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止まった時間

「おい、
さっきから、同じ場所をぐるぐる
廻っていないか?」
突然、リーダーが部下に声をかけた。
「すみません。どうもナビの誘導が
変なんです。」
「今日は、大切なプレゼンの日だ。
時間的にも余裕を持って出ている。
焦らなくてもいいからな。」
「分かりました。一度停車して
確認をします。」
部下はそう言って車を路肩に止めた。

私たちのチームは6か月前から
この日のプレゼンに備えて
準備をしていた。
この案件は、どうしても取りたい
重要なものだった。
昨晩は、プレゼン内容の最終確認や
進行の打ち合わせなどで深夜までかかり
会社の近くのホテルで、仮眠を取り
今プレゼン会場に向かっている。

私は、プレゼン発表を担当するので
車に乗ってからも、
原稿に没頭していて、
全く気付かなかった。

リーダーは、
昨夜の疲れが残っているのか
横で軽く目を閉じて
座っていたので
車外の景色を見ているとは
思ってもいなかった。
突然のその言葉に驚いた。

彼は、後部座席から体を乗りだして
ナビの設定の確認をしていた。
「よし、それで問題ないな。」
そう言って、体を戻した。

部下はナビを設定して再発進した。

しかし、何故だか車は同じ道を
周回するのであった。
コース設定条件を変えても結果は
同じことになった。
何かがおかしい。
抜け出せない道に迷い込んだようだ。

余裕のあった時間も
どんどん押してきて
全員の気持ちに焦りが生じてきた。
「仕方ない、ナビを解除しろ。」
「俺が誘導する。」
そうリーダーが言った。
運転する部下は、焦りに焦って
スピードも上がっていた。

交差点で、直前を走る
大型トラックが左折した時
隠れて見えなかった
目の前の信号は、赤になっていた。
部下は流れのまま直進した。

ここからは、映画館で見るような
スローモションの画像があった。
音が消えた。
左からきている大型ダンプが
目の前に見え
徐々に大きく迫ってくる。

激突した瞬間は覚えていない。
頭を強打したような感覚があった。

しばらくして
意識が戻ってきた時
周りは真っ白で
一緒にいたはずの
二人の姿もなかった。

やがて、景色がはっきりと
見えるようになった。
何故か自分は、
人通りの少ない道を歩いている。
よく見ると、家の近くの
公園の歩道にいた。
すると
前から、娘が手招きをしながら
駆け寄ってきた。

「お父さん、やっと見つけた。」
「もう黙って出かけないでね。」
と声をかけ
いきなり、手をつないできた。

中学生の娘が
いつの間にか大人になっていた。
なんだか、違和感でいっぱいであった。

「お父さん、見つけたよ。
・・・・・・・
うん、大丈夫だから。
心配しないで。
・・・・・・・
今から連れて帰るね。」
妻に連絡している。
家族で、自分を探していたようだ。

「リーダーや部下はどうした?」
一番の心配事を聞いてみた。

娘は一瞬、戸惑った表情を見せたが
直ぐに意味を理解して
「大丈夫だよ、心配いらないから
仕事の事は、もう忘れましょ。」
「お父さんは、
家でゆっくりと過ごしてね。」
と言った。

娘の言葉は的外れで
良く分からなかった。
気がかりなのは
あの事故で、全員
無傷で済むはずはない。
それなのに
なぜ自分は無傷でいるのか?
何故ここを歩いているのか?
娘は、本当に事故の事を
知っているのか?
次々と疑問が湧いてきた。
ともかく
明日出社したら、詳しい話を
聞いてみようと思った。

帰り道、
二人とも考え事をしていて
会話が無かった。
ふと、娘の横顔を見ると
目にうっすらと涙をためていた。
どうしたんだろう?
一瞬わからなかった。
そうだ事故で心配をかけたんだ。
そう思った。
特に体の異常もない。
頭が少し重い。
・・・・・・
「心配するな。大丈夫だから。」
と声をかけた。
娘は何も言わず
手で涙をぬぐって
下を向いたまま
コックリとうなずいた。

・・・・・・・・・・・

今後、日本は超高齢化社会を迎えます。
認知症の患者は増え続ける事でしょう。

家族とのかみ合わない会話。
彼や彼女たちは、時間のない
アナザーワールドに住み
独自のリアルな時を、
さまよっているかもしれません。


  



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