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ドラマシナリオ9「所長は語りて」③

■前回までのあらすじ■

作品テーマ(キーアイテム)は『』。単身赴任の中年男性、桂木は毎朝、電車から見える保育園児たちの見送りがひそかな楽しみであった。
ある日、スーパーで保育園児の菊地優美と出会う。優美は毎朝、桂木に手を振ってくれる見送りメンバーの一人だったのだ。優美から保育園のイベント『おとうさんのおはなしかい』に、特別に話し手として参加してほしいと依頼される。何を読むか悩む桂木。職場の部下、豊岡めぐみに相談し、桂木の好きな落語の絵本を読んでみては、とアドバイスされたのだった……

■シナリオ本編■

◯三和ケミカル 三ツ橋営業所・中(夕)

誰もいない事務所。西日が差している。ドアがガチャりと開き、桂木が中を覗き込むようにしてキョロキョロと見回す。

桂木「さてと、ゴミも捨てたし、電気消したし……ちょっと早いけど、おつかれさん」

パタンとドアが閉まり、サムターン錠がカチャリとかかる。遠ざかる桂木の足音。


◯市立三ツ橋図書館・外観(夕)

レンガが基調のしっかりした建物。入口に『市立三ツ橋図書館』と書かれたブロンズ板と、フクロウのキャラクターが本を読んでいるブロンズ像。
腕時計を見ながら、小走りに建物に近寄る桂木。出入り口からは来館者が次々と出てくる。来館者たちを見て、足早に入館する桂木。


◯同・児童書コーナー(夕)

『じどうしょ コーナー』と動物の可愛らしいイラストがあしらわれた看板が天井からぶら下がっている。
まばらなコーナーで図書館員の女性が書架から本を取り出して棚に戻している。キョロキョロと見回して看板を見つけて歩み寄る桂木。図書館員を見て軽い会釈をする。ニコリと笑って会釈を返す図書館員。

桂木「さてと……」

棚を指差しながら背表紙を確認していく桂木。指の動きが止まり、にんまりとわらう。
背表紙に『落語絵本 じゅげむ』と書いてある。隣には『落語絵本 はつてんじん』が並んでいる。ヒョイヒョイと棚から取り出し、ペラペラとめくって頷く桂木。

桂木「ホントにあるもんなんだなぁ……探してみるもんだ」

絵本を開いてフムフムと頷く桂木。館内で流れる『蛍の光』と図書館終了時間のアナウンス。キョロキョロを周囲を見渡す桂木。フロアに人がほとんどいない。パタンと絵本を閉じて、足早に貸し出しカウンターへ向かう桂木。


◯サンハイツ山下・桂木の部屋・中(夜)

テーブルにコーヒーの入ったマグカップ、『はつてんじん』『ときそば』『しばはま』『まんじゅうこわい』とタイトルされた絵本、スマホが並べられている。スマホのディスプレイは『録音中』と表示されている。

桂木「お、し、まい」

『じゅげむ』と書かれた表紙の絵本をパタンと閉じ、スマホをタップして録音を停止する桂木。

桂木「久しぶりの朗読か……どうかな」

ニヤニヤと笑ってスマホの『録音再生』のボタンをタップ。ガサガサといった物音とともに桂木の声が流れ出す。

桂木の声「(棒読み口調)『じゅげむ』……人の名前と言いますものは、それぞれ親の思いがこめられておりまして……」

スマホを凝視して固まる桂木。

桂木の声「(棒読み口調)この家でも、元気な男の子が生まれまして……『ねえ、お前さん、この子の名前、考えたかい』」

眉間に縦じわを寄せて、目をつぶる桂木。首を振って頭を抱える。

桂木「いくらひさしぶりだからって、棒読みにもほどがある……こりゃムリだ。ちゃんと断ろう」

うなだれて、絵本を眺める桂木。


◯ひだまり保育園・入口(夕)

タイトル『おはなしかい 2日前』
チョコレート色を基調とした雑居ビル。入口に『2F 認可園 ひだまり保育園』の立て看板。ビル前には子供用イスが乗った自転車がひしめくように並んでおり、子供を連れた母親たちが子供を自転車に乗せていたり、手を引いて歩いていて、ごった返している。
カバンを小脇に抱えて、ビルに向かって歩くスーツ姿の桂木。看板を見て歩く速度を上げ近づき、出てくる親子連れを避けながら入口に入っていく。


◯同・事務室・前(夕)

ドアに『じむしつ』とプラスチックのプレート、折り紙の花や動物が貼られている。すれ違う仕事帰りとおぼしき女性や元気な子供たちとすれ違う桂木。スリッパを履いている。ドアの前で立ち止まり、ドアをノックする。


◯同・事務室・中(夕)

事務机で書類に書き込みをしているみずき。ノックの音に顔を上げる。

みずき「どうぞ」

桂木「あの、昼間にお電話した桂木ですが」

おそるおそる部屋に入る桂木。ニコリと笑いかけて、立ち上がり、深々とお辞儀するみずき。

みずき「このたびは、ご参加ありがとうございます。参加人数が少なくてとっても困っていたんですよ」

桂木「あの、今日お伺いしたのはですね、大変申し上げにくいのですが……」

みずき「(スルーして)桂木さん、さっそくで申し訳ないのですが、この書類に必要事項を書き込んでいただけますでしょうか」

桂木「え、あ、ちょっと……」

あっけにとられる桂木をよそに、『参加者名』『読む本』『連絡先』『備考』と項目が書かれた書類をテキパキとバインダーに挟んで、机に転がっていたボールペンを取り上げるみずき。

みずき「めぐみおばさん……いや、伯母から聞いています。桂木さん、落語絵本を読んでくださるんですよね。子供たち、落語って聞いたことないから、きっと喜んでくれますよ」

桂木「あ、いや、あの……」

柔和な笑みを浮かべてボールペンとバインダーを差し出すみずき。反射的にバインダーとボールペンを受け取る桂木、書類をじっと見つめる。目をつぶってツバを飲み込み、ボールペンをノックして、書き込み始める。
『参加者名』の欄に『桂木充』、『読む本』の欄に『落語絵本 寿限無(じゅげむ)』『落語絵本 初天神(はつてんじん)』と書いて、突き出すようにみずきに渡す。ニコニコとバインダーを受け取るみずき。

みずき「わあ、2冊読んでいただけるんですね。助かります」

桂木「……え?  ……あ、そ、それはどっちか片方って意味で」

みずき「お仕事の都合で、参加されるか微妙なお父さんがいるんです。もし、不参加でしたら2冊になりますが、参加されればどちらか1冊で大丈夫ですから」

胸の前で手を合わせて小首を傾げるみずき。
目をパチクリさせてみずきを見つめる桂木。ガラガラとドアが開き、優美が駆け込んでくる。桂木を見つけてはしゃぎだす。ビクリと優美に振り返る桂木。

優美「あ、やっぱりおじさんだ。明後日のお話会、何を読んでくれるの?」

桂木「……あ、ああ……そりゃ内緒だよ。わかってちゃ、面白くないだろ」

みずき「優美ちゃん、桂木さんを困らせちゃだめよ。ちゃんと出てくれるって、今、約束してくれたから、楽しみにしててね」

みずきと優美を交互に見て、呆然とする桂木。


続く

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