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【FGO EpLW ユカタン】第四節 迷走仕掛け(ストレイ・ラン) 上

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「私のクラスは『セイバー(剣士)』。名は『ロドリゴ・ディアス・デ・ビバール』。異名をば『カンペアドール(戦場の勇者)』。 人々からは『エル・シッド(旦那様)』と呼ばれておる」

ロドリゴ・ディアス・デ・ビバール。エル・シッド。……えぇと、なんか聞いたことはある。映画とかにもなった中世スペインの騎士。だっけ。俺が言葉に詰まっていると、あちらさんは肩をすくめた。悪ィな教養がなくてよ。
「……おや、あまりご存知でない? 残念至極。イベリア半島の御仁なら、腰を抜かして驚いてくれるところなのに」
「生憎、ヒスパニックじゃねぇんでな。ロドリゴ・モレノなら知ってるけどよ。サッカー選手の」

さっきので腰が抜けそうだし、心臓の鼓動が早すぎるし、歯の根も膝も震えてるが、この野郎に笑われる筋合いはねぇ。己を鼓舞してエンドルフィンを出しまくり、恐怖から自我を支える。チクショウめ、俺様にゃあ世界の命運がかかってるんだぞ。
『スペインの国民的英雄だな。西暦一千年にはまだ生まれてねえけンど、ユカタンに現界するとはなあ』
「そうさ、髑髏君。レコンキスタの英雄として祀り上げたのは後世の人間だけれども、そんなに悪い気もしないね。私としては戦って武勲を示し、領土を切り取って一国一城の主となることこそ本懐。それはここでも同じこと」

キャスターが平然と受け答えしている。……眩暈がして、鼻血も出てきた。さっきの石の掌を呼ぶのに、俺の魔力を随分吸いやがったらしい。マッシュルーム、シールダーが盾を張る時も、結構疲れる。グラッと来て、やむなく片膝を突く。セイバーが爽やかに笑う。チクショウめ。
「さてさて、どちらから行くか。そちらの髑髏君と白いのには、攻撃力はさしてない様子。女性を斬るのは忍びないが、それじゃあ――――」
「これでも喰らいな!」
アサシンが数本の縄で何かを投げつけた。セイバーが斬り裂くが、燃えねぇ。炭化した樹木が、灰となって舞い散るだけだ。その隙に、アサシンは逃げ出した。縄をくねらせ、牽制しながら、北へ。セイバーがアサシンを追った。自分に敵をひきつけ、俺たちを逃がそうってのか。

「すまねぇ、アディオス!」
俺とキャスターとシールダーは、背後へ、西へ……もと来たセノーテへ向けて必死で逃げ出す。そこまで逃げ延びりゃあ、内陸へワープできる。奴らも追ってくるだろうが、神々に任せよう。仲間を集めて、この雪辱を果たす。 

だが、くそったれ、わき、脇っ腹が痛え。運動不足のヤク中に、全力疾走させんじゃねぇ。明日は筋肉痛だ。明日まで生きてりゃだが。シールダーが火を遮ってくれるが、地面は熱いまんまだ。背後からは矢の雨。地獄だ。なんでこんな目に遭う。俺はただ、楽しくヤクをキメてただけなのに……。

「ぐえっ」
熱っ、痛ェ! 左の脇腹だ、矢が掠めやがった。シールダー、キャスター、てめぇらしっかり俺の背後を護りやがれ。俺が死ねば、お前らも死ぬし、世界の命運が、人類が、ヤベぇ、ダメだ、死ぬ。涙と鼻水と鼻血とよだれと汗で、顔がぐしゃぐしゃになる。ジーザス・サノバビッチ・バスタード・マザファッカ! 世界や人類なんぞ滅んでいいから、俺の命だけは助けてくれ!

「ファック!」
膝が崩れ、足が攣り、木の根に蹴つまづき、前のめりにコケた。したたかに顔面を打つ。掌から転げ落ちたキャスターを素早く拾い上げる。背後から矢。周りは火。目の前には……さっきの仮面野郎。あんにゃろう、アサシンを追って行ったんじゃあねぇのか。
「やあ、お久しぶり。お元気? こっちの方が楽そうなんでね。弱敵を強敵から分断し、退路を絶つ。いや、兵法的には逃げ道を開けておいた方がいいのだったか? 必死でかかってこられては、こちらも危ないかもねえ」
ムカつく野郎だ。殺すんなら、さっさと殺せ。哀れな俺をいたぶる気か。もっと慢心しろ。

『おらたちが束になってかかっても、勝てそうにねえだな。降伏したら、助けてくれるだか?』
余裕綽々の相手に、キャスターが語りかける。いいぞ、そうだ、時間を稼げ。セイバーは微笑み、かくん、と小首を傾げる。いいぞ、そうだ、油断しやがれ。
「さあ? とにかくカルデアのマスターと敵サーヴァントは皆殺しにせよ、って言われてるし。聖杯にキミたちの命を捧げると、どうにかなるらしいよ。私は戦えればどうでもいいけど」

無様に転んだままの俺に、セイバーは羽虫ほどにも注意を払ってねぇ。シールダーが前に出て、俺を庇う。死んでたまるか、死んでたまるか、死んでたまるかこの野郎。息を荒げ、手の中のキャスターに魔力を注ぎ込む。鼻血と耳血と目血が出る。

おらの両手

キャスターが呟くと、地面からでけぇ二つの掌が出現し、セイバーを蝿みてぇに押し潰した。ざまあみろ。
「やったか」
『いンや』
掌が崩れ去ると、中には誰もいねぇ。上か。

『燃え燿く勝利の双剣(コラーダ・イ・ティソーン)』!!

上空から野郎の声が轟き、二筋の火焔が降って来た。シールダーが俺を庇う。体中の力が抜け、地面に突っ伏す。
「はっははは、その『手』は先程見ているからねえ、そう使うとは思っていたよ! はっはははは!」

高笑いしやがって。目が霞む。視界が昏くなる。これまでか、俺のクソみてぇな人生――――

◇◇◇

「こんなこったろうと思ったよ!」
ぎりぎり間に合った。あのマヌケが崩れ落ちる直前、アタシの縄がそいつと、シールダー、キャスターを捉える。矢と炎を避け、焼け残った樹木や岩を利用して、縄で素早く跳び駆ける。目的地は、浜辺。

◆◆◆

「いい感じに攻めていますな、セイバーは。流石だ」
ガレオン船の甲板上から、ライダーが望遠鏡で戦を見やる。煙はあるが、火で明るい。縄使いの女、盾使い、あと誰か。一番手強そうなのは縄使い。盾も厄介か。アレらを抑え込めば、ここは制圧できよう。ルーラーは確か、もう一人サーヴァントがいたと言っていたが、それらしい気配はない。

望遠鏡を懐にしまい、舷梯を降り、地面の感触を確かめる。罠の気配はない。ここらのセノーテを抑えれば、島から直通で来れるというが。

「ライダー、まだ船の中にいろ。油断するな」
馬上から、アーチャーがライダーを窘める。その目は、燃え盛る森の中を動き回る標的たちに据えられている。頼もしい。自分の艦砲射撃は、威力は高いが命中率は低く、そう連射は出来ない。ライダーはにこりと笑い、彼女に呼びかける。
「そうですな。貴女も船の上から射られては? 見晴らしも良いですぞ」

アーチャーは顔を向けず、ぽつりと言う。
「……船は嫌いだ。海も、この暑さも、湿気も」
矢の残りを数える。一矢に千の矢、万の矢を伴うこの宝具だが、限りはある。火はセイバーの剣からの借り物だし、魔力の充填も必要だ。そう連射出来るものでもない。

と、森の方で動きがあったようだ。縄使いが他のサーヴァントを……マスターもいるようだが……縄で引っ張り、こちらへ駆けてくる。背後からセイバーが馬で追っている。縄の妨害があるが、あの調子ならすぐ追いつく。盾使いも、炎を防ぐので精一杯。ここからなら格好の的、だが……。

「おや。わざわざこちらへ向かって来るとは、降伏でもしようというのですかね」
ライダーに答えず、弓を構える。わざわざ敵の方へ。何かの企みがあるか。馬を前に進め、兵たちを左右に分け、海と船を右手にした鶴翼の陣とする。まずは厄介な縄使いを射殺すべし。

「……ライダー、船に戻れ。艦砲射撃の準備を」
「セイバーも巻き込みそうですが……」
「それぐらいでは死なん」

◇◇◇

アーチャーが動く。よし、来い。二人、キャスターもいるから三人か、を引っ張り寄せ、盾に隠れる。マスターの奴は気絶しちまったようだが、今はシールダーがいりゃいい。もう少しだ。炎をシールダーの盾で凌ぎつつ、縄を伸ばして威嚇する。このまま突っ込む!

「撃て!」
アーチャーが叫ぶ。ひきつけたところで、矢とマスケット銃と、艦砲射撃か。狙い通り。全力を振り絞って、ありったけの矢と銃弾と砲弾を大量の縄で絡め取り、背後のセイバーへ投げつける。シールダーが相当防いだが、何発か手足を流れ矢と流れ弾が掠める。減った魔力と体力は……。

『奇妙な果実(ストレンジ・フルーツ)』!

砂浜から縄が湧き出し、兵士どもを飲み込む。地中の、木の根などに仕込んでおいた罠だ。森にだけ仕掛けておいたと、ギリギリまで思わせた。そして地中からの縄は、ここまで近づかねば発動できない。だから来た!

セイバーは多少食らったが、斬り払った。アーチャーは直前で感づき、馬に乗ったまま船に跳び上がった。アーチャーの立っていた砂浜に大穴が開き、水と縄が湧き上がる。

あらかたの雑魚は喰った。このまま砲煙に紛れて、アーチャーを―――

「させぬ!」
セイバーが来た。少しはダメージを与えられたか。シールダーに防御を任せるが、マスターが気絶していては、十全な力が振るえないか。キャスターが喚び出した巨大な掌も、そうポンポン出せるもんでもない。こいつらを棄てて、アーチャーを獲る! 引っ張っている奴らを投げ捨て、縄を集めて巨大な網を編み上げ、ガレオン船へ飛びかかり、投げつける!

「!」

帆柱に縄を絡ませ、甲板に降り立つ。アーチャーの全身に網が絡みつく。そこから縄が伸びる。アーチャーが目を見張る。腕が震える。青い瞳が輝き、アーチャーの口が開き、牙が見える。その口の中めがけて―――瞬間、アーチャーが網の中から消えた。

「!?」

◆◆◇◆◇

「……『仕切り直し』、だ、莫迦め」
アーチャーが息を荒げ、やや離れた浜辺に出現する。セイバーがガレオン船の網に火を放つ。アサシンはたまらず海側へ飛び降りる。船は無傷だ。

アーチャーが弓を構え、セイバーが燃える剣を構える。ライダーが甲板に出て、ガレオン船を魔力で動かす。アサシンは船に近づいて壁にしようとするが、アーチャーが矢の雨で阻む。船が回り込んで艦砲を向け、逃げ回るアサシンは再び陸へ追い込まれる。

いつの間にか、アサシンの周囲の地面には、燃え盛る矢が無数に突き立っている。あかあかと浄火に囲まれ、照らされては、縄の動きも鈍る。矢にさえ届かない。生き残りの兵士たちも、浜辺のアサシンをやや遠巻きに囲み、飛び道具を構える。退路なし。マスター、キャスター、シールダーは、アサシンが投げ捨てた。ここまでか。否。


……その時!




「Wasshoi!」

禍々しくも躍動感のある掛け声と共に、アサシンが砂浜に開けた穴から、水柱を上げて黒い影が飛び出した! 同時にアサシンを囲む三騎のサーヴァントへ回転しながら何かを投擲!

「む」「……」「グワーッ!?
セイバーとアーチャーは難なく弾き返すが、甲板上のライダーの両眼には飛来物が突き刺さる!ニンジャの投擲する十字型の鋼鉄の星、スリケンだ! ブザマに転倒し悶絶するライダー!
アバーッ!? 目、目グワーッ!?」
「それぐらい避けろ!」
「船の中にいろと言っただろうが!」

アンブッシュ者は空中で五連続回転してアサシンの傍らに着地! アサシンは身を屈め、兇悪な笑みを浮かべる! 岩盤が脆いところを狙い、新たなセノーテを縄で『掘った』。霊脈が通じ、マスターたちはその穴へ放り込んでおいた。計画通り! そして、新たなサーヴァントのエントリーだ!

「イヤーッ!」

着地と同時に、謎のサーヴァントが巨大な槍を振り回す! 巻き起こる旋風と砂塵に、アサシンの周囲の火矢が吹き飛ばされる! 大きな穂先が外れ、柄の中に収納されていたが伸び、穂先を鳩時計の鳩めいて射出!
「「「アババババババーーーーッ!」」」
ゴウランガ! 取り囲んでいた雑魚が全員頭部をトランスアキシャル面切断され即死! セイバーは馬を後方に跳躍させ、距離を取る! 謎のサーヴァントは、穂先を戻すとビュウビュウと槍を旋回させ、構えを取る!

大柄な男だ。漆黒の、日本風の鎧兜と鎖帷子を纏い、構えるは身の丈の倍以上はあろう、異様な大身槍。腰には大小二本の刀。顔は、奇怪なオニめいたメンポ(面頬)で隠している。鋭い眼光、ただならぬワザマエ、熟練戦士のアトモスフィア。アサシンの姿は、いつの間にか消えている。気配を隠し、先程の攻撃に紛れて逃げたか。

セイバーとアーチャーが眉間に皺を寄せ、同時に誰何する。
「「何者だ!!」」

彼はしめやかにオジギすると、死神そのものの声で宣告した!

「ドーモ、『槍兵(ランサー)』です……!」

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