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【小説】私という存在 #10 満たされた承認欲求

人生の節目には、様々なものを
「リセット」
してきた章大。

今ここでも、リセットをすることになる。このリセットが章大の人生最大の幸せと絶望をプレゼントしてくれた。

大学に入学、吹奏楽部に入部した章大は、生まれて初めて異性から
「好き」
といわれることになる。同じ部活のりえちゃんだった。お付き合いをすることになった。

時を同じくして、部活の執行部選出が行われた。この部では、1年生の早い間に、部の中核となるメンバーを選定して早期に育成、申し送りを密にして、三年の12月にある定期演奏会を成功させることを目標にしていた。

章大は、中学校から6年間、学生指揮をしたかった。
中学校は周りの目が気になり吹奏楽部に入れなかった。
高校は学生指揮は中学校からの経験者しかなれない決まりだった。

こんどこそ

そう思った章大は、指揮者候補生選出の時立候補した。
もう一人の立候補者は、トランペットでとても上手に楽器を奏でる、音楽性もあり経験も十分。絶対に勝てっこない相手だった。

章大は自分の音楽の考え方を全員に訴えた。
それは中学校の担任だった音楽の先生が言ったこと。
「数学は『学』だけど、音楽はなんで『楽』なのか考えて授業を受けなさい」
楽しくないと意味がない。
僕たちが楽しむからお客さんが楽しい。
お客さんが楽しいと僕たちも楽しい。
だから両方が楽しめる音楽がしたい。そのためには厳しいこともいうかもしれない。ついてきてほしい。

と。

一方もう一人の立候補者は

音楽は完成度を上げて、お客様に提供することが第一。

終始その内容だった。

結果は明らかで、指揮者候補生は章大になった。

今思えば、なぜあんなにも自信があったのか。全く勝てっこない相手だったのに・・・根拠のない自信は、時として人をも取り込むことが出来るらしい。そう思えば、なぜ選出されたのかも納得がいく。

こうやって章大は、たくさんの夢を実現していった。

学業も順調だった。
もともと好きだった物理。今の章大を形成しているロジカル思考はここで培われたもの。成績も順調で学費の全額免除もしっかり選出されていた。

人間関係も充実していて、持ち前の明るさと前向きさで交友関係を広げていた。
そのおかげで先輩から紹介されたバイトも採用。一生懸命働いていたら店長からも信頼されてバイトリーダーを任せてもらえた。本当に充実していた。

章大は、こんなにも多くの成功体験を得て様々なことを学んでいく。
怖すぎるほど、順調で華々しい大学生活に
晴れ晴れした気持ちの毎日の中に、

高慢
とりよがり
感謝のない
俺一人の力で作り上げた

という気持ちを持ち始めるようになる。

この後章大は、二年間まわりからの暖かい協力を得て感じていた幸せな大学生活を、その高慢な態度と「忌避」と巧みに利用して地獄の大学生活に変えることになる。

続く

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