薫衣

薫衣(くのえ)。作家。デザイナー。

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薫衣(くのえ)。作家。デザイナー。

最近の記事

白鳥の歌

森の奥深く、澄んだ泉のある方向から作曲家は白鳥の鳴き声を聞いた。 夜も更け、狭く散らかった家からは足音一つ聞こえない。 空いた窓の外から木枯らしの音と夜に時折、白鳥の鳴き声が聞こえるくらいだ。 作曲家には夢があった。 壮大な曲を書き自らの曲と名前を歴史に残すことを長く、夢見ていた。 だが、どれほど死力を振り絞り曲を書き続けても作曲家の作品が世に認められることは無かった。 何本もペンを折ったー、その度に心も折れる音がした。 作曲家には妻があった。 痩せ細り、かつ

    • 頼られるのは好きだけど都合のいい兵隊として使われるのは嫌

      • 白鳥の歌

        昔、ある作曲家がいた。 大層な曲を作り上げ歴史に名を残すことを夢見た。 どれだけ死力を振り絞り曲をつくりあげても世の中は作曲家の作り上げた作品を認めることは無かった。 何本もペンを折り、それでも作曲家は諦めず机に向かい曲を書き続けた。 作曲家には妻がいた。 かつては美しかった妻もすっかり老け、当時の面影はどこにもなかった。 作曲家は妻が老け込む度、その顔を見る事が恐ろしくなった。 自分の才能のなさと過ぎ去った膨大な時を実感し、吐き気を覚えた。 作曲家は夢を見る。

        • 優しい人

          他人の言うことばかり聞いていたら便利屋のようになる。 自分の気分や感情を最優先に生きたら自己中のクズになる。 優しい人だねって言われて悪い気はしない。だけれど自分の心にある邪で真っ黒い部分を知っているから人から優しいとか真面目とか真っ当な言葉をなげかけられたら少し罪悪感を感じる。 自分はそんな人間じゃないしクズな部分の方が多い、と。 便利屋のように扱われるのは嫌だ。けれどクズとして開き直って世の中にあぐらを書いて生きるのはもっと嫌だ。 便利屋でいる方がまだマシだ。

          ジャズ評論でも始めようかしら

          ジャズ評論でも始めようかしら

          【読書感想】流浪の月

          明るく読みやすい文体と暗澹とした社会問題のテーマのコントラストが終始引き立ち、一貫していた。 生きていて辛いことは数多くある。 第三者が見える形だけを切り取り騒ぎ立て、本人達の言い分を聞かず心無い数多くの言葉を浴びせる。 少女更紗と青年文はある日公園で出会い、共に過ごすようになる。 共に暮らした期間はお互いにとって幸福であり、気を許し会えるかけがえのない時間だった。 その幸福を引き裂いたのは社会だ。 更紗は共に暮らす叔母の家でその息子からの性被害に逢い社会そのものを

          【読書感想】流浪の月

          【随筆】真夜中の音楽

          物事を深く知るには時間がかかる。 音楽でも文学でもそれは同じだ。 僕はCDを集めることが好きだ。 休日は気の赴くままに聴きたい音楽をCDプレイヤーにセットし、再生する。 ジャズのアルバムを買い集めるようになってしばらく経った。 持っているアルバムも、少しだけ増えたがタイトルも言えないアルバムがほとんどだ。 だが、どのアルバムにどの曲が入ってるか。 このアルバムにはどんな良さがあるか。 それだけははっきりとわかる。 奏者の名前や発売された時期、経緯などはもっと時間を

          【随筆】真夜中の音楽

          【読書感想】迷宮 中村文則

          現代小説を読むことは僕にとって呼吸をするようなものだ。 一言に読書と表現しても純文学小説を読むこと、学術書を読むこと、数学の本を読むことでは必要とされる技術や知識が変わってくる。 自分に分不相応な難しい本を読み続けていると息継ぎが必要になる。 私は息継ぎのために呼吸をするように読める現代小説を手に取った、 手に取った小説は中村文則の【迷宮】 一家殺害事件の生き残りの少女に狂わされていく主人公の物語。 事件は密室状態であり、迷宮入り。やがてその事件は司法論文の問題に

          【読書感想】迷宮 中村文則

          【随筆】文章を書きたい欲求

          小説家に向いている人とはどんな人なんだろう。 慌ただしい日々の微かな瞬間、一息をつくとふと文章を書きたい欲求に駆られる。 文章に書きたい内容は色々だ。 こんな良い時間を過ごせただったり、こんな良い映画を見た。こんな嫌なことがあったなど、様々な思考が吹き出しになり文章として形成されようとする。 画家がデッサンをしたい風景に出会った時、あるいは写真家がシャッターを切りたいと思った時、欲求の起源はどれも同じなのかもしれない。 文章を書くことは好きだ。 けれど僕がやっているそれ

          【随筆】文章を書きたい欲求

          【小説】1973年のバックヤード

          2023年某月 世界がつまらないと感じるのは、君の無意識がつまらないものばかり探そうとしてるからだよー。 僕は数年間つまらない喫茶店でアルバイトをしていた。つまらない珈琲をいれ、つまらない客をいなし、つまらない雑誌をダラダラと読んでいた。 僕のつまらなそうな様子を察したのか、その時のマスターは僕にそう告げた。確かにその通りだ。僕は物事の楽しみをみつけようとする努力をしていない。 この喫茶店、アルトって名前の店は古さだけが取り柄の奇跡みたいな店だ。席と卓の数は少なく、客

          【小説】1973年のバックヤード

          【映画感想】首

          北野武作品の映画を見たのは初めてだ。 時代劇を見ることも随分久しぶりだった。 僕は連帯責任という言葉が大嫌いだ。ある組織に所属し、その組織の誰かが失態した場合同じ組織に所属していたという理由だけで失態した者と同じペナルティを背負わされる。 中学の時の部活で連帯責任という言葉にとても苦しめられた。 なんでこんなことを書くのかと言うと、映画【首】の冒頭では信長に反旗を翻した荒木村重の謀反が鎮圧されるというシーンが描写されている。 鎮圧された結果、捉えられた荒木村重の一族

          【映画感想】首

          【小説】死者と暮れ

          引きこもりの兄がある日死んだ。 揃っていたパズルのピースが大きく欠けたようなそんな虚無感だけが残って、悲しさはあまり感じなかった。 お父さんとお母さんが難しそうな顔をして話しているのをよく見るようになった。 死因とか、自殺とか、私にはよく分からない感覚だった。 その日は、隙間風がいつにも増して冷たい冬だった。 私は、兄の亡霊を見たのだ。仏壇に飾られた顔写真、その写真の服装のまま仏間の端で背を丸めて蹲っていた。 体は壁側に向いていたので顔は見えなかった。だけど、あれは兄

          【小説】死者と暮れ

          【随筆】Xを消した日から

          数ヶ月前xを消した。 それから数ヶ月経過した現在の心境の変化はどうであろうか。 xを消した理由は中毒者のように時間を食べさせ続けていたからでこれは行けないと思う気持ちが常々あり、消す消すといい何度も躊躇いを繰り返しながらついにアインストールを決行した。 消してから数ヶ月はそこまで気にならなかった。 しかし如何せんスマートフォンで文章を打つ、という楽しさが忘れられない。作る必要のない文章をフリック入力しただ目的もなくポストに投稿する。そんな一連の流れは中々得がたい楽しみの一

          【随筆】Xを消した日から