大好きな5歳のあなたへ

ヴァイオレット・エヴァーガーデンのあらすじ動画を見て、スマホを握りしめたまま動けなくなっている自分がいた。

この物語のキーワードの一つ、それは「手紙」。
「手紙」がつなぐ、人のこころの物語だ。

うちの子は、2020年現在5歳。自閉傾向あり、知的遅滞、場面緘黙症は半年前に克服した。

まだ、私の言葉をすべて理解しているわけではない。

だからこそ、今、「手紙」として言葉に残しておこうと思う。

☆      ☆      ☆

私の愛するSへ

まず、お母さんはあなたに何から謝ればいいのかわからない。そのくらい、失敗だらけのお母さんだと思う。

家事が苦手で、忘れ物が多い。この前も給食を食べるときのお箸を入れ忘れて、先生に貸してもらったね。準備ができていなくてごめんなさい。

でも、もっとあなたに謝らないといけないことがある。

上手に産んであげられなくてごめんなさい。産まれたばかりのあなたに重い肺炎を患わせてしまったのは私のせいです。破水したあとすぐにちゃんと陣痛が来て、ちゃんと産んであげられたら肺炎になることはありませんでした。そもそも、自分が仕事をしていて自宅から近い病院を、自分の都合で選んでしまったこと、それ自体が間違いでした。適切な処置ができる、もっと大きな病院を選んでいたらよかった。

40℃の熱を出して、意識を失っているあなたを見て、私はどうしたらいいのかわからなくなった。腕の中のあなたが私のせいで死んでしまう、そう思った。

痛くつらい髄膜炎の検査も、その後の入院生活もあなたはがんばって耐えて、元気になってくれた。

おっぱいがでなくても、ミルクで我慢してくれた。

ほんとうに、ありがとう。

それからも、母親として私はだめなことだらけだ。あなたは保育園で一切の言葉を話せなくなった。

「気にしすぎですよ」「おとなしいだけ」「大丈夫です」

周りのアドバイスに流されて、というか、私は、私の都合よく解釈したかったのかもしれない。

まさかうちの子がね、たまたまだよ。そのうち大丈夫。

そう思いたかった。

でも、あなたは「人とは違うもの」を持ってこの世に生まれてきました。

きれいに円形に並べたぬいぐるみ、家での発語は正確に繰り返される駅のアナウンス、日本語ではない、外国語のような言葉の繰り返し・・・。

ようやくたどり着いた専門病院で「発達障害」と言われました。

あなたの特性は、おそらく私からの遺伝です。あなたのお父さんは極めて常識的な、普通の人です。私とは違う。

私が定型発達者であればあなたも「定型発達者」として生きていくことができたはずです。それなのに私の特性を引き継がせてしまった。

だから、あなたと向き合っていると、自分のせいで人と違う生き方、人と違う人間関係、人と違う困難・・・そういうものを背負わせてしまったという現実を突きつけられているように思えてくるのです。

そして、あなたに将来こう言われるのが怖いのです。

「母親であるお前のせいだ」と。

そして、私自身もっとあなたと向き合わなければならないこともわかっている。本当は仕事を辞めて、ずっとあなたのそばにいてあげるほうがあなたのためになることもわかっている。

でもそうしてしまうと、「母親」というだめな自分だけが浮き彫りになってしまって、私がどうしようもない人間になってしまう気がするのです。

「気がする」だけかもしれないけれど、でも多分、あなたを巻き込んで共倒れになってしまうのがわかるんです。

だから、あなたには寂しい想いをさせているのはわかっているけれど、どうか許してください。

私は、あなたが誰よりもよく知っているように、ろくでもない母親です。

そんな私が今できること、それは「人とは違う特徴があっても、そのまま生きていける世の中をつくること」です。

こう書いてしまえばすごく大げさなのですが、同じ発達障害をもつ者として私自身がちゃんと生きていくことが足跡になって、あなたの生きる道を少しでも楽にできればと、そう思っているのです。それも私が仕事をしている理由の一つです。

世の中の理不尽とも戦っていくつもりです。

おかしいことはおかしいと、言い続けるつもりです。

身勝手だと揶揄されても構わない。一人の発達障害当事者として、私の後ろを歩いていくあなたが幸せに生きていける世の中を作りたいの。

まあ、こんなことを言ってしまえば、
5歳のあなたは「もっと、今の、僕をみて」というでしょうね。
それもわかってはいるつもりです。

私はいろんなことを同時にすることが苦手です。家事や育児が苦手。ごめんなさい。でも、あなたを愛しています。それだけはどうかわかってほしい。

あなたが「おんぶして」といえばいくらでもおんぶしてあげる。今日も療育におんぶして通ったね。だっこといえばいくらでもだっこしてあげる。

あなたが泣きわめき、途方にくれるときもある。昔はどうしたらいいのかわからなかったけれど、今はあなたの気持ちが落ち着くまでたくさん泣くことが一番あなたにとっていいことだと思えるようになりました。

だから、泣きたいときにはたくさん泣いていいんですよ。ずっと隣で待っていますからね。

私はあなたと遊ぶことも苦手です。私は、自分自身の興味の幅がすごく狭くて、あなたと遊んでいても「飽きてしまう」のです。これもADHDの特徴と言われています。あなたの楽しそうな顔を見るのは大好きなのだけど、その一方で「飽きて」しまうと脳内にいろんな思考が巡ってしまって上の空になってしまう。ごめんなさい。

でも幸いなことにあなたのお父さんはあなたと遊ぶのが大好きです。だから、その部分はお父さんにおまかせしてしまっています。そのことに関しては、お母さんはお父さんに感謝しないといけないね。ありがとう。

このまえ、森のような大きな公園に行ったね。

あなたは木のアスレチックによじ登る。

あなたはひと一倍、慎重で、怖がりで、不安になりやすい。

だからよじ登りながら、何度も「見てて」「支えてね」と何度も怒りながら私とお父さんを呼んでいたね。

でもちゃんと頂上まで登って、一人で降りてこられた。

それから何度も何度も繰り返し、練習するように、登っては降りてを繰り返していたね。

よそのお友達がくると、不安になってしまうのかな、体が固まって登るのを辞めてしまう。でもそのお友達が別の場所に言ってしまえばまた登り始める。面白いなぁと思って見ていたよ。

怖がりだけど、ゆっくり、慎重派のあなた。

そんなあなたが大好きだよ。

これから小学校にあがって、また環境が変わっていく。これから何度も人生の人生の転機を迎えていくでしょう。

悩み、苦しむこともあるでしょう。

母親である私を恨み、憎むこともあるでしょう。

私を悪者にすることで、あなたのこころが救われるのならいくらでも恨んでもらって構わない。

でも、恨みの心で自分自身の心が焼かれてしまいそうになるなら、どうか水を求めてください。お父さんでもいい、おじいちゃんおばあちゃんでもいい。ともだちでも、好きな人でもいい。ちょっとずつ、いろんな人から水をもらってほしい。

もし、私で良ければ、いつでも、あなたにたくさんの水をあげたいと思っています。

だから、いつでも私のところに帰ってきてね。

幸せの価値は、お金じゃない、立派な学歴でも、職歴でもない。

Sの幸せは、あなた自身が決めていいのですよ。

5歳のあなたが将来たくさんの幸せに囲まれて生きていってくれることを祈っています。

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