下村敦史「法の雨」again
下村敦史「法の雨」(徳間文庫)。電子書籍版はこちら↓
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99.7%が有罪とされる高裁判決で、何度も無罪判決を下す嘉瀬清一裁判長は「無罪病判事」と呼ばれていた。「疑わしきは罰せず」を厳格に貫き通していた。この裁判長に当たった検事は、たまっものではない。三回もの逆転無罪を喰らったらクビとされる世界。検事の大神護は、嘉瀬裁判長に4度も逆転無罪を喰らい、出世の道を断たれた。そんな彼が、もう一度洗い直したい事件があった。
暴力団の松金組組長を、病院で窒息死させたとして、起訴された看護師の水島勇作。しかし無罪を勝ち取った後に、彼は松金組の鉄砲玉に射殺された。無罪になったことで報復行為が実現されたなら。判決に責任を感じた大神は、犯行を命じたであろう若頭の須賀を逮捕する決意を固める。判決を下した嘉瀬裁判長は、判決申し渡し中に脳卒中で倒れ、認知症を患って施設で介護を受けていた。遺恨の積もる嘉瀬清一に面会に行って話した大神は、嘉瀬裁判長が厳正に警察や検察の証拠を精査していたことを知る。しかし若頭の須賀を調べるうちに、警察の捜査に決定的な調査漏れがあったことに気がつく。意図して張られた複数のコントロールの糸が明らかになり、刑事捜査も判決も事実とはかけ離れていたことが明らかになる。
この物語のもう一つの柱は、嘉瀬清一の孫である幸彦が、私立大学医学部に受かったことによる入学金振込の問題である。幸彦の入学金800万円は、早逝した両親に代わって、祖父である清一が負担を約束していた。認知症の疑いありということで、妻の君子は夫の知人を装った人物の勧めで、成年後見人制度を家裁に申告した。しかし後見人に任じられたのは、藤本弁護士だった。家族が任命されることは実際には2割くらいに過ぎないことを、君子は知らなかったのだ。一度任命された後見人は、被後見人が死ぬまで変らない。被後見人の財産保全を目的とする藤本弁護士は、清一の預金から幸彦の入学金を振り出すことを許可しない。このままでは医学部への入学が無効になるため、困惑した君子と幸彦は救済団体のNPOに救いを求める。エンディングに至れば、藤本弁護士が血も涙もない人物ではないことがわかる。しかし、現代の成年後見人制度において、君子と幸彦が遭遇するようなトラブルが頻発しているという。そのことを読んだだけで、この作品は一味違うミステリーと言える。
◆以下は成年後見人制度について詳しい友人の見解。この小説に書いてあるように、親族は成年後見人にあまり選ばれなくなっている。特に財産が多い方は選ばれない。行政書士は専門家ですが、ふつう後見人としての専門家は弁護士、司法書士、社会福祉士の3つがあげられ、行政書士は入っていない。親族が家裁に申立てができない場合、市町村が申立人となる。または親族が申立人となっても後見人にはなりたくないという場合、市町村がサポートする。そういう時に、行政書士に後見人依頼が行政から来る。ここ数年、本人の財産額によって、裁判所が後見人を選ぶようになり、行政書士は財産額が少ない人のケースでしか選ばれない。区役所が行政書士を候補者として申立てても選任されるのは弁護士、というケースが続いたため、区役所も最近では財産の少ないケースしか行政書士には回さない。この小説にあるように、財産額によって報酬も違ってくるが、財産の多寡と仕事量には関係がなく、むしろ財産が少ない人のほうが手がかかる。弁護士の知り合いは、やはり財産の管理だけで面会には行っていないと言っていた。行政書士会からは、月に1回は面会に行くように言われている。しかし報酬は財産によって決まるので、ほんとうに社会貢献の気持ちがないとやっていけない場合も多い。でもそれはおかしいということで、去年、見直しすることになり、実際にやった業務がかなり勘案されるようになった。たいしたことをしてくれないのに、こんな報酬を取られるのかという小説に出てくる内容はその通りだと思うが、このケースのように後見人を受任する前に不正な入金があったなど、ふつうの行政書士や社会福祉士は見抜けない。だから、このケースは弁護士で正解。