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カーボンプライシングで変わる建設業

カーボンプライシングの動きは数年後の建設業を大きく変える重要な動きになっている。現段階で考えられる展開についてメモしておきたいと思いNOTEを記載した。(XENCE

https://xence-architecture.com/

 今年、COP27が11/6~11/18までエジプトにて開かれているが、環境に対する注目度は半世紀以上にわたって上がり続けている。
 カーボンプライシングは、これまで環境に対する注目と、いまの資本主義社会とが密接につながり、新たな産業形態が生まれるような大きな動きになる。

1-1.カーボンプライシングのおさらい

 カーボンプライシングとは、主に①カーボントレーディングと、②カーボンタックスの二つの視点でみることが多い。建設業に関する一企業として、その動きにより能動的に関わることができるのは、おそらく①カーボントレーディングだろう。

 ①カーボントレーディングでは、
1-2.キャップ&トレードシステム
1-2.ベースラインクレジットシステム

の大きく二つの軸がある。

1-2. キャップ&トレードシステム

 1-2.キャップ&トレードシステムは、簡単に想像するならば、再生可能エネルギーの使用やCO2の排出量の過不足を、ある期間でブロックとしてまとめ、それをトレード(取引)するものだ。日本では、2009年以降に東京において対象事業者内で、5年を周期としたキャップアンドトレードの取り組みが行われた。今年(2022年)からは、経済産業省を中心にGXリーグが本格的に試動し、Jクレジットを始めとした様々な価値のトレーディングが、有志レベルで始まっている。
 キャップ&トレードの基本的な仕組みとしては、自分たちの事業においてCO2の吸収や温室効果ガスの排出低減に、貢献していれば、それを年単位等で数量としてまとめ、その価値を他の産業でCO2を多く排出している企業に売ることができる。

1-3. ベースラインクレジットシステム

 また1-3.ベースラインクレジットシステムについては、各産業の企業ごとに、ベースとなる排出量に対して、実績として良い結果(環境にやさしい結果)を出した分を他の企業に売ることができる仕組みである。
 各産業プロセスや資産に対して、温室効果ガスの排出量(ベースライン)が設定され、そこと実際の排出量との差を取引する。また既存の資産やフローなどに対しても、排出量設定はかけられる想定であり、現状の資産に対してなにも対策をしなければstranded asset (座礁資産)になるといった記事も多い。

1-1.1-2とも、現代の環境負荷を社会全体で改善していこうという動きを、より促進するための仕組みになることが想像できる。

2-1. 建設業におけるカーボントレーディングの価値

このカーボントレーディングがより大きなマーケットになっていくことは、建設業における環境負荷低減について非常に大きな力を持っていると感じている。

①建設業全体の環境負荷を削減

 広いサプライチェーンである建設産業では、いまも各企業が自分たちの環境負荷低減の施策を発信している。しかし、これらは単に広告活動としての発信にとどまっているものが多い。また各社で取り組んだ環境負荷低減の施策は、その指標が各社ばらばらで、本当の価値を他社が認識しづらいことも多くある。そのためか、CSR戦略と名して大量の予算投資を行って取り組んでいることでも、効率が良くなく、システムバウンダリーも不明瞭で、環境負荷低減の価値が不明瞭なプロジェクトも存在し、こうした動きに疑問も感じることが多くあった。

 このような状況に対し、共通の指標や価値基準に基づく環境負荷低減施策の見方の基盤となるカーボントレードマーケットは非常に重要な場となるだろう。建設業のサプライチェーン全体で、共通の環境負荷低減価値を持つことで、産業全体としての環境負荷を低減するのに近道となると考えられる。

②環境負荷低減の価値を発注者へ明示

 建物にかかる費用は、全体の中でイニシャルコスト(建設にかかる費用)は氷山の一角であり、ランニングコストが大きい。しかし、現実に設計者として様々な発注者と会話していても、いまだにランニングコストに関する説明をうまくできず、目先の大きいイニシャルコストを少しでも削減するために、環境負荷低減の施策をカットされることが多くある。環境負荷低減の施策は、ランニングコストを大きく下げるだけでなく、様々な環境への影響を抑えられるのだが、いまだに理解を得るのが難しいのが現状だ。

 現段階で環境負荷低減の価値を、発注者と受注者が会話するためにもっとも多くつかわれているのが、CASBEEやLEED、WELL認証といった、指定期間による認証制度である。これらは20世紀後半に地球環境の悪化が問題視されて以降、今まで様々なプロジェクトに適応されてきた。特に日本では仕様発注の時の効果的な、環境負荷低減の意思表示方法だったと感じる。しかし、これらではとらえきれない負荷や価値があることも事実であり、もどかしい部分も多かった。

 このような状況に対し、カーボントレーディング市場は大きな効果をもつだろう。今日では環境負荷低減施策は、長期的にみてどの程度の削減をできるのか、今の技術である程度定量的に評価できる。その効果をこれまではランニングコストの低減や認証という点でしか説明できなかったが、これからはカーボンオフセットによる支出削減や投資として提示できる。また、この投資を発注者が単独で行うのではなく、建物を作る側が、将来的なリターンとして見込んで、イニシャルコストを下げるといった新しい発注者と建設側の関係性もあり得るかもしれない。

2-2. カーボンクレジットの市場と活路

 カーボントレーディング市場は、今後すぐに一般的な株式市場と同様に一般化されたマーケットとなることが予測される。実際、東証証券取引場でも、2022年9月22日より、カーボン・クレジット取引が試行された。

注文時間や約定方法は一般的な株式市場とほとんど同じであり、1t-CO2単位で取引がなされる。ちなみに現在(2022年11月12日)の相場としては、Jクレジット再エネは1t-CO2当たり1,750円、Jクレジット省エネは1t-CO2当たり800円程度である。

何をトレードするのか。
カーボントレーディングにおいて、実際に企業間で取引されるものはいくつか種類がある。例として、東証での区分を見ると、

○(J-CREDIT)
・省エネルギー   (グリーン電力証書等kw/h など)
・再生可能エネルギー   (Jクレジットt-CO2など)
・工業プロセス    (Jクレジットt-CO2など)
・農業プロセス    (Jクレジットt-CO2など)
・廃棄物
・森林      (用材㎥→t/㎥→Jクレジットt-CO2など)
・混合型
○(J-VER)
・省エネ
・森林
・再エネ
上記他地域版クレジット等

https://www.jpx.co.jp/equities/carbon-credit/daily/index.html

東証が扱うものだけでもこれだけある。

https://www.jpx.co.jp/equities/carbon-credit/market-system/nlsgeu000006f14i-att/market-system_appendix.pdf

クレジットを活用した各種報告
 Jクレジット制度のHPを見ると、トレードの他にも、各種報告にも使用できるクレジットとなっていることがわかる。各種報告とは大まかに、○SBT温対法、○省エネ法○CDP、○SDP、○RE100、のために使うことを想定されている

○温対法

「地球温暖化対策の推進に関する法律」で1998年10月9日に公布された。現在の改正温対法では、2020年の当時総理であった菅氏よりカーボンニュートラル宣言があったこともあり、基本理念として、「2050年までのカーボンニュートラルの実現」を明記している。このための地域(各地方公共団体)施策や企業施策が求められている。クレジットは、温対法の調整後温室効果ガス排出量や、調整後排出係数の報告に利用可能である。

○省エネ法

省エネ法に関しては、建設業の方にはもはや説明不要だろう。
省エネルギープロジェクトによってつくったクレジットは、省エネ法の共同省エネルギー事業の報告に利用可能である。エネルギーの使用の合理化等に関する法律施行規則第38条の規定に基づき報告に記載する。

○SBT

○SBT
SBT(Science Based Targets)は、パリ協定(世界の気温上昇を産業革命前より2℃を下回る水準(well Below 2℃)に抑え、また1.5度に抑えることを目指すもの)が求める水準と整合した、5年~15年先を目標として企業が設定する、温室効果ガス排出削減目標のことです。

https://japancredit.go.jp/case/cdp_sbt_re100/

SBTでは、再エネ電力や再エネ熱由来のJ-クレジットを、再エネ調達量として報告することができる。

○RE100

○RE100
RE100とは、企業が自らの事業の使用電力を100%再エネで賄うことを目指す国際的なイニシアティブである

https://www.env.go.jp/earth/re100.html

 環境省は、2018年6月にRE100に公的機関としては世界で初めてアンバサダーとして参画し、RE100の取組の普及のほか、自らの官舎や施設での再エネ電気導入に向けた率先的な取組やその輪を広げている。また一般企業としては、2017年4月に株式会社リコーが日本企業として初めて参画したことでも有名である。
 RE100では、再エネ電力由来のJ-クレジットを、Scope2(他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に起因する温室効果ガスの間接排出)に対して、再エネ電力由来のJ-クレジットを再エネ調達量として報告することができる。

○CDP

○CDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)
CDPとは、機関投資家が連携し、企業に対して気候変動への戦略や具体的な温室効果ガスの排出量に関する公表を求めるプロジェクトのことです。このプロジェクトは2000年に開始し、主要国の時価総額の上位企業に対して、毎年質問表が送付されており、企業側からの回答率も年々高まってきております。回答された質問表は基本的には公開され、取組み内容に応じたスコアリングが世界に公表されており、企業価値を測る一つの重要指標となりつつあります。

http://www.ecoforte.jp/ecoforte/global/cdp.html

 カーボンディスクロージャープロジェクトは、世界的は2000年より、日本では2005年よりスタートした。年に一度質問書を企業に送り、回答書を受領することで、環境に対する取り組みを統計的にスコアリングするものである。ESG投資等の企業投資の側面において発展した環境負荷低減をより啓蒙する取り組みとしても理解できる。評価は、気候変動①Climate change(気候変動)②water(水)③forests (森)④supply chain (サプライチェーン)⑤citis (都市)があり、またCDP2022には Bio Diversity (生物多様性)が追加される予定である。
 再エネ電力や再エネ熱由来のJ-クレジットを、再エネ調達量として報告することができます。

3. トレードするためのプロセス

 こういったトレーディング市場の大きさや、活用方法の多様さによって、期待するばかりであるが、実際にはどのようなプロセスが必要なのかについても考えておきたい。

①カーボン関連量の把握・可視化
 まずはとにもかくにも、持っている資産や、業務プロセスにおける温室効果ガスの発生量や、再生可能エネルギーの利用量・利用率など、カーボン関連量の把握が必要である。
最近は各企業でも製品の製造にかかった環境負荷などを明示するようになってきてはいるが、それぞれがどのシステムバウンダリーに基づいて計算した値なのか不明瞭なものが多い。建設においてもこのシステムバウンダリーに対する理解の不一致は同じである。
また既設の資産のカーボン関連量の把握も実態としてはまだまだ難しい。様々なセンサーやIoTに関連する機器によって、個別のデータは簡単にとれるようになってきたが、これらを統合するプラットフォームが無いことや、それぞれのデータの関係性や重複などを適切に判断する視点が少ないことがまだまだ課題である。

 実はここに一石を投じれる志向が、「アーキテクト思考」であると個人的には思っている。1空間において多様な物事の繋がりと切れ目を適切にとらえ、カーボン関連量をレポーティングする技術を、建築を得意とするものが今後やっていく未来を想像できる。

②CO2排出を減らす
 カーボントレーディングにおいて、カーボン関連量の把握が可能になってきた際に必要なのが、環境負荷要素であるCO2排出量を具体的に減らす行為である。結局は排出量の少ないことを善とした価値のトレードであるため、価値を生み出すためにはCO2排出を減らすための方策を立てる必要がある。

③再生可能エネルギーを増やす
 ②のCO2と合わせて価値を生み出すもう一つの作は再生可能エネルギーを増やす行為だ。そもそも、非再生可能エネルギーを乱用によってCO2を地表以上に大量に出してしまったがゆえに、目指す必要が発生したカーボンニュートラルであり、現代社会に使うエネルギーをもう一度再生可能エネルギーに代替していく必要がある。

④オフセット量をトレードする
 
カーボン関連量の把握ののちに、3-2と3-3を行った上で初めて、市場における売り手側にてトレードができる。この市場自体も多種多様で、いまだセキュリティや、再現可能性が怪しいところもあるが、こういった課題は近年の仮想通貨市場とも同じように、すぐに成熟していくであろう。

4. カーボントレーディングが進んだ建設業

 建設業においてカーボントレーディングのプロセスが成熟した先にはどのようなことがおきるのだろうか。まずは2-1.に記載した、①と②の切り口に立って、想像しやすいところを書いてみた。

①建設業全体の環境負荷を削減
設計事務所 →自社運営の省エネ。再エネの活用。CSR活動。など
ゼネコン →自社運営の省エネ再エネの活用。プロセスコントロール。など
部材製造業 →製造時の省エネ。再エネの活用。製造時の使用材変更など
エネルギー供給源 →再エネの活発化など。

②環境負荷低減の価値を発注者へ明示
設計事務所 →省エネ・再エネ技術の積極的な適用支援
ゼネコン →省エネ・再エネ技術の積極的な適用支援
その他発注主の森林経営活動等の建設業的支援など。

 上記は網羅的では全く無いが、考えるだけでも様々なつながりが想像できる。注意すべきと感じた点としては、実際のカーボントレーディングによって生まれた一次価値を受けるのが、①は建設業社であり、②は発注者である点だ。これを明解に分けずに、カーボントレーディングの可能性について考えると、すぐに混乱する。

 また既存の請負契約型の事業から一歩引いた目線でみると、より多くの未来が想像できる。

 例えば、今もゼネコンやハウスメーカーなどはライフサイクルCO2を見える化する独自ツールを作っている。これは、現段階では自社の設計物や施工物の性能を伝えるための仕様や、CASBEE等の認証業務を効率化するための制作が多いが、これらが事業者のトレードを支援するツールにまでオープンフォーマットになっていけば新たな事業もあり得る。実際、住友林業との協働でプレスリリースがあったノルウェーのOne click lca社などは、こうしたLCA支援のワンストップサービスについて各国の指標をもとにデファクトスタンダードを採りに行くような動きをしており、注目が集まっている。

 また既存の建物の運用においても、カーボンクレジットは大きな影響を与えるだろう。環境負荷が大きい建物はかなりの数残っているが、ベースラインの設定によってこれらがstranded asset (座礁資産)となる未来は本当に近い。この状況は、特に多くの建物を保有している地方公共団体や、大規模民間企業ほど、管理が複雑にもなりハードルが高くなるが、これらに対して適切な判断をすることは極めて難しい。これらに対しても対応できるような新たな建設業のサービスも普及が進むように思える。
 昨今ではとくにデザインビルドの注目に伴って設計専業としてきた大きな設計組織事務所も、こういった難解な施設運営のコンサルティングにも力を入れ始めている。この分野でまさに力を発揮するのがファシリティマネジメントの知識なのだが、そこに関してはまだまだ多くの課題があるのが別途記載のNOTEの通りである。

 今回は取り急ぎ、カーボントレーディングの普及を建設業の視点から見た所感を書き殴ったが、引き続きその動向についてはフォローしていきつつ、私たちスタートアップの最も貢献できる分野として、事業を展開していきたい。

Written by XENCE

○参考文献


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