「谷保のイベントはダイヤ街のほおずき市に始まってさ...。あれ、もしかしてそろそろ準備が始まる時期かな?」

目を瞑って、シャキシャキシャキとハサミの鳴る音を聴きながら、谷保のイベントに参加した一年生の頃を回想した。

例年6月に開催されるほおずき市は、Pro-Kの1年生が初めて参加する地域イベントだ。商店主さんと協力して屋台を出したり、公園にミニチュアの汽車を走らせたり。地域のヒーローやほレンジャーも出動して、まちのみんながぐっと距離を縮める1日になる。

ほおずき市2018_42



「それであっという間に夏が来てさ、盆踊りがやってくるんだよな。団地の方も自治会の方も、わーっと人が集まってさ。楽しいよね。」

谷保の夏には2回の盆踊りがある。1つは団地、1つは自治会で開催されるのだが、どちらも最高に盛り上がる。生まれてはじめて「屋台で売る側」に立って、焼きそばとアイスを買うためだけに渡された500円玉を握りしめてくる子どもたちの顔がどんなに輝いているのかを知った。

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「それからジャズビアガーデン。演奏があるとひときわ盛り上がるし、学生たちもみんな楽しみにしているよね。」

9月の始め、まちの音楽家たちを招いて広場でジャズコンサートを開き、同時にビアガーデンも開催する。Pro-Ker主導で企画されるイベントで、他のイベントとは少し違ったやりがいや居心地の良さを感じられる。

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「あとは、なんといっても例大祭か。今年はお神輿、担げるといいね。」

お神輿を担ぐと「これぞお祭り」という感じがするものだ。谷保で最大のイベントである例大祭では、たくさんのお神輿や万燈と呼ばれる縁起物をみんなで担いでまちを闊歩する。よそ者の自分でもお神輿を通じてまちの一部になれた気がして、心の底から込み上がってくるものがあった。

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「....はい、こんな感じかな。どう?......うん、じゃあ次シャンプーね。」

ふかふかレザーの椅子が回転して後ろに傾いた。顔にタオルを乗せられて視界が暗くなる。頭にお湯がかけられるとなんだか急に眠くなった。次第に遠くなる意識の中でも、耳を覆う手に優しさを感じる。

気持ちよさにうとうとしながら、秋から冬にかけてのイベントに思いを馳せた。ハロウィンに天下市、そして旧車祭...。どれも1年開催できなかっただけで、ものすごく遠い昔の話のように感じられる。



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「はい、終わったよー。おつかれさま。」

ドライヤーをして髪を整えてもらい、さっぱりとした気分でお店を出ると、強い風が吹いて桜の花びらが流れてきた。今年こそはまちでお祭りをやりたいと強く思った。

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