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短編小説 サキオクリ

「・・・以上で2070年4月20日のニュースを終わります。皆さま、良い夢を。」

女性アナウンサーが柔らかな笑顔で微笑み、頭を下げてニュースが終了した。もちろん、人間ではなくAIで作られた「標準的な」アナウンサーだ。それが証拠に、彼女が登場してから20年は経過しているが、ブラッシュアップはされていても、一向に老ける気配がない。

番組の終了と同時に、時計は「4月21日0:00」を表示する。
これで、私も65歳になったわけだ。
今日からは、「高齢者」と呼ばれる存在だ。
今の社会では、この言葉は暗に「厄介者」「お荷物世代」とも言われる。

もっとも、そんな言葉を大っぴらに使う人間は、虚飾と体面に満ち溢れたこの御時勢にはいないだろう。言えば、それこそ社会的に抹殺されるまで叩かれるからだ。

2070年現在、日本の総人口は約7500万。
そのうちの30%強にあたる、約2700万人が「60歳以上」という、超高齢化社会である。

国民皆保険、年金は、もはや破綻寸前だ。
私もつい最近、1回目の年金を受け取ったが、その金額は4万円に足りない。これが二か月分だから、月2万に届かない、ということになる。

これでは、米を10kgも買えばそれでしまいであるから、当然生活など成り立つわけはない。それでも政府は「破綻した」とは絶対に言わない。それを言ってしまったら、現役世代から年金も社会保険料も取れなくなるからだろう。

だから、私は生活のために今も仕事を4つ掛け持ちし、週のうち120時間を仕事をして過ごしている。当然、体の調子は良くないが、医療費が嵩むので病院にはここ十数年行っていない。

なんのために生きているのか、疑問に思う日々を漫然と続けている。

かわいそうなのは今の現役世代も同じだ。
どんなに稼いでも、その半分は年金と社会保険料として給料から天引きされてしまう。

私の現役世代の頃に比べ、確かに給料は倍近くになっているが、それを上回る社会保障費や物価の上昇で、手取り金額はほとんど変わっていない。むしろ物価が上がった分だけ、自分のために使えるお金はほとんどないと言うのが実情だろう。

当然、私と同じように、結婚や子供を考える余裕などあるわけがない。
一人で生きていくだけで精一杯だ。

それに、暖房費が生活費に重くのしかかってきていることもある。地球温暖化の影響で寒冷化が進み、今は一年のうち8か月は暖房がないと暮らしていけないが、灯油は18ℓで安いところでも7,000円を切るところはない。ヒーターの高効率化は進んでいるが、それ以上に灯油代が上がったため、厳寒期には数百人が凍死している、というウワサもある。

「そういうニュース」はほとんど流れないから、実態はわからないが、私のアパートでも12月に一家族、2月に3人が自室で亡くなっていて、ご近所では「おそらく凍死か餓死だろう」という憶測が飛んでいた。

医療費もそうだ。病気やケガで1~2か月も入院したら、あっという間に生活に窮するようになるレベルで医療費がかかるし、だからといって貯金をしていると鬼のように税金が課せられてしまうから、それも難しい。

未だに「任意」のはずのマイナンバー制度が給与受け取りや病院受診に不可欠となり、全ての口座とリンクしなければならなくなったため、国はほぼ国民全員分の給与データと経済情報を握っているから、「タンス貯金」にすら税金が課せられる。

日本は、いつからこんなヒドイ国になったのだろう?
喜んでいるのは海外からくる観光客だけだ。
国民は、みんな目が死んで、考える能力を失っているように思える。

思い出してみれば、私が20歳になった当時から、「少子高齢化」や「社会保障の脆弱性」「物価の上昇」「地球温暖化」などは世間で話題になっていた。

だが、全ての問題をその場しのぎで解決したかのように取り繕って、「先送り」にしてきた結果が、これだ。

私も若い頃には、こんなことになるなんて思ってもみなかった。
普通に働いて、結婚し、子供をもうけ、まあ体の動くうちはパートかなんかで小遣い稼ぎをしながら、趣味の釣りでもして暮らしていこう、などと考えていたが、釣りは食糧確保のために「しなければならない日課」になってしまっている。

そう考えると、私も「先送り」にしてきた人間だったんだな、とつくづく思う・・・。

ふと時計を見ると、時刻は0:30になっていた。
ぼんやりと考え事をして30分を無駄にしてしまった。
明日も5時から清掃の仕事が入っているから、そろそろ寝なければ。

今回もまた、問題を「先送り」して明日を生きるしかないのだ・・・。
テレビを消そうとリモコンを手に取った時、政府広報のマークが左上についたCMが流れた。

珍しく、「生身の」老人達が晴れやかな笑顔で映し出されている。

「65歳になったら、『早期終末奨励対象者』です! 今なら、残された家族に何にでも使えるマイナポイントを20万ポイント付与! 70歳になる前なら、さらに20万ポイントと、火葬や埋葬に掛かる費用を国が全額負担します! さあ、若者のために、進んで旅立とう!」

どうやら我々は、「先送り」する側から、「サキオクリ」される側へとなったようだ。


サキオクリ
了。


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