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目次とあらすじ ユナヘルは石に閉ざされた夜道を走っていた。 胸が苦しくて、頭はくらくらしている。 喉の奥からせりあがってくる悲鳴を飲み下すのに必死だ。 大通りを避け、果物屋の角を曲がり、入り組んだ裏路地に逃げ込む。 夜道を歩く物乞いが、何事かとこちらを見た。 街灯から遠ざかり、より深い暗闇の中へ身を投じていく。 脚を止めることは出来ない。 追っ手の気配はすぐ背後まで迫っている。 ユナヘルの顔は、汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
目次とあらすじ 前回:小さな反抗者① 殺された。 殺され続けた。 容赦なく、一方的に。 そうした死を何度も経験して、何度死んだか分からなくなったころ、ユナヘルは一つの結論を得た。 時間が巻き戻っている。 路地を逃げ、背後から攻撃を受け、足が止まったところを殺される。 再び路地を走り、死に、また路地を走る場面へ舞い戻る。 ユナヘルは最初、夢を見ているのだと思った。 本当の自分は今も兵舎の寝台に横たわって、朝の訪れを告げる鐘が鳴るのを待って
目次とあらすじ 前回:小さな反抗者② 逃げ足が速いだけの、小さな子供。 ウルド国軍の正規兵士であるフォグンは、見習い兵士の逃げる背中を見ながらそう思った。 裏路地に逃げ込んだ見習い兵は、時には建物の中へさえ躊躇無く飛び込み、裏口から飛び出していった。 どこかの宿の勝手口から入り、無人の厨房を駆け抜けていく少年兵を追いながら、フォグンは自分たちをなんとしてでも振り切ろうとするその根性を賞賛すらしていた。 フォグンたちに与えられた命令は至って単純だった。
目次第一章 小さな反抗者 ① ② ③ 第二章 救いの手 ① ② ③ ④ 第三章 双頭の獣 ① ② ③ ④ 第四章 訓練の終わり ① ② ③ 第五章 紅蓮竜 ① ② ③ ④ 第六章 王都攻略 ① ② ③ 第七章 永劫の彼方 ① ② ③ 第八章 蛇の娘 ① ② ③ 第九章 反抗者の帰還 ① ② ③ ④ ※完結済み※ あらすじウルド国の王位継承争いに敗れたメィレ姫は囚われ、いまや処刑を待つばかりとなっていた。 少年兵のユナヘルは、ちっぽけな魔法具を手に姫を助け
目次とあらすじ 前回:第一章 小さな反抗者③ その広い書斎は、実に雑多だった。 並んだ棚は本で隙間無く埋め尽くされている。 絨毯が引かれた床には魔物の爪や牙や、毛皮、目玉などが所狭しと転がり、足の踏み場は無い。 窓際にある大きな書斎机の上には、分厚い本が乱雑に積まれていた。 窓の外から柔らかな朝の光が差し込み、部屋の隅に転がっていた透明な鉱石――封印結晶に反射した。 ユナヘルは、来客用の机に向かい、古ぼけた書物に埋もれながら、真っ白な紙に羽ペンを走らせ
目次とあらすじ 前回:救いの手① どれくらい意識を失っていたのか。 石畳の上に横たわっている。 周囲に自分の血が広がっていることに気付いた。 だんだんと記憶がはっきりしてくる。 長距離からの魔法を腹部に受け、そのまま転倒して頭部を強打し、失神したのだろう。 ユナヘルはずきずきと痛む後頭部へ手を伸ばした。 全身は氷のように冷え切っていて、先が長くないことはすぐに分かった。 どのみち、魔法を撃った本人が止めを刺しに来る。 どちらが早いか、という
目次とあらすじ 前回:救いの手② スヴェは、城から遠くにある、小さな宿に泊まっているようだった。 近くで戦えば必ず現れて、ユナヘルの味方についてくれた。 致命傷を負わずにスヴェの元へ向かうのは非常に難しく、経路を確保するのに数十回も死んでしまった。 「怪我は無い?」 スヴェは動かなくなった第四階梯の兵士を見下ろしながら、ユナヘルに言った。 相変わらず無表情だ。 第四階梯の兵士が弱いわけが無い。 同時に魔法具を三つまで使いこなすことが出来るその実力
目次とあらすじ 前回:救いの手③ ウルド国は、気候こそ温暖なものの山岳地帯が多く、農耕には向かない荒れ地ばかりが広がっている。 領土内には魔物が支配する「魔物領」が数多く存在し、毎年民に多くの被害が出ている。 東と西を海に囲まれ、南にあるフェブシリア国とは同盟状態にあるが、北のデフリクト国とは常ににらみ合っている。 シノームル王が死に、デュリオが王位を継承すれば、小競り合いが本格的な戦争状態になることは間違いない。 ウルド国を支えているのは、隣国が作るもの
目次とあらすじ 前回:第二章 救いの手④ なだらかな丘は、朝もやで包まれていた。 太陽はまだ低い。 ひりつくような寒さがあり、周囲には馬の足音だけが聞こえる。 メィレ姫を脱獄させようとした強襲作戦から一夜明け、ティレスタムは御者台に乗って馬の手綱を取っていた。 目指す先は王都を出て丘を一つ越えたところにある共同墓地だ。 馬が引くのは屋根の無い荷台。 乱雑に並べられた麻袋の中身は、ほとんどが低階梯の兵士と、見習い兵士だった。 車輪が道の凹凸に合わ
目次とあらすじ 前回:双頭の獣① 雲ひとつない青空が頭上に広がり、時刻はちょうど太陽が真上に昇るころだった。 王都中央にある大きな広場には木製の巨大な台座が組まれ、その上に首切り斧を持った強面の兵がいた。 あの作戦失敗の日から十日が経過した。 ユナヘルはようやくこの日にたどり着けたことを安堵していた。 じっと隠れ続けていることがこんなにも苦痛だとは思わなかった。 目立たないように、食料を盗む回数を極力減らしたため、ただひたすら飢えと戦う時間を、何度も何
目次とあらすじ 前回:双頭の獣② 「食べないの?」 夜。 セドナの大森林へ向かう途中にある、人間領の小さな森で、スヴェとユナヘルは火を囲んでいた。 あたりには野鳥の肉が焼ける香ばしいにおいがする。 移動中の食料は、スヴェが猟をして得たものだった。 その手際は見るも鮮やかで、スヴェがこれまでどれだけ長い旅をしてきたのかを伺わせた。 「……食欲がなくて」 「無理にでも食べたほうがいい。きみ、今にも死にそうな顔してる」 スヴェからしてみれば、今のユナヘ
目次とあらすじ 前回:双頭の獣③ 焚き火は燃え尽きていた。 空が明るくなり始めていることに気付くが、心地良いまどろみが襲ってきて、ユナヘルは寝返りを打った。 こんな朗らかな気分になれたのは久しぶりな気がする。 柔らかながらも、頼もしさを感じられる体に抱きつき、その温度を受け取った。 汗のにおいがするが、不快ではなかった。 「おはよう」 耳元を声でくすぐられ、眠気が吹き飛んだ。 慌てて体を起こす。 隣では薄着のスヴェが横たわっていた。 「ごっ
目次とあらすじ 前回:第三章 双頭の獣④ オルトロスを封印できるようになると、スコロペンドラという魔物を指定されるようになった。 百足に似た魔物で、つがいで活動し、年を経るごとに巨体になり、胴の節の数は増え、甲殻は硬くなっていくという。 ユナヘルは、オルトロスを封印して高くなった鼻はぽっきりと折られるほどに苦戦した。 特に厄介だったのはスコロペンドラの持つ毒だった。 体からいくつも生えている脚で引っかかれると、たとえ小さな傷でも体が動かなくなる。 そう
目次とあらすじ 前回:訓練の終わり① 長い旅だった。 王都で得た情報を元に、メィレ姫を救出する計画を立てながら、スヴェの元で魔物との戦いを続けていった。 また、ユナヘルは訓練の中で、作戦で使用する魔法具の選定も行っていた。 実際にメィレ姫を救出しようと思ったら、何人もの敵と戦う必要がある。 例え「やり直し」の情報収集によって、戦いを極力避け、物事を有利に運ぶことが出来たとしても、どこかで必ず高位の階梯の兵士と正面衝突しなければならなくなる。 その際には