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脳内議事録

認識の解像度を上げるための思索の旅の記録です。エッセイ、トーク、音楽などさまざまなかたちで頭の中を晒しています。…本音は傷つく、高くつく。
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#認識

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※試聴版です。オリジナル版(07:26)はマガジン購入すると視聴できます。

経験こそが最高の学習である。なぜならパターン認識の精度が上がっていくから。

・サイコパスのラジオ<シーズン1>(2020.8.24 配信分)

【脳内議事録】
https://note.com/y_uemizu/m/md0e3af51acf5

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※試聴版です。オリジナル版(06:34)はマガジン購入すると視聴できます。

一年半あれば、まるで意識は変わり果てる。

【脳内議事録】
本音は傷つく、高くつく。認識の解像度を上げるための思索の旅の記録をエッセイまたは音声でお届けします。
https://note.com/y_uemizu/m/md0e3af51acf5

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※試聴版です。オリジナル版(06:42)はマガジン購入すると視聴できます。

複合体を投げつけられたときのリアクションに困る、会話における記号依存者。

【脳内議事録】
本音は傷つく、高くつく。認識の解像度を上げるための思索の旅の記録をエッセイまたは音声でお届けします。
https://note.com/y_uemizu/m/md0e3af51acf5

役割と私

役割と私

仕事などの場面において、「私」の意見ではなく「法人の私」としてとか「仕事人の私」として役割に徹して意見することはきっとあるでしょう。「私」はそう思わなくとも、「法人」がそう思っているから、あたかもそうであるかのように話す。そんなことはザラにあるのかもしれません。

反対に、そうした役割を脱いで主張するとき(たとえば、プライベートにおいて主張するとき)、私たちは好き嫌いでモノを言っていることが多いで

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認識の外に世界がある、の具体的事例

認識の外に世界がある、の具体的事例

先日、友人と一緒に街を歩いていると、「この店の前はカレーの匂いがするね」と言いました。私にはその匂いがよく分からない。幼い頃からひどい慢性鼻炎があり、アンモニアのような刺激臭以外の匂いが分からないのです。

嗅覚がほぼ死んでいる、いわば五感の1つを失っている私に対して「カレーの匂いがするね」と投げかけるのは、「死んだお爺さんの亡霊が見えるね」と言っているのにほとんど等しい。シックスセンス的な何かは

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この世は、似て非なるものであふれかえっている

この世は、似て非なるものであふれかえっている

人が居る(要る)から組織ができたはずなのに、組織があるから人がいるという状態にだんだんなってきたりするものです。

せめて、すでに文字で書かれてある指針や規則をよりどころに議論を始めることができないと、まるで前提の揃わない不毛な空中戦に突入します。「人がいるから組織がある」と「組織があるから人がいる」という前提が食い違うと、その後の話も食い違い続けます。東京から博多に行くのと沖縄から博多に行くので

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意味と価値の中でいろんな人が共存しているね

意味と価値の中でいろんな人が共存しているね

「無意味と分かっていることに、さも意味があるかのごとく真剣に向き合い、それでいて半笑いで、微妙に結果を出す」みたいな。私は、そういう生き方がしたいです。無意味は退屈だし、かと言って意味は暴力になりうるから、ほどほどにやっていきたい。

意味や価値については、千差万別。意見の分かれるところです。

私は「この世界には絶対的な意味も価値もなく、すべては相対的である」という立場を取ります。(それを別に善

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「べき」の呪い

「べき」の呪い

こうするべき、そうあるべき。多かれ少なかれ誰もが「べき」を持っているのではないでしょうか。自分の中に「べき」を持つ分には構わない。むしろ、多少は「べき」を持っていないと生活がぐちゃぐちゃになります。

たとえば、「朝は遅くとも8時までに起きるべき」という「べき」を持っているからこそ時間までに起きれるのであって、私のように起きる時間に「べき」を持っていない人間は、平気で正午近くまで眠っている。

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宗教的、あまりに宗教的な

宗教的、あまりに宗教的な

ある物語のある役を与えられ、その役を演じきることで心をなんとか落ち着けている人が実に多い。人間は、宗教的な、あまりに宗教的な動物であるというふうに私は思うわけです。

宗教を大っぴらに語る人はもちろんのこと、私の知る限りの日本の知人で「(積極的な態度で)宗教に入信しています」という人を見かけることはなかなかありません。

では、宗教は廃れてしまったのかというと決してそんなことはありません。神不在の

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こっち側とあっち側

こっち側とあっち側

私は「この世のありとあらゆるものは他者」と認識しています。蔑むとか蔑まれるも含め、とてもじゃないけれど安全ではない世界観です。

恋人だって、身内だって、もし自分に子どもがいたって他者、下手すると昨日の自分だって他者という絶望的なまでに断絶された感覚を持って生きています。それを「内と外」と表現するなら「今ある自分以外、すべて外」という感覚です。

しかしながら、「内と外」を「こっち側とあっち側」と

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認識の限界を感じたら、さすがに現実を変えるほかない

認識の限界を感じたら、さすがに現実を変えるほかない

この世のありとあらゆる物事は、認識を変えることで、意味的価値をコントロールできてしまいます。悪用厳禁ではありますが、自分を納得させるための手段として自分自身に用いるにはなかなか有用ではないかと思うわけです。

ただし、事実は変わらない次のような話をよく目にします。

コップに水が半分入っているとして、「半分も入っている」と思うか、「半分しかない」と思うか。

「も」と思うか、「しか」と思うかで全然

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サイコパスに出会った

サイコパスに出会った

ご縁をいただき、サイコパスの方とお話しました。脳検査を受けて扁桃体の活動が低いと診断された生物学お墨付きのサイコパス。かなり共通する感覚があったので、私も扁桃体の活動が低いんだろうなどと勝手に思ったりしました(私は生物学的チェックはしていない自称サイコパスです)。

感覚が近いので会話が楽。説明が最小限で済むため、話がスムーズに運びます。構造的に理解しようとするなど物事の基本的なとらえ方が近かった

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感情の正しさを証明するために事実を歪めて認知する

感情の正しさを証明するために事実を歪めて認知する

「言葉が通じないな」とストレスを感じることが多々あります。とはいえ、そのストレスを悪いものと思わないように意識しています。言葉が通じる相手とばかりコミュニケーションしていると、あっという間に「そうでないもの」を許容できなくなりそうなので。

何といっても私はサイコパスです。少数派。「許容できない」なんて言っていたら、社会から許容されなくなるでしょう。

パラレルワールドに挑む一番分からないことは、

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構造で理解しがち

構造で理解しがち

私は物事を構造的にとらえようとします。構造を把握した上で、その場の構図を認識します。いざ、コミュニケーションが始まると言葉と雰囲気のチューニングを開始し、チューニングが合ってきたあたりからようやく話の中身に集中するのです。

会話の準備(特に複数人の)誰かと会うとき、社会構造上のヒエラルキー、歴史、文化、個人個人の歴史、状況、価値観、互いの関係性、文脈…など、かけ算しながら場の構造を把握しようとし

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