episode.2中編 親友の元彼が彼氏になった時の話
こちらはepisode.2の中編となります。
前編未読の方は、ぜひこちらからご覧くださいませ。
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「あ、久しぶり、マサハルだけど……」
なんと、見知らぬ番号からの着信の相手は、数日前ミナミにフラれたばかりのマサハル君だった。初めてミナミから紹介されて以来、1度しか顔を合わせていない相手だ。急に人見知りを発揮した私は、かなりどもりながらとりあえず挨拶をした。
「おぉ、マサハル君か! 誰かと思ったよ~。どうしたの?」
「いや、用があったわけじゃないんだけど……」
用もないのに元カノの友人に電話なんてしないだろう。声の様子もどことなく暗い。大方、ミナミにフラれたことを引きずり、なんとか私に仲を取り持ってくれるようお願いのための連絡ではないかとすぐに予想ができた。
そんなことより、この人どうやって私の番号を手に入れたのだろう。
「実は前にミナミと喧嘩した時に、ミナミの携帯をこっそり見たんだ。そこでやえちゃんの電話番号見つけてメモっておいた」
お、おう……喧嘩して携帯見てなぜ私の番号をメモる流れになったかはわからないけど、まぁ出本がミナミならいいか。
「ミナミと別れたことは知ってる? よね?」
「うん。ミナミから聞いてるよ」
そこからは、別れた経緯をマサハル君視点で聞くことになった。
ミナミはなんの前触れも無く別れを切り出してきたそうだ。理由を聞いても答えてくれないし、自分を嫌いになったのかと聞いてもそうではないと答えるらしい。だったら付き合いを続けないかと言ってみても、取り付く島もないのだとか。
それはそうだろう。ミナミ側の事情を知る私としては、ミナミがマサハル君に戻ることは98%ない。なぜなら彼女は今、年上の正社員さんに夢中で、ついこの間ドライブデートに連れて行ってもらったと喜んでいたのだから。「やっぱり大人って器がでかくていいよね~」なんて、にんまりと語っていたミナミの顔が鮮明に浮かぶ。
だが、私にはその事実をマサハル君に告げる勇気はなかった。
「俺は理由もわからないのに別れるなんて納得できないし、本当に好きだったから辛い。よりを戻したいわけじゃないんだ。ただ、本当の理由を知りたい」
マサハル君は本当に苦しそうな声でそう言った。マサハル君の気持ちを考えると、私まで苦しくなってしまった。
私はたまらず「私からミナミに言っておく。なんとかする」なんて安請け合いをしてしまった。
「ありがとう。ミナミがやえちゃんは頼りがいがあるっていつも言ってたけど本当だったんだね」
「おう、任せとけ」
そう言って電話を切ったあと、ちょっとだけ後悔した。ミナミになんて言えばいいんだ。
翌日、学校でミナミに会った。彼女は正社員さんと再びデートの約束をしたことや、美味しい焼肉をおごってもらえたことを楽しそうに話していた。上機嫌だ。これはチャンス。
「実はさ、昨日マサハル君から電話が来たの」
「え! なんで!?」
「や、私もなぜ私のところにかかって来たのか謎だったんだけど、どうやらミナミの携帯から私の番号を拝借したらしい」
「うわぁ……そういうことするんだマサハル」
おっとこれは失言だ。余計なこと言うんじゃなかった。
「でね、ミナミ、マサハル君に別れる理由言ってないんだって?」
「え、そんなこと言ってたの?」
「うん。めちゃくちゃ辛そうだったよ。なんで言わないの?」
「だって、好きな人が他にできたなんて言えなくない? これ以上傷つけるのは嫌だなって」
なるほど。ミナミなりに彼に気を使ったわけだ。だけどそれは……
「それは、あまりにもマサハル君に失礼だよ」
「失礼……?」
「彼は真面目にミナミのことを大切に思ってたんだよ。 そんなこと、私より知ってるだろうし、ミナミだってそうだったでしょ? そんな大切にしてた相手から、理由も教えられずに『ごめん、もう付き合えない』は不誠実すぎる。自分が同じことされたらどんな気持ちになるか考えてみて」
まるで小学生を諭すかのような言い方になってしまった。
とはいえ、彼の気持ちを置き去りにして、自分はさっさと楽しそうに次の人との恋愛を始めようとしているミナミに少しだけ苛立ちを覚えたのは確かだ。ちょっと棘のある言い方になってしまったが、マサハル君の気持ちを考えると、どうしても穏やかではいられなかった。
「……そうだよね。わかった。マサハルと話してみる」
そう言って、その話は終わった。
この場面は、嫌な感じになってしまったその場の空気を取り繕うように、ミナミの顔に落書きをして先生に怒られたことまでセットでしっかり覚えている。
翌日の夜、マサハル君から電話があった。
「さっきミナミから連絡来たよ。全部教えてくれた。おかげでスッキリした。ありがとうね」
ミナミ、言えたんだ。週明けに会ったら「よく言えたね」って頭を撫で回してやろう。
「スッキリできてよかったね。……でも本当は辛いよね」
そう言うと、堰を切ったようにマサハルくんは泣き始めた。男泣きだ。
マサハル君にとっても初めての彼女だったらしい。初めての彼女を、バイト先の上司に奪われた。この傷は深い。それでも、彼の人生の中で大切な思い出になることだろう。
そこからは、マサハル君を元気づけるために色んな話をした。
その日は金曜だったので、明日は休み。時間を気にすること無くたくさん話せる。彼の気が晴れるまで、とことん付き合ってやろう。
ミナミとの思い出、マサハル君の好きなこと、私の好きなこと、お互いの学校の話。
親友の元彼と、夜通し話し込んだ。気づくと朝になっていて、こんなに楽しく異性と長電話したのは初めてだった。
「やえちゃんと話せてよかった。もっと早く仲良くなりたかったよ」
「私も。こんなにマサハル君と気が合うとは思わなかった。今日はありがとうね。おやすみ」
翌日、またマサハル君から電話があった。
「昨日話してたあのことなんだけど……」
その翌日、またまたマサハル君から電話があった。
「あの本読んだ? あの作者の他の本って……」
さらにその翌日、またマサハル君からの電話。
「ねえ、今度デートしよう」
なんとなく、そんな気はしてた。
明らかにマサハル君の話す声が甘くなっていたのだ。その小さな変化は、目ざとい私のレーダーにサクッと引っかかっていた。
話していくうちに、こんなに息が合う人もなかなかいないと思っていたし、もっと仲良くなりたいと思ったのは本心だ。きっと大人になっても良い関係でいられるだろうと確信していた。
だが、デートは違う。なんせ親友の元彼なのだ。毎晩電話しているだけでもちょっと罪悪感があるというのに、デートなんかしたらミナミにどんな顔をして会ったらいいのかわからなくなってしまう。
「考えておくね」
とだけ伝えてその日は電話を切った。
気まずいなら断ればいいのにとお思いかもしれないが、実はデート先が某有名夢の国だったのだ。しかもおごってくれると。こんな美味しい話、受けない手はないではないか。相手が親友の元彼でなければ飛びついたところだ。
だが、大人ぶっていた当時のやえさんは、一旦自制心を働かせたのだった。
数日後、マサハル君とのデートについて迷っていた私に、ミナミがタックルしてきた。
「やえ! 正社員さんと付き合うことになったよ!」
う~ん、なんてタイミング。とってもおめでたいのだけど、複雑な心境。これは、デートに行ってもいいよって神様が言っているのでは? なんてことを考えてしまった。
とりあえず「おめでとう」と祝辞は述べた。
「ミナミ、実は相談が」
「どしたの?」
「マサハル君とデートしてきていい?」
あれこれ考えるのが面倒になってしまった私は、単刀直入にミナミに聞いてしまった。ミナミはキョトンとした後、大爆笑し始めた。
「あはははは! やえが! マサハルと! デート!」
え、怖いなんで笑ってるの。
「ひー……、ごめんごめん、全然いいと思う。行ってきなよ……ふふふ」
どうやら、マサハル君は私の好みではないと考えていたミナミが、まさか二人がくっつくとは考えていなかったらしい。しかし、まだ付き合うとかそういう話ではない。私はただ夢の国へ行きたいだけなのだ。
そんなこんなで、ミナミからお許し(もはや推薦)をいただき、マサハル君と夢の国デートをすることになった。
後編(デート編)に続く
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