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分岐器メーカーがアイデア集団へ。鉄道ファン必見の逸品の誕生までに歩んだ果てなき道のり

【Create New Market】Episode.3

日頃表舞台に立つ機会が少ない製造業が、知恵と技術を凝縮して生み出した商品やサービスによって思いがけず注目の的となることがあります。
どんなきっかけで作り出し、どんな思いで世の中に送り出したのか。
1つ1つの商品が世に出るまでの舞台裏を覗くと、かけがえのないストーリーが隠されています。

今回は、九州鉄道機器製造(株)(福岡県北九州市)が手がけるブックエンドにまつわるエピソードをお届けします。
鉄道ファン必見の逸品を生み出すまでには、「お堅い会社」ならではの葛藤や外部環境の変化との戦いが繰り広げられてきました。



【Introduction】鉄道の街とともに歩んできたものづくり

長いレールを加工するため、製造ラインは国道に沿うように横長の配置となっている

九州の玄関口として長い歴史を持つ北九州・門司。
対岸の山口県下関市と挟んで流れる関門海峡は日々多くのコンテナ船が行き交い、海運の要衝としての一面を覗かせます。

一方で門司には、「鉄道の街」としての一面も併せ持っています。
古くは鉄道管理局が置かれ、九州一帯を管轄する拠点として国鉄関連の施設が多数存在していました。
本州と九州を結ぶ関門トンネルは、現在も人や物資の移動に欠かせない大動脈として重要な役割を担っています。

そんな門司の歴史や産業の発展とともに歩んできたのが、1921(大正10)年創業の九州鉄道機器製造(株)です。
分岐器やレール同士を繋ぐ継目板などを手がける日本で数少ない会社の1つとして、JRや全国の私鉄の基盤網を足元から支えてきました。


【STEP.1】堅実さ、慎重さを重んじる社風からの脱却

加工時に生じるレールの歪みは人手をかけながら整える

延々と続く線路のように歴史をつないできた九州鉄道機器製造ですが、インフラを担う製品を扱うだけに堅実さや慎重さを重んじる組織風土が培われてきました。
そんな会社が一般消費者向けの商品を手がけるまでになった経緯を振り返りながら、社長の大野浩司さんは次のように例えています。

「この10年はX(トランスフォーメーション)に向けた試行錯誤の繰り返しでした」

安定性を重んじてきた企業がなぜ、トランスフォーメーション(=変革)を意識せざるを得なくなったのでしょうか。
そこには、会社を取り巻く潮目の変化が関係していました。


【STEP.2】会社の分岐点を機に始まった企画

子供向け体験教室用に企画したフォトスタンド

東日本大震災の翌年となる2012年、九州鉄道機器製造は復興特需に伴う資材価格高騰の煽りを受けて最終損益で大幅な赤字を計上しました。
安定経営を続け、同じものを大量に作り続けることで成り立ってきた地盤が一気に崩れていく雰囲気に会社全体が包まれます。

「それまで目に付くところは細かく口を出すものの、会社の実態は見えないまま。しかも、長い歴史で積みあがってしまった懸案に大ナタをふるえずに脆い状態で経営していたと思い知らされました」

経営立て直しとともに組織風土を変える必要性を感じた大野さんは、従業員が主体的に物事に取り組むための仕掛けを推し進めようとします。
業務時間を割いての3S(整理・整頓・清掃)活動、家族や取引先を招いての工場見学会の実施、町工場や大学などが競い合う「全日本製造業コマ大戦」の参加など、従業員が表舞台に立つ機会を増やす中で社内の雰囲気が変わる手ごたえを少しずつ掴みかけていました。

そんな布石を打つ中、2017年に北九州市内の他の製造業とともに子供向けのものづくり体験教室を開く機会が訪れます。
その際に子どもたちが組み立てられるように企画したのが、レールの断面を切断したフォトスタンドでした。

大物加工を中心に手がけてきた九州鉄道機器製造にとって、フォトスタンド用にレールを薄くカットすることや小径の穴あけ加工には不慣れでもありました。
それでも、子どもたちに向けた商品を初めて手がけたことで社内では「次に何をやろうか」と声が挙がるようになります。


【STEP.3】レールブックエンドの商品化へ

初期のレールブックエンド。当時は厚さ5ミリにレールを歪みなくカットすることに苦戦した

それから1年が経過した2018年。
前年に続いて参加したものづくり体験教室で企画したブックエンドを親交のある大阪の電子機器製造会社の社長に見せると、ある人を紹介されました。

その相手は東京・代官山にある蔦屋書店のバイヤー。
年の瀬が迫った2018年12月、上京してそのバイヤーにブックエンドを見せると関心を示すとともに厳しい指摘が飛びます。

「とてもいい商品だと思います。ただ、今のままでは販売できるレベルにありません。デザインを企画し直してください」

アドバイスを基に商品デザインやパッケージなど全面的な見直しを進めることになりますが、バイヤーから持ちかけられた販売開始時期は翌年3月。
2人の新入社員を中心にプロジェクトを組んでスケジュールを逆算すると、商品企画には実質的に1か月程度しか猶予がありませんでした。

従来から課題となっていたレールの断面カット、レールの中心部に定めた穴あけなど技術的な要素を解消させつつ、底面のゴムの貼り合わせやパッケージデザインなどは親交のある北九州市内の業者の力を借りることに。
最後の箱詰めや発送準備は多くの従業員が協力してドタバタで進めながら、何とか商品を送り出しました。


【STEP.4】自分たちで敷いたレールを自走するように進化

製品仕様やパッケージデザインにアレンジを施した最新のレールブックエンド

急ピッチで商品化したレールブックエンドですが、コンセプトのユニークさも相まってメディアから取材を受けるなど注目を集める機会を得ます。
当初は20個限定での販売でしたが、追加生産を実施するなど蔦屋書店での販売は想定以上の反響となりました。

その後、レールブックエンドはさらなる進化を遂げていきました。
2022年の鉄道開業150周年に合わせたJR東日本商事向けの商品企画では、横須賀線で実際に使われたレールを使って生産しています。
その際、新たなデザインは2021年に初めて採用した自社デザイナーと鉄道好きの社員が共同で作り上げていきました。

その後も、マスキングテープやハンカチタオル、トートバッグなど社内のメンバーたちがアイデアを出し合って新たな商品を次々と生み出しています。

そんな姿を大野さんは次のように受け止めています。

「自社の企画力やデザイン力が高まったことはもちろんですが、『自分たちでも新しいことができる』との雰囲気がここ数年で確実に社内に生まれました」

マスキングテープやハンカチタオルなどは北九州の観光地、門司港レトロ地区にある九州鉄道記念館やJR東日本商事のECサイトで販売され、レールブックエンドは鉄道マンの退職祝いとして購入されるなど、商品を通じて地域とのつながりも生み出していきました。

当初は周囲の力を借りて手がけてきた取り組みは、自分たちでレールを敷くように自走する形で今後さらなる変貌を遂げていこうとしています。


【まとめ】老舗企業が新たなチャレンジへ

従業員同士でアイデアを出し合って企画した自社製品

新たな動きを次々と進めてきた九州鉄道機器製造ですが、実は社内における最大の変化は「人」の部分にあります。

ここ数年でもインターン生の受け入れ、中途人材や海外人材、自社デザイナーの採用、女性社員の増加など、会社の歴史において経験のない取り組みを通じて人材の多様化が進んできました。
組織風土を変えることに当初は否定的だった既存の従業員も、さまざまな取り組みを通じて社風が変わってきたと大野さんは実感しています。

「新たなことに対する抵抗感も薄れ、変化に対する価値観が会社全体で変わってきました。『ギャップ萌え』ではないですが、よその会社と同じことをしても特色を出せませんし、外を向いてお客様や地域の方々に応援してもらえる会社にしたいです」

インフラを担う会社として築いた正確さや丁寧さは守りつつ、X(トランスフォーメーション)がこれから示す進路はどんなものとなるのでしょうか。
次々と訪れる分岐点を駆け抜け、九州鉄道機器製造は次の目的地への歩みを着々と進めようとしています。


【公式サイト(レールブックエンド紹介ページ)】

【ECショップ(JR東日本商事が運営する「TRAINIART」)の紹介ページ】


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