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ドキュメンタリーとは思えない。映画『83歳のやさしいスパイ』チリ、米、独、オランダ、スペイン、2020年

予告編を見て、老人ホームを舞台にしたコメディ映画と勘違いした娘のリクエストで見に行きました。私も見てみたい映画だったので、ちょうどよかったです。

映画を見る前は、老人ホームに入りたがらないおじいちゃんに、「スパイの依頼」をする話かと思っていました。でも、実は老人ホームで虐待が行われているのではないかと疑った親族からの要請で、探偵事務所が80歳以上の老人をやとって3ヶ月間ホームで潜入捜査してもらう、というシナリオのドキュメンタリーでした。

しかも、老人ホーム側には「映画を撮りたいから」と撮影許可をもらい、エージェント・セルヒオが入所する前から撮影を始めていたとのこと。つまり、ホーム内でどれだけカメラがまわっていても、「撮影だから」で済んでしまう環境を事前設定しておいての、セルヒオの潜入捜査開始。

まず、新聞広告に「80~90歳で3ヶ月間継続勤務できる、電子機器を扱える人」を募集。いろんな人が集まる中、数ヶ月前に妻を亡くしたセルヒオが選ばれます。探偵事務所でスマホや隠しカメラの操作を教えられて、ターゲットの名前しかわからない女性が虐待されているかどうか、証拠を集めるよう依頼されるセルヒオ。

心配する娘には、「子供は独立したし、妻はいなくなって、散歩も飽きた。することがないから、この仕事が生きがい」とちゃんと説明できるあたり、素人ながら只者ではない。というか、てっきりこの人だけは役者さんだと思っていました。映画『ノマドランド』みたいに。

老人ホームに入り、ターゲットを見つけるため、いろんな女性たちとコミュニケーションをとっていくセルヒオ。なぜなら、入所者の割合はほぼ女性が9割。男性は4人だけ。そこに、スーツを着て、礼儀正しく、やさしく話を聞いてくれるセルヒオが入ったので、女性たちに大人気。ハーレム状態。夜、探偵事務所に状況を報告するときに、「大事な仕事を忘れてないか?」と釘を刺されるほど(笑)。

そして、実際にターゲットを見つけ、捜査していくと、虐待の形跡はなく、盗難も職員ではなく、盗癖のある別のおばあちゃんの仕業ということがわかります。そして、入所している人たちは、みんないい人だけれど、孤独を抱えていることもわかってきます。

ある晩、セルヒオは探偵事務所にこう報告します。「ホームには何も問題がなかった。でも、ターゲットの家族は一度も面会に来ていないのはおかしい。本来なら、ターゲットの家族が探偵事務所に依頼したりせず、ホームに面会に来て、様子を見て、何か問題があれば解決すべき」。この名ゼリフにシナリオがないなんて、本当に驚きます。

個人的には、痴呆になってしまい、家族が面会にきたかどうか覚えていないおばあさんが気になりました。最近、うちの母がこんな感じで、自分の言ったことを、ときどき忘れるからです。詩を好きな女性が「もし、母親が存命なら、その奇跡に感謝すべき」みたいなフレーズを口ずさんでいたのも印象に残りました。そういうのが、心に沁みる年齢になったということですね。

あと、セルヒオがスパイと知らず、淡い恋心を抱いてしまったおばあちゃんが、ちょっとかわいそうでした。彼女はホーム歴25年で、結婚したこともないし、家族もいない。「でも、私には神様がいるから」と芯の強さを見せるところがかっこよかったです。

この作品は、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門にもノミネートされたとか。チリのマイテ・アルベルティ監督の作品は、海外でも評価が高く、チリの大学でも映画について教えている女性だとか。ステキです。

監督・脚本:マイテ・アルベルディ
邦題:83歳のやさしいスパイ(英題:THE MOLE AGENT)
制作:チリ、アメリカ、ドイツ、オランダ、スペイン(89分)2020年

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