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宇宙の鉄を照らし出す中性子星

人類史の発展に大切だった鉄

ピュリッツァー賞も受賞したジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」という有名な本があります。この本では、なぜ5大陸で独自の発展を遂げた文明のうち、ユーラシアの人々が最終的な覇権を握ることになったのかの理由を、いくつかの環境要因で説明しようと試みます。本のタイトルには、武器による軍事的な優位を表す「銃」、文明の接触で病原菌が免疫のない集団を弱体化させた「病原菌」、そしてテクノロジーを代表する「鉄」という3つが、キーワードとして使われています。

このように鉄は、私たちの文明の発展に重要な役割を果たした農機具や武器、輸送手段やインフラに使われ、テクノロジーを代表する元素のひとつと言えます。実際、プロイセン王国の首相でドイツ統一の立役者であるオットー・フォン・ビスマルクも「鉄は国家なり」と述べたとも伝えられています。

それにしても、人類にとって大切な元素であるこの「鉄」は、いったいどこで生まれたのでしょうか?

鉄は星の中心や爆発で生み出された

ビッグバンの直後、宇宙には鉄はありませんでした。そのときに宇宙に存在したのは、一つの陽子からなる水素と、陽子をふたつ持つヘリウムが大部分でした。この水素やヘリウムからなる星間物質が、重力でより集まって星ができると、その中心付近では密度が高く、原子核同士がぶつかる核反応が始まります。水素の原子核である陽子同士がぶつかって、ヘリウムができ、さらにヘリウム同士がぶつかることで、徐々に、より陽子の数が多い炭素、窒素、酸素ができていきます。いわば、恒星の中が元素の工場になって、周期表の元素が登場してきます(XRISM-note #02-01参照)。

さて、この元素を詳しく見てみると、中心に質量の大部分をもつ原子核があり、ほぼ同数の陽子と中性子からできています。この陽子と中性子の数の組み合わせによって、原子核の安定性が異なります。鉄の場合、その中心にある原子核の大多数は、陽子26個、中性子30個からなり、他の元素に比べて、きわめて安定です(図1)

図1. 水素、ヘリウムから鉄までの原子核が合成される模式図

そのため、星の中での元素合成は鉄付近まで進み、それ以上の合成をできなくなると、星は潰れて大爆発「超新星」を起こします。鉄がどこで生まれるかというと、恒星の中の原子核がぶつかる反応か、この超新星爆発のときに生み出されたと考えられています。そして、超新星爆発で周辺にまき散らされた鉄は、さらに次の世代の星に取り込まれていくのだと考えられます。文明の発展に重要な役割を果たしてきた地球に存在する鉄は、太陽系ができる前の世代の恒星が、超新星爆発して撒き散らされた結果と考えられます。

日本のX線天文学における鉄の輝線

私達の太陽系での鉄の存在比も、周辺の元素に比べて高くなっています。そして、星の中の元素合成の終着点である鉄は、天文学でも重要な観測対象になっています。

この宇宙空間に撒き散らされた鉄は、光が当たったり、高温のプラズマ状態で周りに電子がたくさんある環境では、特有のエネルギーをもつ輝線と呼ばれる特徴的な光が出てきます。これはちょうど、X線の観測がやりやすい 6-7 keV で顕著な輝線となり、銀河団や超新星残骸、私たちの天の川銀河や白色矮星などの様々な天体から観測できるため、宇宙の姿を明らかにする有力なツールとなってきました(XRISM-Note #02-02)。 たとえば、これらの輝線を詳細に調べることで、鉄の相対的な量や、その周辺のプラズマの温度などを知ることができます。

そのため、日本が中心となって打ち上げてきた歴代のX線天文衛星では、この鉄の輝線のエネルギーを精密に測定することが着目されてきました。「鉄の哲学」みたいな研究姿勢でしょうか。そして、この鉄の輝線を、過去最高の精度で観測できる究極のセンサー(マイクロカロリメータ)を用いた観測機器 Resolveが搭載されているのが、XRISM 衛星なのです。

図2. 中性子星のイメージ画像(C: Ryuunosuke Takeshige and Teruaki Enoto)

超新星爆発で残る高密度な天体「中性子星」

さて、鉄を撒き散らして華々しくおきる超新星爆発ですが、星が雲散霧消するだけではなく、中心に高密度な天体「中性子星」を残すことがあります(図2)。中性子はブラックホールに崩壊する直前の、宇宙で最も密度が高い天体で、直径20 kmほどの中に、太陽を越える物質が詰め込まれている、とても小さな星です (参照:「中性子星の織りなす物理の魅力」)。たとえば、藤原定家の明月記にも記録のある、1054年に発生した超新星は、かに星雲と呼ばれる残骸と、その中心で33ミリ秒に一回の周期で自転している中性子星を残しました。この中性子星の内部には、外層部に鉄を多く含む領域があり、さらに中心に近くなっていくと、正の電荷をもつ原子核に負の電荷をもつ電子がめり込んで中性化し、中性子を多く含む領域があらわれると考えられています。中性子が多いことが、中性子星の名前の由来です。

現在、私たちの銀河系内には3000個近い中性子星が見つかっています。その中には、ひとりぼっちの孤立した中性子もあれば、他の恒星とお互いの周りを回る連星をなしている場合もあります。ときには、2つの中性子星同士がお互いの周りを回っている「連星中性子星」になることもあります。この連星中性子星は、重力波を出してエネルギーを失いながら徐々に距離が近くなって、最後には突発的な重力波とガンマ線バーストを放出して、2つの中性子星が合体する大イベントを起こします。このような連星中性子星の合体は、2017年に重力波レーザー干渉計重力波観測所 LIGO で初めて見つかり(GW170817)、天文学の歴史の歴史的なフィーバーになりました(https://gwpo.nao.ac.jp/news/000034.html)。

重力波イベントを起こす中性子星やブラックホールの連星が見つかってくる中で、そういった2つの星からなる連星が、どのように形成され、お互いにどう相互作用し、進化するか、という問題が改めて着目されています。このような連星の問題を理解する上で、中性子星が照らし出す鉄の輝線が重要な役割を果たせるのではないかと考えています。

図3. X線連星のイメージ図。中性子星に向けて落ちていく物質が降着円盤を作っている。(Credit: NASA/CXC/M.Weiss.)

中性子星が照らし出す鉄を観測する XRISM 衛星

連星の中にある中性子星では、中性子星の強い重力が相手の星から物質を引きつけ、中性子星に向かって物質が落ち込んでいきます。このとき解放された莫大なエネルギーで、中性子星はX線で明るく輝きます。X線連星と呼ばれるこれらの天体では(図3)、この明るいX線の光が、中性子星の周りに落ちていく物質や、相手の星から流れ出す物質の流れ(星風)にぶつかり、その中に含まれる鉄と反応して、顕著な鉄の輝線を出すことが知られています。

つまり、中性子星が相手の星の周りを公転して運動すると、中性子星からのX線が、その周辺の鉄を照らし出すスポットライトのような役割を果たしてくれるわけです。XRISM 衛星では、この鉄からの輝線を調べることで、連星中を吹き抜ける星風や、中性子星に物質が落ちていく様子など、連星を理解する上で貴重な情報が得られます。

XRISM 衛星では、かつてないエネルギー分解能で鉄の輝線を測定することができます。たとえば、図4では、小マゼラン雲にあるX線で輝くパルサーが、これまでの衛星と XRISM 衛星でどう見えるかを比較しています。XRISM 衛星を使えば、星風の速度や組成、中性子星に落ちる直前の物質の回転速度や中性子星からの距離などの情報が得られると期待しています。実際、XRISM 衛星の前に打ち上がった「ひとみ」衛星では、同型のマイクロカロリメータを用いて、ごくわずかな観測時間にも関わらず IGR J16318-4848 という天体の鉄輝線の情報を得ることができました(Hitomi collaboration, “Glimpse of the highly obscured HMXB IGR J16318-4848 with Hitomi”, 2018)。

XRISM 衛星は、その初期観測フェーズで、ケンタウルス座X-3 (Cen X-3)、コンパス座X-1(Cir X-1)、ベラX-1(Vela X-1)という天体を観測する予定です。たとえばケンタウルス座X-3では、公転周期2.1日で中性子星がO型の超巨星の周りを周回していて、X線パルサーが相手の星に隠れる食(eclipse)も起きます。これらを使って、前述のような中性子星に落ちていく物質や星風の情報について、過去最高のデータが得られるでしょう。

図4. X線で明るいパルサーである小マゼラン雲X-4(LMC X-4)を Chandra 衛星で観測した場合の結果(左)と、XRISM え異性のカロリメータResolveで観測した場合のシミュレーション(右)。6-7 keV に、低電離な鉄、電離してヘリウム、水素様で、電子をそれぞれ2個、1個もった鉄からの輝線が見える。(XRISM white paper, arxiv 2003.04962[https://arxiv.org/abs/2003.04962 ] より)

七夕の夜に

この記事は七夕の頃に書いています。澄み切った空に浮かび上がる満天の星々は、天の川と呼ばれる光の帯を見せてくれます。これは、どら焼きのようは形をした私たちの銀河系を、真横から見たときの姿です。その中には、中性子星があり、撒き散らされた鉄の秘密をX線で解き明かす光のメッセージを地球に送っています。

(執筆:榎戸 輝揚)


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