見出し画像

週報。心理的安全と没入感の錯覚

週末に旅行し、家に帰り着くとガス欠だった。受け取った情報量を処理するエネルギーが足りないガス欠。

補給がてら『ガールズバンドクライ』を観始めるとこれも大当たり。一気に最新回まで。ここまできたらと『響け!ユーフォニアム』(3期)も回収。おまけにウマ娘の映画も行っちゃおう。そして週報を書き終えないまま木曜日を迎えたのであった。


焼き肉食べ放題一回、返済ニ週間

一度の焼肉食べ放題で得た脂肪を落とすのには二週間かかった。

一気にグンと体脂肪率が上がっててウケる

量を抑えた肉料理で欲求を満たしつつ、実質的にオリーブオイルしか接種してない油生活。筋トレメニューの追加で消費カロリーの増加。水分摂取量を1日2L目指して体内の循環を促進。様々な方法を同時に行ったので効果量の分解は出来ないが。

没入感と心理的安全性

”没入感”というワードは便利に使われていて、どうやら人によって意味が違っているように聞こえる。
相手によって正しく意図を伝えられない言葉は避けがちなんだけど、そんな没入感という言葉がぴったりなコンテンツに参加していた。それがイマーシブシアター『泊まれる演劇』。

ホテル1棟を丸々舞台として催す演劇。観客は厳密には観客ではなくホテルの中を自由に移動して遭遇する場面を見聞きし、関与する。自分の関わり方によってできる体験が変わる演劇が概ねイマーシブシアターと呼ばれるもの、のはず。8月末まで開催中につき内容に対する詳しい言及は避けておこう。

今回の開催に参加する中で心理的安全性の延長線上に没入感が見えた。没入感はストーリーに対するフロー体験(※ここでは集中して時間が立つのを忘れて夢中になっている心理状態を指す)と呼ぶことができるかもしれない。心理的安全性が確保された上でしか没入感は成立しない、という当たり前のことかもしれないけど。

公式が提供している参加前向けの解説記事に『6. お菓子の名を受け取ろう』とある。公演中は参加者はその場限りの名前を得る。その場限りで演者との共通認識が生まれるし、参加者同士の交流もやりやすくなる。

これで舞台の中での己の居場所が確保される。小さなコミュニティでだけ通じる合言葉のように。これが心理的安全性。

公演中は適当な部屋に入ると演者がいて場面が発生する。キャラと交流して、情報を引き出したり行動を働きかけたり。今回の公演では本当に「いつでも適当な部屋に入ると場面が発生した」。
これにより、話が途中まで進んだところに他の参加者が入室すると爪弾きにしないように補足説明が入る、ということが何度か繰り返された。そこに良い悪いはなくて(※過去の公演では場面を行っている間は入室禁止にしてることがあった。その場合は部屋の前に参加者が並んでいる事態が発生してそれはそれで妙)。フロー状態を遮られる体感があったことが重要。

自分がどのようなアクションをとっても受け入れられる自信が持てる心理的安全性と、自分がアクションを取るとフィードバックがどんどん得られるフロー状態は同じ体験の延長線上にあるような、そんな気がした。

今週のコンテンツ

”別れ”の物語を進行するポジティブな圧政

最終結論としてのハッピーエンドを約束された上でのバッドエンドが好きで。それをシリーズ化して様々な関係性で描いてくれるのがレーエンデ国物語である。

メインキャラが権力サイドのダークヒーローを務めるのは実は二度目だったりする。これを”圧政をポジティブに行うため”と理解した。
読者が思い入れのないキャラ、言い換えると書き手が紙幅を割いて魅力を描く予定がないキャラに悪行を行わせようとすると理由が陳腐になる。これをレーエンデシリーズは行わない。一場面程度の小悪党は居るけど。
”革命を促すため”と圧政が行われる。キャラはレーエンデの人々を、仲間を、兄を信じているから。

それが上質な"別れ"の物語を生む。キャラにとってではなく、読者にとっての。ラノベや漫画であれば何年もかけて絆を深めて行う別れをレーエンデは一巻の中で行う。それを四巻も続けている。本当にありがたい。

バッドエンドではなく、底抜けのハッピーエンドでもなく、未来につながるポジティブなビターエンド。キュンキュンするね。

Cygames背景美術展

ゲームの展示はあくまでゲーム作りのプロが見せているものだから…と思っていたからあまり期待してなかったのだけど。Cygamesの展示は期待して観に行っている。いつもパフォーマンスが高いので。

丁度、京都に行く機会があったので京都芸術大学へ。全国を巡回して学生のポートフォリオ相談などもやるらしい。丁度行った日の京都芸大はオープンキャンパスをやっていて、きっと将来の採用を見据えたイベントなのだなぁ、と。

Cygamesのタイトルは知名度もあるが概ね触れるようにしてきたので、どのイラストを見ても遊んだシーンを思い返すことが出来た。プレイしている最中はキャラクターやUIなど、目を惹く対象物の後ろになる背景だがクローズアップされると工数をかけて多くの意図を込められて作られていることが理解できる。

背景を見るとその場面や戦いの思い出が蘇る。
これは入るときに「γ100」って書いてあるのを確認しないと痛い目を見るやつ

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?