重圧が原動力に。モノづくりの基礎となる「相棒」を通じて磨いた仕事への想い
【北九州マイスター特集➃】
富士岐工産(株):高橋宣敬さん
近代の産業発展とともに、モノづくりの街として色彩を帯びてきた北九州。
この街では今なお、数々の人々が多種多彩で奥深いこの街のモノづくりの担い手として日夜励んでいる。
そんなこの街には、「北九州マイスター」の称号を持つ人たちが居る。
卓越した技術と裏打ちされた経験を持つ技術者たちは、北九州のモノづくりのさらなる「進化」と「深化」に向けて欠かせない存在だ。
今回、X-BORDERチームが連載を続ける『相棒録』で4人の北九州マイスターにフォーカスした。
マイスターたちが日々扱う道具である「相棒」を切り口に仕事に対する想いやこだわりを述べる姿は、あらゆる仕事におけるプロ意識にも通じる。
第4回目は、富士岐工産(株)の高橋宣敬さんにアプローチした。
巨大な設備を生み出すための基本作業で欠かせない道具を通じ、高橋さんは技術力以上にモノづくりで大切な意識を身に付けていくことになる。
【出会い】製品を作り上げる「生命線」を記すための道具
ーまずは北九州の街とのつながりを教えてください。
高橋
「隣の中間市出身で八幡工業高校の機械科に通っていましたが、実はそれほどモノづくりが好きだったわけではないんですよ… 当社への入社のきっかけも、筆記試験が無くて面接だけだったから選んだ部分もありました(笑) そこから約30年働いていますが、今でも手先が器用な方ではないのかもしれませんね…」
ーそんな高橋さんが「相棒」の墨壺と出会ったきっかけは。
高橋
「配置転換でベンダー加工を担当することになった時に会社に購入してもらい、製缶作業の担当に移ってからもずっと使い続けてきました。墨壺でのケガキを間違えると、その後の工程が全て狂ってしまうので『ケガキで始まり、ケガキで終わる』と言っても過言ではありません」
ー墨壺の使い方はどのようにして覚えていきましたか?
高橋
「先輩たちの姿を見て実際に扱いながら覚えていきました。人によって糸に液を付ける水分量に好みがあり、たっぷり浸ける人も居れば軽く浸ける人もいます。自分は程よい具合に調整するようにしてコツを掴んでいきましたが、実際にケガキをする前に図面から寸法を読み取って計算する一連の流れを覚えるまでは3年ほどかかったかと思います」
【経験】重圧を乗り超えて味わった達成感が原動力に
ー相棒である墨壺は普段どんな場面で使っていますか?
高橋
「ケガキ作業の前に図面に記された内容を丸1日かけて読み取り、さらに1日かけて溶接の縮みなども考慮しながら寸法を計算します。その上でケガキをするのですが、当社の転炉ガス回収設備は高さが何メートルもあり、1つずつ造りが違うのでケガキ自体も丸1日がかりです。もし、墨壺がなければ定規などを使ってケガキをしなければならないので製作時間に大幅に影響が出てしまいますね…」
ーそんな相棒にはどんな「個性」がありますか?
高橋
「人によって手の大きさが違うので好みが分かれるのですが、私は手が小さいためこれまで使ってきた墨壺が最もフィットしています。ケガキの際は棒状の墨差しと一緒に使いますが、他の人のモノを使うと全然勝手が違うんですよ。だからこそ、自分が使っているモノでないとケガキにズレが生じてその後の工程に影響が出てしまいますね」
ー印象に残っている思い出を教えてください。
高橋
「製缶作業の担当になった際、その前に担当していたベンダー加工で班長だったこともあり、親子ほどの年齢差があった先輩から『出来て当たり前だろ』と言われてプレッシャーや悔しさも感じていました。実はその時、作業中に配管の寸法を間違えてしまったのですが、最終的に初めて1つの製品を作り上げた時が達成感とともに入社以来最も感動した瞬間でしたね」
【想い】「作れて当たり前」でないものを継承する責任感を胸に
ーもし相棒が現れなかったら、どんな社会人生活になっていましたか?
高橋
「正直、高校時代に勉強をしてこなかったので(笑)、そのまま楽な道に流されがちな人生を送っていたのかもしれません… 入社して約30年になりますが、色んな経験を重ねて人として強くなれたと思っています。失敗もたくさん経験しましたが、次に失敗しないように考えたり、勉強したりもしましたし、忍耐力も身に付けられたことが最も成長できた部分だと思います」
ーこれから相棒とどのように付き合っていきますか?
高橋
「図面に記されている内容から実際の大きさのモノに作り上げる過程は、今後IT化やAIの導入が進んでも置き換えられないと思っています。特に、当社の製品は人の手によって作り上げる要素が多く、置き換えは到底難しいといえます。その上で全ての基本となるケガキ作業で欠かせないこの墨壺を大事にしていきたいです」
ー最後に今後の目標を教えてください。
高橋
「50代になりましたが、生涯現役で引退は考えていません。次に続く人を育てることが私の役目ですが、工程画像などを見せてイメージで伝える工夫をしています。やはり百聞は一見に如かずですし、言葉の説明だけでは理解度がまちまちです。『出来て当たり前』と言われたこともありましたが、『作れて当たり前でない』ものを作っていることの意味を伝えていきたいです」
▼これまでの「相棒録」の内容はこちらに収録しています。
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