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ブラックホールは毛が3本?

ブラックホールの脱毛定理

 ブラックホールとは、極めて強い重力により、光でさえも脱出不可能な天体です。もともとブラックホールは、アインシュタインの一般相対性理論から予想された、理論的な存在でした。しかし、近年の様々な観測結果から、この宇宙には多くのブラックホールが存在することが明らかになってきました。さらに、これらのブラックホールは、宇宙において重要な役割を果たしていることもわかってきました。
 ブラックホールの脱毛定理とは、通常の物質は様々な性質(ふさふさな毛)を持つ一方、ブラックホールは質量・自転速度・電荷の3つの物理量しか持たない(毛が3本しか無い)ことを表しています。これら3つ以外の情報は、ブラックホールの表面(事象の地平面)を超えてしまうと、外部からの観測は不可能であるとされています。特に、生まれてから長い時間が経ったブラックホールの場合、基本的に電荷は0(中性)であると考えられています。すなわち、ブラックホールの質量と自転速度という2つの物理量を測定出来れば、そのブラックホールの性質を理解することが可能です。

ブラックホール質量による分類

 これまでの観測的な研究により、多くのブラックホールが発見され、そのブラックホールの質量が測定されてきました。これまでに発見されたブラックホールは、その質量によって、以下の3種類に分類されています。(1) 10¹太陽質量程度の星質量ブラックホール。(2) 10²-10⁵太陽質量の中間質量ブラックホール。(3) 10⁶-10¹⁰太陽質量の超巨大質量ブラックホール。星質量ブラックホールについては、「時空の果て ブラックホール」をご覧下さい。この記事では、超巨大質量ブラックホール(SMBH: SuperMassive Black Hole)について解説します。

超巨大質量ブラックホールと銀河の共進化

 近年の観測結果から、銀河の中心には、SMBHが普遍的に存在することが明らかになってきました。実際、私達が暮らしている天の川銀河の中心にも、約400万太陽質量のSMBHが存在すると考えられています。近年の観測的な研究により、ブラックホールの1つ目の物理量である、SMBHの質量が測定されてきました。その結果、驚くべきことに、SMBH質量と銀河質量の間には、非常に強い相関関係があることが発見されました(Maggorian et al. 1998, The Astronomical Journal)。この観測結果は、SMBHと銀河が互いに影響を及ぼし合いながら進化してきたこと(SMBHと銀河の共進化)を強く示唆します(Kormendy and Ho 2013, Annual Review of Astronomy and Astrophysics)。しかし、銀河中心に存在するSMBHと銀河は、10桁もサイズが異なります。すなわち、どのような物理機構を通じて、SMBHが銀河に影響を与えてきたのかは謎に包まれたままです。(SMBHと銀河の共進化の詳細については、「XRISMで探る超大質量ブラックホールと銀河の共進化」をご覧下さい。)ブラックホールの1つ目の物理量である質量の測定から、SMBHと銀河の共進化という多くの天文学者を魅了する関係が発見されました。そこで次は、もう1つのブラックホールの物理量である、自転速度を測定したくなります。

鉄輝線の形状による超巨大質量ブラックホール自転速度の測定

 SMBHの中には、地球と同じように自転する天体が存在する可能性が示唆されています。このSMBHの自転速度は、光の速度の99%にも達するような、SMBHジェットを形成する上で重要な役割を果たすと考えられています。このSMBHジェットは、銀河のさらに外側の銀河団領域にまで影響を与える可能性が示唆されています(「宇宙最大の天体 銀河団のダイナミズム」参照)。しかし、SMBH自転速度の測定は、SMBH質量の測定よりも非常に困難です。何故なら、SMBH自転速度を測定するには、SMBH近傍の一般相対論的効果が強く、時空が歪んだ領域を観測する必要があるためです。ただし、現存の望遠鏡の視力では、そのような領域を直接観測するのは不可能なので、別の方法を取る必要があります。

SMBH自転速度の測定方法の1つが、鉄輝線形状の測定です。量子力学な効果により、中性の鉄元素は6.4キロ電子ボルトの決まったエネルギーのX線(鉄輝線)を放出します。SMBH近傍の重力が強い領域の場合、時空が歪む効果により、このエネルギーは6.4キロ電子ボルトより低くなります。この現象を重力赤方偏移と呼びます。

図1は、自転速度が小さいSMBHと自転速度が大きいSMBHの鉄輝線形状の違いを示しています。自転速度が小さいSMBHの場合、重力赤方偏移により、6.4キロ電子ボルトの鉄輝線が低エネルギー側に尾を引いているのがわかります。一方、自転速度が大きいSMBHの場合、より強く重力赤方偏移が起こるので、さらに低いエネルギー側まで尾を引くことがわかります。すなわち、この鉄輝線形状の測定により、SMBHの自転速度の測定が可能となります。

図1:自転速度が小さいSMBHと自転速度が大きいSMBHにおける
6.4キロ電子ボルトの鉄輝線形状の違い。

 実際、日本のX線天文衛星あすかにより、MCG -06-30-15という天体において、左右非対称な鉄輝線の形状が初めて観測されました(Tanaka et al. 1995, Nature)。

図2は、日本のX線天文衛星すざくとヨーロッパのX線天文衛星XMM-Newtonにより観測された、MCG -06-30-15の鉄輝線形状を示しています(Miller 2007, Annual Review of Astronomy and Astrophysics)。得られた鉄輝線形状からSMBHの自転速度を測定した結果、MCG -06-30-15は非常に大きな速度で自転しているSMBHである可能性が示唆されました。

図2:日本のX線天文衛星すざくとヨーロッパのX線天文衛星XMM-Newtonにより観測された、MCG -06-30-15の鉄輝線の形状(Miller 2007, Annual Review of Astronomy and Astrophysics)。

鉄輝線の形状による超巨大質量ブラックホールの自転速度測定の問題点

 鉄輝線の形状によるSMBH自転速度の測定には、1つの問題点があります。それは、どのように直接成分と鉄輝線成分を分離するのかという問題です。SMBH近傍には、高温のコロナと呼ばれるプラズマが存在し、コロナもX線を放射すると考えられています。この成分を直接成分と呼びます。現在の望遠鏡の視力では、SMBH近傍領域のみを観測することは出来ないので、観測データには、コロナからの直接成分や鉄輝線成分が混ざってしまいます。すなわち、鉄輝線の形状を得るためには、直接成分の形を仮定する必要があります。実際、単純な直接成分の形を仮定した場合、図2のように、低いエネルギー側に尾を引くような、鉄輝線の形状が得られます。一方、SMBH近傍のプラズマにより吸収されるような直接成分の形を仮定した場合、得られる鉄輝線の形状は劇的に変化し、自転速度を持たないSMBHでも観測データを再現することが可能です。つまり、MCG -06-30-15のX線観測結果は、自転速度が小さいSMBHでも大きいSMBHでも説明可能であり、その自転速度が小さいのか大きいのかは未だにわかっていません。このように、鉄輝線の形状によるSMBH自転速度の測定は、2000年代から20年以上も議論が続いている大問題なのです。

XRISMによる超巨大質量ブラックホール自転速度の測定

 この問題に終止符を打つポテンシャルを秘めているのが、XRISM衛星に搭載されているResolve検出器です。Resolve検出器は、従来のCCD検出器と比較して、6.4キロ電子ボルトの鉄輝線のエネルギー帯域において、約30倍のエネルギー分解能を持っています。すなわち、Resolve検出器による観測の場合、これまでは検出出来なかった、SMBH近傍のプラズマによる吸収線を検出し、より正確な直接成分の決定が可能となります。

図3は、XRISM衛星のResolve検出器でMCG -06-30-15を約3日間観測した場合、X線観測結果をシミュレーションした結果を示しています。図3のように、Resolve検出器の観測データの場合、SMBH近傍のプラズマによる吸収線の有無をはっきりと区別することが可能です。これにより、より正確な鉄輝線形状の決定が可能となります。実際、XRISM衛星は、MCG -06-30-15の約1日間の観測が予定されています。

Resolve検出器の革新的なエネルギー分解能により、遂に私達は、ブラックホールの最後の物理量である、自転速度の正確な測定が可能になるかも知れません。

図3:XRISM衛星のResolve検出器でMCG -06-30-15を約3日間観測した場合、得られるX線観測結果をシミュレーションしたもの。赤色がXRISM/Resolveの結果を示している。
(XRISM white paper figure 6を引用。)

(執筆:谷本 敦)

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