第二章 救いの手③

目次とあらすじ
前回:救いの手②


 スヴェは、城から遠くにある、小さな宿に泊まっているようだった。

 近くで戦えば必ず現れて、ユナヘルの味方についてくれた。

 致命傷を負わずにスヴェの元へ向かうのは非常に難しく、経路を確保するのに数十回も死んでしまった。

「怪我は無い?」

 スヴェは動かなくなった第四階梯の兵士を見下ろしながら、ユナヘルに言った。

 相変わらず無表情だ。

 第四階梯の兵士が弱いわけが無い。

 同時に魔法具を三つまで使いこなすことが出来るその実力は本物だ。

 それを一瞬で蹴散らしてしまうスヴェの力は、一体どれほどなのか。

「は、はい」声が震える。「ありがとうございます」

「どうして仲間同士で――」スヴェは言葉を切った。「見られてる」

「え?」

「魔法で監視されてる。私はもう街から出るけど、きみはどうする?」

「えっ、あっ、つ、連れてってもらえますか?」

「いいよ」スヴェはあっさり言った。「ちょっと待ってて」

 スヴェは宿の中へ駆け戻っていった。

 そして本当にすぐに戻ってくると、その背には大きな背負い袋があった。

 旅の荷物だろう。

 スヴェはユナヘルの手を取り、走り出した。ほっそりとした手で、冷たかった。

「放しちゃだめだよ」

 スヴェはそれだけ言うと、路地裏を走り出した。

 時折足を止め、影から影へ滑り込むように進んでいく。

 ユナヘルが兵士に見つかり何度も死んだ場所を嘘のように通過し、あっという間に王都の外壁に辿りついてしまった。

 何らかの魔法の効果によるのだろうが、どんな魔法なのか、ユナヘルは自分の知識と照らし合わせたが、見当もつかなかった。

 机の上で得たものなど、実戦では役に立たないのだと、見せ付けられたような気がした。

 外壁の上の通路には等間隔で松明が並べられ、煌々とした明かりを放っている。

「あっ、あの」ユナヘルは、五階建ての建物以上の高さがある外壁を見上げるスヴェに、小さな声で言った。「外門は閉じられています。どうやって外へ――」

「じっとしてて」

 スヴェはユナヘルの背後に回ると、脇の下から両手を通した。

 背中から抱きかかえられたユナヘルは、次の瞬間に空高く飛び上がっていた。

 突然の衝撃にも声を漏らさなかった自分を、ユナヘルは褒めてやりたくなった。

 スヴェはユナヘルを抱えたまま、外壁の上の通路に音も無く着地した。

 ユナヘルは、見張りの兵士がこちらに背を向けているのを視界の端に捉えた。

 一呼吸の間もなく、スヴェは再び足を踏み出し、誰にも気付かれることなく街の外の闇に飛び込んだ。



 夜が明けようとしていた。

 ユナヘルはスヴェに手を引かれたまま、王都の周りに広がる平原を走り続け、北にある小さな森の中に入り、そこでようやく歩を緩めた。

「事情は分かったよ」

 スヴェはユナヘルの前を歩き、時折ユナヘルの様子を伺うように振り返っていた。

「スヴェさんは、どちらへ行かれるのですか?」

「自分の村へ帰るよ。元々その予定だったし」スヴェは振り返った。「そんな喋り方やめてよ。そんなに年も離れてないでしょ?」

「分かり――」ユナヘルは咳払いした。「……分かったよ」

「それで、きみはどうする? ついていってあげることはできないけど、国境に出る安全な道まで案内することはできるよ」

「図々しいのは承知してる。でも、お願いしたいことがあるんだ」

「姫様を助ける手伝いをしてくれってのなら無理だよ」

「僕に、魔法具の使い方を教えて欲しい」

 スヴェの強さを目の当たりにしてから、ずっと考えていたことだった。

 今のままでは、ある一定以上の実力を持つ兵士相手には、何度やり直しても戦いにならない。

 実戦の機会はいくらでもある。必要なのは師だった。

 スヴェは足を止めて振り返った。

「……どうして?」

「スヴェのように、強くなりたいんだ」

「えっと……」

「別に今日明日に王都へ突っ込もうってわけじゃない。自分でも実力が無いのは分かってる。長い時間をかけて作戦を練ってからだよ。だけどそのまえに、自分が弱いままじゃ、何も出来ないんだ」

 スヴェに一通りの事情を話したユナヘルだったが、姫の処刑の日取りが決まっていることは伏せてあった。

 破れかぶれの突撃をかけると思われては、協力を取り付けられないと考えたからだ。

 それに、今の言葉に嘘はない。

 もっと強くなる必要がある。

 長い時間をかけて作戦を練る必要もある。

 そして弱いままでは何も出来ない。

 スヴェは、ユナヘルの目を正面からじっと見つめた。

 ユナヘルはそこで初めて、自らの救い主の顔を、その姿を、じっくりと見た。

 彼女は小顔で、まつげが長かった。

 一目で将来美人になるだろうと分かる、整った顔立ちをしている。

 健康的に陽に焼けた肌は、たくましさを感じさせた。

 体の線は細いが、華奢な印象はない。

 研ぎ澄まされ、洗練された生命力があるように思えた。

 貴族の娘が持つきらびやかさとはまた違った美しさだった。

 外套の下は、まさに旅人といった風な出で立ちだった。

 動きやすそうな革製の薄手の胴着によって慎ましく膨らんだ胸が守られていた。

 足首まである脚衣にすっぽり足を包み、ほっそりした足の形が良く分かった。

 あらゆるものを退ける力を秘めているような、透明感のある緑の瞳を覗き込んだとき、ユナヘルの脳裏には、メィレ姫の美しい横顔が浮かび上がった。

 メィレ姫の穏やかな笑顔とは違い、スヴェの表情はまるで氷のようだった。

「分かった。いいよ」スヴェは頷いた。

 ユナヘルは驚いた。

 断られても何度だってやり直して、なんとしてでも師になってもらうつもりでいたのだが、拍子抜けしてしまった。

 具体的な方法としては、スヴェの願いを聞きだし、叶えることが可能そうなものを叶えて弟子入りの交換条件とする、といったことを考えていた。

 やり直しが出来るからこそ可能な芸当だ。

「ありがとう」ユナヘルは弾むように礼を言った。

「ただし、村に帰る途中まで。私はきみの面倒を最後まで見ることは出来ないよ。私の村でかくまう事も出来ない。ウルドの軍隊を敵に回すわけには行かないからね。きみは、私と別れたら、自力で生きていかないといけない。あてはあるの?」

「その辺は大丈夫だよ。スヴェと別れたら、とりあえずは故郷に帰ることにする」

「故郷はどこ?」

「すごく遠く。山をいくつも越える」

 ユナヘルは目をそらして言った。

 スヴェは納得していないようだったが、追求はされなかった。

「それで、まずは何をすればいい?」

 ユナヘルは腰から<篝火>を抜いた。

 ユナヘルが柄を握り込むと、刀身はぼんやりと熱を持ち始めた。

 どんな過酷な訓練でも、強くなるためにやり遂げる決意があった。

 ウルド軍の訓練を思い浮かべる。

 やはりまずは防御の強化だろうか。

 スヴェはユナヘルの手の魔法具に目を落とした。

「きみ、自分で魔法具を造ったことある?」


次回:救いの手④


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