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メダルづくりの「アンカー」が導く至極の輝き。めっき処理のプロが魅せるモノづくりの価値と重み

~メダルで繋ぐモノづくりの「バトン」~
【第4走者】ミハラ金属工業

8月11日の閉幕まであとわずかとなったパリオリンピック。
7月下旬に開幕したスポーツの祭典はあっという間に駆け抜けていき、フィナーレを迎えようとしている。
アスリートが繰り広げた人間模様によって残された記録と記憶は、これから後世に伝えられていくことだろう。

そんな記憶を呼び起こす上で象徴的な役割を果たすのがメダルだ。
スポーツの舞台と切っても切り離せないメダルと「ものづくりの街・北九州」との関係について、この連載では都市鉱山由来の「リサイクルメダル」の制作に関わるプレーヤーたちの姿を追ってきた。

最終回は、めっき処理を担当するミハラ金属工業の姿を追う。
各業者からのバトンを受け取った「最終ランナー」は、ゴールラインを切るために数々のハードルを乗り越えていくことになった。



《Part.①》モノづくりの重責を担う「最後の砦」

モノづくりの最終工程として、薄い金属の膜で加工品を覆うめっき処理。
加工品の耐久性、防食性を高める上で欠かせない役割を担う。

めっきの技術自体は古墳時代には日本に入ってきたとする説があり、漢字で「鍍金」と表記されるほどの歴史を持つ。
その作業自体が注目を集める機会は少ないが、モノづくりの「最後の砦」としての重責を長らく負ってきた。

1949年創業のミハラ金属工業は、めっき処理のスペシャリストとして電子部品や自動車部品など幅広い分野からのオーダーに応えてきた。
複数のフロアに分かれた建屋には大きなめっき槽が置かれ、加工品を投入して被膜を形成することで仕上げていく。
皮膜する材質と加工品との相性、電気分解の加減、使用する薬剤の成分調整など、さまざまな条件を加味した均質な処理によってコーティングされることで加工品は表舞台に立てるようになる。


《Part.②》メダルづくりで次々と立ちはだかる関門

金めっきの処理工程における作業風景

ミハラ金属工業にリサイクルメダル制作の話が持ちかけられたのは2017年。
メダルの素材となる金の抽出を担当するアステック入江から声をかけられたことが始まりとなった。

産業用の各種加工品に対しては手慣れているが、装飾品であるメダルでのめっき処理は社内でも初めてのこと。
普段と少し毛色が違う取り組みに、表面処理七課の川上真一氏は「ひとつの挑戦になるのでは」と感じながら依頼を引き受けた。
ただ、試作を進めていくとさまざまな関門が立ちはだかることになる。

「第一の関門」となったのは金の材質。
都市鉱山から抽出された金には不純物が混じることが多く、品質もバラつきが出やすい。
安定しない条件で品質技術グループの古川義英氏は「慣れない中でどうやって金を溶かし、不純物を取り除けばいいのか」と考えながら文献などを頼りに最適条件を探っていった。

「第二の関門」として立ちはだかったのはめっき処理の条件設定。
ミハラ金属工業の場合、通常は鉄や銅の加工品に対してめっき処理を施すことが多い。
対して、ステンレスの素材に金の皮膜を形成するメダルづくりでは膜厚を調整するための条件が異なる。
さらに前工程となる研磨で残った研磨剤などが皮膜の形成に影響を及ぼす。
薬剤の成分調整とともに、時に研磨剤を歯ブラシで取り除きながら均質に皮膜が形成できるように手間を施した。

「第三の関門」は、メダルならではともいえる光沢の残し方。
普段のめっき処理では、耐久性、防食性など機能面が重視されるが、装飾品であるメダルづくりでは「見た目」が最も重要となる。
しかも、時間の経過とともに生じる変色をいかに抑えるかが問われた。
中でも変色しやすい銅には、めっき処理後に協力会社に塗装を依頼してメダルの輝きを失わせない工夫をすることで対応を進めた。


《Part.➂》黒子役から輝きを伝える主役へ

めっき槽の中に投入されるめっき液の条件は処理後の品質に大きな影響を及ぼす

次々と立ちはだかる関門を1つずつこじ開け、リサイクルメダルの制作を進めていったミハラ金属工業。
初めて依頼を受けた翌年に地元で開かれた北九州マラソンでお披露目されて以降、メダルづくりの依頼が全国から頻繁に舞い込んできた。

特に国民体育大会(現:国民スポーツ大会)の際には、数百個単位で手がけることになった。
迫りくる納期に焦りつつ、古川氏は「制作に間に合うか時間に追われる状況になった」と振り返る。

メダル以外にも都市鉱山の素材を活用したピンバッジやしおりなどの制作に携わり、装飾品のめっき処理に関するノウハウが社内で培われていった。
特に北九州を象徴する小倉城や桜のデザインによる「金のしおり」は、日本らしさが表現されてインバウンド(訪日外国人客)を中心に広まった。

産業用の加工品において黒子役のめっき処理だが、メダルやしおりなど装飾品においてはその輝きを伝える「顔」となる役割を果たすことになった。


《Part.➃》「最終走者」が生み出すモノづくりの価値

メダルを引っかけてめっき槽に浸ける際に使う治具は手づくりで作り上げた

めっき処理のスペシャリストとして、これまで産業分野向けに展開してきたミハラ金属工業。
メダルのめっき処理を手がけるようになり、川上氏は「確実に自信につながった」と変化を実感している。

従来は仕様上の問題が無ければ、外観について特に配慮してめっき処理を施すことはなかった。
ただ、最近では産業分野向けのめっき処理でも「見た目を考えながら処理するようになった」(川上氏)と現場への影響を口にする。

さらに、個人向けの商品ではめっき処理の技術を生かしてオリジナルのスマホケースの製造、販売も手がけた。
「思い通りに売れなかった」と笑う川上氏だが、それまで黒子役のモノづくりに徹してきたミハラ金属工業にとって、メダルづくりをきっかけに新たな取り組みにチャレンジする雰囲気が徐々に醸成されていった。

素材の抽出から始まるメダルづくりにおいて、エッチングや切削による加工、研磨など工程を経ためっき処理は「最終走者」の役割を担う。
アンカーがゴールラインを通過するまで勝負は一瞬たりとも気を抜けない。
そんな重責とも向き合って手がけたメダルには、実際の重みとは異なるずっしりとした思いが込められていることだろう。


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