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とおまど、M-1に出る。 シーズン4編

総目次

前話(シーズン3編) あらすじ
3回戦に向け堅実な『システム漫才』を指南する園田。スパルタ的な大喜利や『思い出』を介する未知のネタ構築法に面食らう樋口だったが、自身のキャラと合致するツッコミの導出や相方の制御を両立する方法論に納得していく。ただ樋口は『勝てるネタ』に一抹の不安を覚える──


──────⑫ 思い出アピール


「透、円香……!
 通過だ! 三次審査も通ったぞ!」

「え……
 うそ」

「通過したんですか」

「ああ! 嘘ついても仕方ないだろ!
 『M-1グランプリ』本戦まであと少しだ……!
 ──ははっ、嬉しそうじゃないか」

「うん ふふっ」

「珍しいな
 なんか、すごくいい顔してるよ」

「ふふふっ、しつこいよ
 うん
 ──ていうか、わかってくれてるじゃん」

「え?」

「『通過できて嬉しい』って……
 せっかく書こうと思ったのに、日誌」

「あぁ、そりゃあ──
 その顔見て『嬉しい』ってわからなかったらプロデューサー失格だよ」

「ふうん……」

「どうした、何か心配事でも……」

「……いえ?」

「ならいいけど……
 あまり嬉しくなさそうに見えたから」

「それは何よりです
 あなたの思い通りにならなくて
 ……
 でも、そうですね
 他のコンビなら大喜びしてるでしょうし」

「……もしかして通過したくなかったのか?」

「いえ、そんなことは」

「…………
 円香が何を考えているのか、全部はわからないけど……
 『とおまど』がここにいるのは、才能、実力、運──全ての結果だよ」

「嫌ですね
 全てを評価されたいとか思っていないので
 この先の審査はさらに厳しくなるんでしょうし
 私はもう──」

「──怖い」

「……え?」

「って言いたいんでしょ、樋口」

「…………」

「ふふ」

「……はぁ」

 訳知り顔で澄ましているところ悪いけど、それネタ作ってない側が言えるセリフじゃないから。

* * *

 3回戦では全ネタ動画がYouTube公開される。中でも『とおまど』のネタが含まれる動画は全組のうち頭抜けた再生数を記録し界隈をどよめかせた。イロモノ枠と目されたアイドルコンビが予想に反してネタ自体の堅実な構成力で真っ向勝負してきたのは、ファンにとっても非ファンにとってもある種の衝撃であったようだ。
 そういうネタを仕上げられたのも、ひとえに283バラエティ三銃士に仕込まれた『カードメソッド』の力あってのこと。それは『思い出』の記憶を軸とするネタ構築法である。

 例えば思い出の単語が『家』であったとするなら、怖い家、嫌な家、不便な家、逆に良すぎる家など、任意のコンセプトを設定する。コンセプトを『怖い家』に設定したとして、3つのセクションが必要だと思われるならば『家(怖い家)』と表面に記入したカードを3枚用意する。
 裏面にはコンセプトに沿う具体例、『○○が住んでいる』などといった『家』が『怖い』理由を書き、さらにその下部に理由をよりしつこく詳細に記述する。
 具体例を端的に表現できるような公共性を帯びた固有名詞、または短い名詞節などが思いつけば、それを表面『家(怖い家)』の下部に記入する。そうした固有名詞自体がボケあるいはフリの文言になり、パッケージ(型)を構成する一つ一つのセクション(互換可能単位)──つまりシャッフルできる状態となる。このようにそれぞれカードに記入していくことで、表面にボケのフリ、裏面にツッコミが書かれたデッキができていく。

 この方法の優れた点は、漫才の練習にも活用できるところだ。
 カードの表面を上向けた状態で机上に並べ、ボケ役が1枚選び取り、表面に書いてあるボケの文言を読む。すると対面に座っているツッコミ役にカードの裏面が向いていることになり、ツッコミ役は裏面に書いてあるツッコミの文言を読む。これを作為的あるいは無作為的に繰り返す。練習はこういったふうに一種の瞬発ゲームのようになるので、読み合わせのような無機質なそれではなくなる。しかも台本単位ではなくセクション単位での記憶になるから、急なネタ変更や突発的なアドリブに対応しやすくなるという利点もある。


《────またいつでも相談してね!
 スケジュールの都合もあるだろうけど、できればこれから先も通ってほしい
 特別レッスンでさよならじゃなくて、まだまだまどちゃんに付き添いたい────
 ……というのが私たちの個人的な気持ち、ね?》

《…………
 ありがとうございます》


 『いつでもいらっしゃい』とは言ってもらえていたが、多忙を極めるアイドルたちをそう何度も拘束するのは忍びなく、今回においては透、小糸、雛菜を交えてネタ作りにチャレンジしようと考えた。ネタも作らずデカい口を叩く透に神経を逆撫でられたからでもある。
 そこで通過発表の報から2日置いた11月11日土曜、久方ぶりに学校も仕事もないオフのノクチル全員を透の部屋へと召集した。
 彼女らに頼るのはアイデア出しの部分だ。それくらいはできるだろうと見積もっていたが、いざ座に就くまですっかり放念していたことがあった。

『カマキリ』
『ヒトデ人間』
『マンモス君』

「誰、こんなん書いたの」

 ──こいつらのどうしようもなさを。

「あ、私だわ
 それ
 たぶんお盆前くらい?」

「最近すぎ」

『カマキリ』


《ういーん……がしゃ》

《……》

《ういーん……
 ういーん、がしゃ》

《……
と、透ちゃん……》

《ういーん……
 うぃんうぃんうぃんうぃん……》

《ぴぇ……!
 透ちゃ────!
 ど、どうしたの……?》

《やばい
 あれ》

《────ぴぇ……!》

《《カマキリいる……》》

《────うぃんうぃんうぃんうぃん……》

《と、透ちゃん……!
か、カマキリの動きに音つけるの、怖いよ……!》

《……え? んー
 でも、暇だし
 誰か来るまで
 ……動いたっ
 いけ、もっと右、右……ガシャーン……》

《…………!
 と、飛んだ……!
 わ……!
 さ、さっきより後退しちゃったね……》

《んー……
 だって、めっちゃ構えてるし
 うちらに》

《……
 そ、そうだね……》

《こらー、もうよしなさい……
 君のお母さんは泣いているー……
 武器を下ろしなさい……
 きみはよく頑張ったー……
 ここにいても何も解決しない……
 おとなしく立ち退きなさーい……
 言ってやって、小糸ちゃんも》

《────え……!》

《こいつに
 聞いてるから、ほら》

《……!
 え……! き、聞いてるって言われても──》

《聞けー
 これから小糸ちゃんが話すー……》

《ぴぇ……》

《いけるいける
 がつんと》

《う、うん……
 ……せ、せっかくの夏なのに────
 ここにいたら時間がもったいないよ……!》

《《飛んだ……!》》

《い、行っちゃったね……!》

《うん……
 すごい、小糸ちゃん
 いいこと言う》


「その思い出に私いないんだけど」

「あれ
 そういうルールだっけ」

「あは〜
 次は雛菜の〜〜」

『ヒトデ人間』


《──あ〜
 雛菜この道覚えてるかも〜
 透先輩、宇宙人見つけにいったことあるでしょ〜?》

《う、宇宙人……?
 なんだっけ……》

《あー……》

《ヒトデ人間〜》

《……》

《……!
 そ、その言葉は覚えてる……》

《んー》

《……興味ない
 ヒト、かつ人間》

《ブッブー》

《星の形の宇宙人って言ってた〜
 円香先輩も一緒に探したよ〜?》

《イエス》

《はいはい》

《……
 よ、よく覚えてるね────
 ────そんな……道だっけ
 あ……!》

《《《……》》》

《あ、ううん……!
 あのおうちの木、覚えてて────》

《へ〜?》

《────あそこに、ヒトデ人間が住んでるって……
 見にいったこと、あるよね……!》

《あー……》

《そうかも〜?》

《──こんな場所だったっけ》

《……う、うん
 その時はけっこう暗くて
 す、すごく怖くて……
 ────でも、よかった……
 わたしも覚えてることがあって》

《あは〜》

《じゃ────
 ここをヒトデ人間街と名付ける》

《……
 いいんじゃない》


「どうネタにしろと」

「へ〜〜?
 雛菜、思い出書けとしか言われてないよ〜?」

「…………!
 次のは私が書いたやつだ……!」

『マンモス君』


《────で、マンモクスンがさ
 ……あれ》

《と、透ちゃん
 マンモスクンって言えてない……!
 ──えっと、マンモ……ク……あれ……
 い、言ってたらわかんなくなっちゃう……》

《ね、それ何〜?》

《言える? 雛菜》

《へ〜?
 マンモスくんでしょ〜》

《言えてる……!》

《樋口は?》

《ん
 ……マンモクスン》

《うん》

《《《氷河期氷河期〜》》》


「まともな思い出書いて」

「ぴぇ…………
 ご、ごめんね円香ちゃん……!」

 頭を抱える。こんな珍妙なカテゴリからどのように具体例を分岐させていけというのだろう。早速カードメソッドの限界を見てしまい、先行きの覚束なさに気分が暗澹とする。2回戦の時からネタをそれとなく監修してもらっていた小糸ディレクターすら道を踏み外していることにも、なんというか脱力を禁じ得ない。

「マンモクスンがコンセプトの漫才、4分いけるわけないでしょ」

「そういうの好きそうじゃない? 談志」

「志らくね」

 談志が評価してきたのってテツandトモとかでしょ。志らくだとランジャタイ? 立川一門は特殊に研ぎ澄まされたイロモノにハマる審査傾向があるといえばあるが、そういったコンビの狂気じみた芸風への確信が『とおまど』にはない。それに今の段階で決勝の景色を想像するのは傲岸というものだろう。
 3回戦以降の予選審査員はキャリアの長い構成作家やディレクターらであるとも聞く。クセのあるシュール系よりは底の堅い構成力を意識していく方が確実だ。

「……そっか、膨らませようがないもんね……
 …………!
 そ、そうだ……!
 今出た名前、フレームのコンセプトじゃなくて
 分岐先の固有名詞にしちゃえばいいんだよ……!」

「……つまり?」

「それ自体をボケにする……!」

「……ふうん」

 それしかない、いや、むしろいい。カードメソッドのルールを曲げてしまうが、セクションのシャッフルがありなら単語の階層関係を組み替えてしまうのも問題ないだろう。そもそもルールにまるっきり従ってしまう理由もない。

「そうなると今度は、固有名詞を括るコンセプトが空欄になる」

「それを考えなきゃね……」

「どういうこと〜?」

「『カマキリ』、『ヒトデ人間』、『マンモス君』
 こいつらの共通点を探さなきゃってこと」

「そんなの簡単〜
 ぜんぶ人間じゃない〜〜!」

「おー
 宇宙人」

「カマキリは虫だよ……」

「ん いい
 それでいこう」

 ──転がり始める。

「マンモス君──はともかく、カマキリはどこにいた?」

「いた、事務所の前に」

「う、うん……
 それで、入れなかったの……!」

「ね」

「ヒトデ人間は?」

「ん〜
 探しに行ってもいなかったけど、あの道の──」

「……木のあるおうち」

「へ〜?」

「──あそこに、ヒトデ人間が住んでるって……
 暗くて、怖くて……」

「家
 怖い家」

「うん……!」

「宇宙人」

「うん〜」

「──こんな家は怖い、どんな家?」

「…………」

「……住んでる
 宇宙人が」

 与えられたルールとは構造も機序も異なる。公共性もないに等しい内輪の固有名詞である。脈略だって乏しい。うまくフレームに収まらないかもしれない。なるべく避けたかったコント漫才にせざるを得なさそうでもある。
 しかし急激かつ急速に、立て板に水の畳み掛けでパタパタとピースが嵌まっていく。シナプスがスパークする。
 ──メモリアルピースが虹色に輝く!

「どうせだから、
 『超現実的なネタ』っぽく作ろう」
 
「え〜
 じゃあ円香先輩と透先輩は〜……」
 
「シュール系ってことで」

「え、シュール系……?」

「え〜〜〜、
 ……それに、『シュール系』って何〜?」

「さあ
 少なくとも
 このままじゃネタにもならない」

「……ちょ、超現実って、なんだろうね……」

「んー……
 超える、現実……
 夢みたいな感じ?」

「超現実の〜ってつくと、
 なんか、ぎらぎらする感じがする〜」

「超現実のカマキリ」

「あは〜!
 ちょっとぎらぎらしたかも〜」

「透ちゃん、雛菜ちゃん
 もっと真面目に……」

「現実にはないことを、心に思い描くこと
 ……だって」

(心に思い描く、非現実的なネタ
 さぞ……────────)

* * *

────『怖い家(宇宙人が住んでる):カマキリ』

「立ち塞がっててさ、玄関の前に」

「透ちゃん、ずっとうぃんうぃん言ってて怖かったよ……」

「ふふっ
 なんかいいこと言ってたね、小糸ちゃん」

「そ、そうかな……
 立て篭もり犯の説得みたいなのもしたよね……!」

 ────『怖い家(宇宙人が住んでる):ヒトデ人間』

「ヒト、かつ人間」

「星の形の宇宙人だって言ってたよね〜?」

「星形
 五角形でとがってるってこと?」

「選挙権あるのかな、住んでるってことは」

「ぴぇ……
 外国籍ならダメかも……」

「宇宙人なら基本的人権も怪しいでしょ」

「大丈夫だって
 国が助けてくれるから」

「そ、それはたぶん
 そういう意味じゃないと思うけど……」

 ────『怖い家(宇宙人が住んでる):マンモス君』

「マンモクスン」

「マンモクスン〜」

「マンモクスン」

「マ、マンモクスン……!」

 アイデア出し? 何これ。めちゃくちゃだ。カードの裏面はもはやツッコミ用の文言ではなく、意味不明な設定が過密に書き連ねられたトレーディングカードの様相を呈している。
 こういうのには完全に見覚えがある。小学生の頃、男子みたいなナリをしていた透ともつるんでいた同級生。自由帳に書いていた、なんていうかキャラクター設定みたいなの。出身地、趣味、特技、能力値、謎のフレイバーテキスト──おおよそいい歳した女子高校生がこぞってキャッキャしながら書いていいものではない。
 ただ、冷徹にツッコんで収拾してしまうよりもむしろ、私はこの野放図な状況を放置──否、薪を足しておいた方がいいと直感した。ことネタ制作において跳躍的なイマジネーションは、より遠くまでその身を飛ばしてくれる翼だからだ。その確信があった。


《いいの
 ……よかった
 ──わたし、
 やっとみんなといれるようになったって》


 ──何より、小糸の笑顔。思い出を共有することについて特に強く愛着を感じ、かけがえのないものとして捉えているであろう小糸。その屈託なき笑顔を思いがけず見ることができて、安堵に近い感情が柔らかく私を包む。この漫才で笑顔にしたいのは誰か? その筆頭はひょっとしたら小糸なのかもしれない。

「ふふっ あははっ」

「あは〜〜!」

「えへへ……!」

(私は
 誰かのために、演っていける)

「────小糸
 このネタ、誕生日プレゼントね」

「ぴぇ!?」 


──────⑬ とおまど、準々決勝に出る。


 夕方の新宿駅京王線ホームは都心から郊外に出ようとする人でごった返していた。人波を掻き分けてようやく南口に出た私と透は、晩秋の冷気を存分に吸い込む。外は既に暗い。

 広い広い歩道の雑踏に響き渡る歌声とギターは、ガードレールを背に声を張り上げる見も知らぬ路上ミュージシャンのもので、その調べは若き夢追い人の聖地たる新宿に降り立った感をより強くする。唾液を呑む仕草や無様な息遣いにはそこはかとない無理が感じられて、凍てついた寒気が喉を乾燥で貼りつかせる痛覚のみを共感した私は、思わずマフラーで口元を隠した。
 そんな景色に透は一瞥もくれず、甲州街道の歩道へ矢庭に躍り出たかと思うと、エリアマップのコンクリに足を掛けた。ほんの気持ち小高い台に立った透は少しだけ伸びをしたあと、私の方を見下ろして手を伸ばしてくる。

「のぼろうよ」

「2人には狭い」

 無邪気な振る舞いが憚られるのはもとより、隣に誘われることがなんとなく面映く感じられ、ふいと目線を退けて手を払った。けれどもわざわざ引きずり下ろそうとも思えなくて、特段諌めるでもなく登らせたままにしておく。
 透の奇行に集まりかけていた衆目は横断歩道の信号が青となったことで各々の進む道筋へと戻され、幸いにして厚着の変装が看破されずに済んだ。
透が西の空を見上げ、指差す。

「行こう てっぺん
 マイ、ロード」

 指差された先には、歩道橋の架かっている小田急の建物があった。壁面に書かれた『MYLORD』を読み上げている。

「ルミネtheよしもとは逆方向だし、それはミロード」

「え
 うそ」

 『LORD』を『ROAD』に誤読してもいそうだ。どうやら『我が君』は、英語表現Ⅱのサブテキストでやったシェイクスピアなんてさらさら覚えていないらしい。
 東方面へ顎で示すと、目を顰めながら振り向く。

「あれかー、ふふ
 あっちにも書いてあったから ルミネって」

「適当すぎ」

「なんか、四角いね
 ジャングルジムみたい」

「…………」

「てっぺんか、あれの
 ……のぼらなきゃ」

 コンクリの舞台から軽やかに飛び降りて、ガードレール沿いにルミネ2へ歩み出す透。私は蹌踉とした背中を見守りながらやれやれとばかりに後ろを追う。会場の在処さえ把握していない恍けぶりとは裏腹、頼りなくも着々とした歩みには微塵の迷いも感じられない。透に振り回されながら付き従って歩いた、遠い過去の日を思った。

 甲州街道の広々とした高架は東京に似つかわしくないほど空がよく開けている。深い夕闇に吸い込まれそうな透の背中は、しかし新宿三丁目に点る電灯や車のビームによって輪郭を浮き立たせる。その明暗は私の目を眩ませるが、どうしてか視線を切ることができない。

(どこに行くか知ってて
 走り出してる)

 磁場さえ帯び心惹きつけてやまない麗姿に酔いしれたくなくて、せめてもの抵抗として焦点をずらしていたら、丸くぼやけた都市風景の点光源が玉響のように漂い、それを遮る透のシルエットとせめぎ合って揺れた。そうして蕩けた光景は一種の甘美であり、また疼くような自己嫌悪を引き起こす呪わしい因子でもあった。

 ふと視界が開けたと思ったら、足取りを緩めた透が右隣に並び歩きはじめていた。漫才の立ち位置。普段無意識の立ち位置。2人で外から遊び疲れて帰り着いたときの、玄関の並び──
 彼女のランダムな挙動を訝しむでもなく前を見ながら白い吐息を目端で捉えていると、ぐっとこちらを覗き込んで視界に割り込んできた。強く信念を込めているのか、ニュートラルなのか、軽々しく浮かれているのか、それらのどれともつかない表情で言葉を編み始めた。

「早かったわ
 M-1に行くの、決まったら」

「──……」

「なんか、ちょっと進んでるっていうか
 のぼってるっていうか……」
 
「……」
 
「楽しいんだ、最近
 こうしてるの
 ありがと」

 思いがけない言葉に驚く。内容にではない。思いを言葉にしようとする透らしからぬ態度そのものに対してだ。そして彼女の思いを、気魄を、悪気なく蔑ろにしてきたことへの後ろめたさがもたげる。私はわかっていたはずだ。浅倉透は、本当は──

* * *

 東南口改札に寄せては返す人の行き来を掻い潜って、奥のルミネ2通用口へと辿り着く。出場者の入り待ちと思しきロッカー近くのファンたちがこちらに視線を向けかけたが、注目を集めないようショッピングセンターのユーザーぶって、足早に歩を進め中へと入った。関係者入口の内側では、プレス用の入館証を胸につけた小糸と雛菜が待機していた。

「透先輩と樋口先輩がルミネに着きました〜〜」

 雛菜がタブレットを掲げている。RECはオン。M-1密着ヒューマンドキュメンタリー、『ひなザーストーリー』の撮影だ。

 124名に絞られた準々決勝出場者のうち、本日は39組がルミネtheよしもとでネタを披露する。出場者に与えられた控室はメインの楽屋のほか表の廊下も開放されており、長机と椅子が片側に寄せられている。部屋と廊下は壁というよりはパーテーションのようなもので区切られていて、そのフレームをなすアルミの支柱が天井に突っ張っている。上の方が透き通しになっているので、区切りを挟んだ向こうの方で繰り広げられている小声でのネタ合わせも当然のように聞こえてくる。

「みんなスーツだね」

「まぁ、準々ともなるとね」

 折り目正しく美しいスーツに身を包む彼らは、なるほどこれ以上なく漫才師に見える。それは自分らが形だけでも漫才師であってほしいという切実な願掛けのようにも思えた。梅ヶ丘のどこぞの紳士服屋でスーツを仕立てた漫才師は売れるなどというジンクスもあるくらいだ。つまりスーツを着ているときは、できた漫才師だと自負していると。
 ネタさえ良ければ見た目など二の次だなんて、無意味にとがった若手芸人にありがちな勘違いを言うつもりはないが、オフィシャルな装いに袖を通すことは仕事のためのスイッチを入れるルーティンや誠意でありうるだろうし、事実、整ったシルエットが与える印象はこれからネタを聞こうという観客の襟を正させるに足る。
 ここ何戦か戦略というより怠慢で身に着けている学校バレ防止の嘘制服(流石に)だって悪くない印象値ではあるはずだ。しかしながら畑違いの楽屋における異物感は拭えず肘を隠すようにして肩を竦める。透も透で周囲から何らかの迫力じみたものを受け取っているようだった。

「うちらも仕立てるか、スーツ」

「負けたら無駄になるけどね」

 フルオーダーは時間もかかる。ステージ前に水を差すような言葉を投げかけてしまってそのことにはっとするが、透ののらくらとした生返事が想像できて、一瞬の尻込みのことを自嘲し僅かにせせら笑った。
 しかしその刹那、耳後ろの壁がバタンとどよめく鈍い音を響かせた。透が私へ覆いかぶさるようにして壁に手をついている。どきりとして固唾を呑む。

「勝つから」

 不敵な笑みを浮かべている。──この女は……

「ぴぇ……!」

「やは〜 壁ドン〜!
 透先輩かっこいい〜!」

「雛菜ちゃん、声おっきいよ……!」

「……」

「勝つ」


《──怖い
 って言いたいんでしょ、樋口》


「…………
 ……プロデューサーに言ってみたら?
 衣装用の採寸パターンはもうあるんだし」

「ふふっ、いいね
 チェイン送っとこ、プロデューサーに」

 はっきりと声に出して勝つと宣言した透。意思を言葉にした透。そこにいつもの漠漠たる曖昧さはなかった。
 それに引き換え、私は──

* * *

○ON STAGE 00:00:00
────(Rock Jingle!!)────
●ON STAGE 00:00:01

両者「「どうも〜〜」」
浅倉「浅倉透と」
樋口「樋口円香で」
両者「「とおまどです、よろしくお願いしまーす」」

 羽化しつつある透──よく知る姿から翻然と変貌を遂げようとする透に動揺し、幼なじみを抑制していた私の愚かな行動原理をふと自省する。

浅倉「ちっちゃい頃ってさ、なんか怖い家とかなかった?」
樋口「あったね、木の影で暗いとかでね
   宇宙人とかいそう──だなんて、可愛いもんですよ」
浅倉「誰住んでんだろ」
樋口「あんま興味持たない方がいいと思うけど
   色々ありますからね、多様性の社会ですよ」

 私は幼なじみのことを言語化できなかったのではない。わざわざ定義しないことを能動的に選択してきたのだ。幼なじみの『かたち』それ自体が、私の臆病な心の反映だから。
 ──情緒の綻びを藪蛇のように突くや否や、ふと頭の中に負の思い出のスクロールが押し入ってくる。

浅倉「どうなるかな、押し入ったら」
樋口「なんでこっちから藪蛇シバきに行くの
   そっとしときな知らん人の怖い家なんだから」
浅倉「じゃあさ、私住人やるから うち来てよ、樋口」
樋口「絶対行かない」
浅倉「やろ」
樋口「やらない」


《幸せな夢の中にずっと、とは思わない?》

《そうですね
 願っても願わなくても、夢は覚めるものなので》
 
《幼なじみのことは、好き?》
 
《もう空気のような存在なので
 あらためて考える必要もないというか
 好きとか嫌いとかそういう感じでは》


(見える世界に
 美しいものはなかった
 みんながきれいだという、
 花も、星も、虹も
 大したものとは思えなかった
 物心ついた時から、そう思っていた)

(見える世界は
 退屈だった
 だいたいなんでもできたし
 だいたい褒められたし
 生きていくには十分だった
 人生ってこんなものか
 物心ついた時から、そう思っていた
 欲しいものも、なりたいものも、特になかった)
 
 行き詰まりの退屈を紛らわして生きるには、くだらない外界から隔絶されたささやかな聖域が必要だった。私は私にとって当たり前の存在である幼なじみを聖域に組み込み、その居場所をせっせと手入れしながら住み良いように環境を整えてきた。それはある種厭世的な『夢の中の世界』だ。
 無目的かつ緩慢な時間の流れの中での居心地を守るため堆く積み固めた外壁は、周囲の誰をも寄せ付け得ない牽制として働いてきただろう。同時に内側の誰をも逃し得ない檻としても働くのは自明だが、誰一人気付くまでもなく──無論、気付かれないようにさりげなく彼女らを抑えつけて──聖域の平穏は保たれてきた。いや、ともすると聡い小糸なら、私が慎重に積み替えた危うげなジェンガは鋭敏に感じ取れていたのかもしれないが。

浅倉「あー、なんとその家に、小糸ちゃんが入って──」
樋口「ごめんくださーい、どなたかいませんかー?」

 ただありのまま在ること、沈黙を共有すること、取るに足らない閑話や戯れ合い……閉ざされた砦の中でそれらを享受する慎ましやかな倖せは、いつしか私に外の世界を忘れさせ──変化を恐れさせた。
 ──しかし、ある日突然ドアが開かれる。

浅倉「ういーん」
樋口「うわ民家に自動ドア? 怖い家」
浅倉「うぃんうぃんうぃんうぃん」
樋口「違った
   うぃんうぃん言ってるだけの変な人だった
   全然関わりたくない
   すいませんここに女の子来てませんか」

 あの信用ならない、優男の囁き。
 門番のように威嚇しながら身を挺する抵抗虚しく、たちまち外の世界へ連れ出されていく私たち。

浅倉「ういーん」
樋口「威嚇されてます?」
浅倉「オオカマキリです」
樋口「あっ喋った
   ん、なんかそういうご趣味の方?」
浅倉「オオカマキリです、マジの」

●ON STAGE 00:01:00

樋口「やばい、香川照之説が絶たれたわ
   等身大マジカマキリはやばいわ」
浅倉「おとなしく立ち退きなさーい ういーんうぃんうぃん」
樋口「あのそうもいかないんで 女の子迎えに来たんです」
浅倉「返してほしくば、ヘリ寄越せー うぃんうぃん」
樋口「そういうの自宅じゃなくて銀行でやるもんでしょ」
浅倉「君のお母さんは泣いているー うぃーんうぃん」
樋口「なに泣き声みたいに あとその説得ポリス側のやつだから」
浅倉「私はヘリで海外に高飛び、君は女の子をゲット
   お互いウィンウィン」
樋口「うわきっつ」
浅倉「うぃーんうぃん、目指すはオーストラリアの首都」
樋口「ウィーンね」
浅倉「……キャンベラっしょ、オーストラリアの首都は」
樋口「クソが!
   何オオカマキリって、ちゃんと人間を出して」
浅倉「ふふ、オーストリアだよ、ウィーンは」
樋口「やり直すよほら、ごめんくださーい」
浅倉「めっちゃ誤魔化すじゃん」
樋口「すいませーん、女の子きてませんかー」
浅倉「痛っ 踏まないでよ、足」

 導き手に唆されてアイドルとなり、羽ばたきの練習をぎこちなく始めた各々を、私は苦々しく見つめた。飛翔を試みる彼女らの姿は安寧の崩壊という危機を感じさせるに十分だった。
 もちろん狡猾な詐術は私に対しても及んだ。そこで直視させられたのは、嫌というほど身の程を量られる試練に次ぐ試練……

 ……成功体験を得た時点から勝ち逃げしたままにしておけば、『だいたいなんでもできる』という自意識を固定化できた。自分という箱に引き篭もり、エネルギッシュなリビドーをせせら笑って退屈ぶっておけば、努力の果ての袋小路に打ちひしがれる非情な現実を知らなくても済んだ。しかし聖域の中に隠していた箱の錠前は、錆びて壊れつつあった。

(それは
 古い宝石箱だった
 大切なものを仕舞うために作られた箱だった
 宝石箱に鍵をかけよう
 大切なその中身を誰にも気付かれないように
 誰も触れないように
 誰にも傷つけられないように)

 ──私だけが知っている。箱の中身が空っぽだってことを。
 そうした虚ろな自我を暴かれないように、しつこく手懐けようとする手つきを払い除けるために、私は時として刺々しくとがった言葉と態度を翳し、棘皮動物かのように身を守った。

樋口「どなたかいませんかー?」
浅倉「……ヒトデ人間です」
樋口「ヒトデ人間」
浅倉「とがってます」
樋口「はあ」

●ON STAGE 00:02:00

浅倉「ニョキ 趣味はミニシアター巡りでーす」
樋口「とがってんな」
浅倉「ニョキ 毎食ジビエでーす」
樋口「とがってんな」
浅倉「ニョキ 音楽はジャズしか認めませーん」
樋口「とがってんな」
浅倉「ニョキ 自民党に入れたことないでーす」
樋口「とがってんな」
浅倉「ニョキ ジブリ大好きでーす」
樋口「丸いな 急に五本目のカドだけヌルいな、
   五角形のバランス崩してるわ
   あんなの好きったって個性になんないのよ、
   内閣支持率よりあるんだから
   一本目のニョキ見習って今敏とかも見な」

 心のバランスを崩す私をよそに、透は個性を発揮しながら支持を集めていく。自ら意志を口にした透の姿は眩しかった。美しかった。こんな顔ができるのかと思った。見たことない。認めない。吐き気がしそう…… 胃袋をひっくり返したくなるくらい、その尊さは私を苛んだ。
 様々な試練を経て着実に変化しつつある透。遥か高い空を目指そうとする決意。無謀を厭わずその先へ挑みかかる、一人の人間としての気高い在り方。私とは正反対な、まともな人間の生き方。

(私は)

 私はわかっていた。
 浅倉透は、飛びたがっている。
 日常を生きるには重すぎる、その、翼で。

(ああ
 在りたい)

浅倉「五本揃って、ヒトデ人間です」
樋口「マトモ人間出してってば」
浅倉「何? まともまともって」
樋口「ん」
浅倉「多様性認めない姿勢、まともかな、人間として」
樋口「とがってんな」
浅倉「人に生まれてもさ、生き方次第だよね、人間たりうるかは
   ヒトであり、ニンゲンで在りたいよね」
樋口「あ、『ヒトデ人間』じゃなくて
   『人で人間』でしたすいません」
浅倉「吐き出していい? 胃袋」
樋口「突然のえげつない人外」
浅倉「こん中だから、女の子」

●ON STAGE 00:03:00

樋口「しっかり外道ヒトデだったわ 何が人間で在りたいよ
   ……毎食ジビエって人肉のこと??」
浅倉「一番うまいんだよね、若いメスの肉が」
樋口「外道おい
   あと人類の敵にしては文化リテラシー高すぎない??
   映画、ジャズ、グルメ
   粋なシルバーの生涯学習なのよもう」
浅倉「シルバー? ふふっ
   でも入れてないよ、自民党に」
樋口「野党支持の高齢者もいるわナメんな
   今度はちゃんと頼みますよ」
浅倉「まかしといて」


《──まどか? どうしたの》


(──────駄目だ
 駄目だ、この願いは叶わない
 努力でどうにかなるものじゃない
 私は、絶対に、ああ、は、なれない
 願うな
 願ったところで、いつか、必ず
 身の程を知る)

樋口「ごめんくださーい、どなたかいませんかー」
浅倉「マンモクスンです……あれ?」
樋口「あー」
浅倉「マンモスクンで……あれ?
   マンモス君です」
樋口「マンモス君出てきちゃったわ
   まあだいぶ言えてなかったけど
   あのー女の子来てませんか」


《幼なじみのことは、好き?》


(そうだ わかった
 私は浅倉透が
 好き
 じゃない
 嫌い
 ああ、大嫌い)

浅倉「いるよ でも今はダメ」
樋口「え?」
浅倉「樋口、好きなんでしょ、ブリザードフラワー」
樋口「…………」

(浅倉透は美しい
 精巧で、複雑で、繊細で
 透明な音のようだ)

浅倉「あの子ね、樋口にあげたいんだって、
   ブリザードフラワー
   頼まれてさ、手伝ってるんだ
   氷を操るブリザード能力で
   いい友達だね だから待ってたげて
   もうちょっとだけ」

(私と違って
 ああ、本当に────……………)

●ON STAGE 00:04:00

樋口「マンモス君……
   ……いや
   ブリザードフラワーじゃなくてプリザーブドフラワー」
浅倉「氷河期氷河期〜」
樋口「やかましいわ」

(……………………
 死ぬまで、忘れたままでいたかったのに)

浅倉「怖い家なのに、いたね いい人も」
樋口「見かけで判断しちゃいけませんね」


《ぜひ、浅倉さんと一緒に! どうでしょうか……!》


浅倉「そういえばもう一個知ってるんだけど 怖い場所」

────(Beep Beep Beep!!)────
●ON STAGE 00:04:15
──警告。

樋口「どこ」
浅倉「……ある部屋の中にさ、
   ズラーっと吊るしてあるの 死んだ植物が……!」

樋口「……いやそれ私の部屋のドライフラワー もういいわ」

両者「「どうも、あーしたー」」

●ON STAGE 00:04:27
○ON STAGE 00:04:28
──終了。

(──────っ
 漫才なんかやるんじゃなかった)

* * *

 終演後、ルミネ6階の雑貨化粧品フロアに寄るふりをして3人を撒いた。一人になりたかった。
 ネタを通して向き合ってしまった自分自身の浅はかな姿に狼狽え、透の輝きに畏れをなし、尻尾を巻いて逃げ惑う私の姿はさぞ滑稽だろう。長い電車の帰路で外面を取り繕い続けていられる自信さえ無くした私は、3人を上階に残したまま京王線新宿駅へと急いだ。

 ──しかし大階段上の東南口改札近くで出待ちしていたのは、今最も会いたくない男だった。

 準々決勝を客席から観覧していたプロデューサー。私たちに変化を与えた張本人。誰彼構わず八つ当たりしてしまいそうに過敏な情緒の今、彼に対しては殊更言葉を選べないような気がした。
 隠したい性根をみすみす曝してしまいかねないバツの悪さは私の背筋を寒からしめた。波打つ心は今にも決壊しそうで、それを押さえつけようとすればするほど心臓を掴むような不快が催される。目が合ったが、軽い会釈をして足早に通り去ろうと試みた。とにかく彼から逃げ出したかった。

「お疲れ様でした、お先に──」

「あっ、俺もこのまま帰るんだ
 駅まで一緒に行かないか」

 ──しかし、それは当然叶わない。私は眉間に皺を寄せ奥歯を噛み締めた。

「……前にも言いましたが
 特別手当をもらえないなら断ります」

 帰路の方向にプロデューサーが立ち塞がるので、降りなくてもいいエスカレーターへと逃げる。無駄な迂回を強いられたことに苛立ちを覚えながらステップに足を掛けると、すぐさま背後に彼が続く気配がした。ついてこないで。

「はは、まあそう言わずにさ
 あれ、みんなは?」

「…………
 ……先に帰りました」

「……そうか?
 ──あ、そうだ
 次のステージ衣装の資料、明日には届くらしい」

「……次の……」

「学校帰りとかでも事務所に寄れたりするかな?
 都合が悪かったら届けに──……」

「…………
 あなたはなぜ私を漫才師にしたんですか」

「……ん?」

「……私のことはさっさとバラエティから追い払うべきでした
 本当に見る目がない……」

 下りエスカレーターが終端に達したことで、私は背中しか見せなくてもよい言い訳をなくした。そのことに動転した私は東南口広場の雑踏に紛れて姿を眩まそうと駆け出すが、数歩もしないうちに足が縺れる。
 バランスを崩した私を支えたのは咄嗟に追い縋ったプロデューサーだった。躊躇なく腕をとる彼の無神経とそれによる辱めが、いよいよ殺気立つ私を憤懣でわななかせる。もう放っておいて。

「………
 その……確かに俺は未熟だけど……
 ごめんな、それには頷けない
 ……円香を選んだのは間違いじゃない」

「歯の浮くようなセリフ……!
 ここは向上委員会ですか、向上長……?」

「円香には漫才師としての才能がある
 これからさらにもっと──」

「さらにもっと?
 そこで知るのは?
 身の程って現実でしょ
 ──……
 漫才なんか知りたくなかった
 期待なんか背負いたくない
 必死になんか生きたくない
 自分のレベルなんか試されたくない
 何度も……何度も……
 そんなの私は……
 怖い……」

「すまない
 言いたくないこと……言わせてしまったよな」

「……それくらいはわかるんですね」

「……円香は、ひと目見て素質があると思ったけど
 ──ダイヤの原石は原石でしかないんだ
 でも円香は逃げたりしなかった 挑み続けてくれた
 もちろん、その理由は色々あると思うけど……
 ──自分の力でここまで来てくれた
 本当にありがとう……」

「………………
 だから、私は──」

「円香が望めば、越えられないハードルなんてない
 ひとつずつチャレンジして……
 乗り越えていくんだ
 絶対にその先に行こう」

「絶対……?」

「ああ!
 円香が望めば叶うんだ」

「そんな言葉に騙されない」

「いや、あとは気持ちだけなんだ
 円香の場合──
 これまでもずっと全力を出してきたんだから」

(……それ、誰にも言わないで)

「──…………本当に的外れ」

「あ……円香はそう言うだろうけど……ええと……」

(…………言わないで)

「…………
 それでも……何度チャレンジしても、越えられないハードルがあったら?」

「……円香が諦める勇気を持てるまでそばにいる
 それで……一緒に大笑いしよう」

「……
 どこまでも価値観が合いませんね
 私……笑いませんので」

──────● ピックアップコンテンツ(4)


【とおまど】
M-1準々決勝ネタ
タイトル: 『ハウ・アー・UFO』
ネタ時間: 04:28
開催日程: 2023/11/21
開演時間: 17:00
開催会場: ルミネtheよしもと(東京)
グループ: E

○ON STAGE 00:00:00

両者「「どうも〜〜」」
浅倉「浅倉透と」
樋口「樋口円香で」
両者「「とおまどです、よろしくお願いしまーす」」
浅倉「ちっちゃい頃ってさ、なんか怖い家とかなかった?」
樋口「あったね、木の影で暗いとかでね
   宇宙人とかいそう──だなんて、可愛いもんですよ」
浅倉「誰住んでんだろ」
樋口「あんま興味持たない方がいいと思うけど
   色々ありますからね、多様性の社会ですよ」
浅倉「どうなるかな、押し入ったら」
樋口「なんでこっちから藪蛇シバきに行くの
   そっとしときな知らん人の怖い家なんだから」
浅倉「じゃあさ、私住人やるから うち来てよ、樋口」
樋口「絶対行かない」
浅倉「やろ」
樋口「やらない」
浅倉「あー、なんとその家に、小糸ちゃんが入って──」
樋口「ごめんくださーい、どなたかいませんかー?」
浅倉「ういーん」
樋口「うわ民家に自動ドア? 怖い家」
浅倉「うぃんうぃんうぃんうぃん」
樋口「違った
   うぃんうぃん言ってるだけの変な人だった
   全然関わりたくない
   すいませんここに女の子来てませんか」
浅倉「ういーん」
樋口「威嚇されてます?」
浅倉「オオカマキリです」
樋口「あっ喋った
   ん、なんかそういうご趣味の方?」
浅倉「オオカマキリです、マジの」
樋口「やばい、香川照之説が絶たれたわ
   等身大マジカマキリはやばいわ」
浅倉「おとなしく立ち退きなさーい ういーんうぃんうぃん」
樋口「あのそうもいかないんで 女の子迎えに来たんです」
浅倉「返してほしくば、ヘリ寄越せー うぃんうぃん」
樋口「そういうの自宅じゃなくて銀行でやるもんでしょ」
浅倉「君のお母さんは泣いているー うぃーんうぃん」
樋口「なに泣き声みたいに
   あとその説得ポリス側のやつだから」
浅倉「私はヘリで海外に高飛び、君は女の子をゲット
   お互いウィンウィン」
樋口「うわきっつ」
浅倉「うぃーんうぃん、目指すはオーストラリアの首都」
樋口「ウィーンね」
浅倉「……キャンベラっしょ、オーストラリアの首都は」
樋口「クソが!
   何オオカマキリって、ちゃんと人間を出して」
浅倉「ふふ、オーストリアだよ、ウィーンは」
樋口「やり直すよほら、ごめんくださーい」
浅倉「めっちゃ誤魔化すじゃん」
樋口「すいませーん、女の子きてませんかー」
浅倉「痛っ 踏まないでよ、足」
樋口「どなたかいませんかー?」
浅倉「……ヒトデ人間です」
樋口「ヒトデ人間」
浅倉「とがってます」
樋口「はあ」
浅倉「ニョキ 趣味はミニシアター巡りでーす」
樋口「とがってんな」
浅倉「ニョキ 毎食ジビエでーす」
樋口「とがってんな」
浅倉「ニョキ 音楽はジャズしか認めませーん」
樋口「とがってんな」
浅倉「ニョキ 自民党に入れたことないでーす」
樋口「とがってんな」
浅倉「ニョキ ジブリ大好きでーす」
樋口「丸いな 急に五本目のカドだけヌルいな、
   五角形のバランス崩してるわ
   あんなの好きったって個性になんないのよ、
   内閣支持率よりあるんだから
   一本目のニョキ見習って今敏とかも見な」
浅倉「五本揃って、ヒトデ人間です」
樋口「マトモ人間出してってば」
浅倉「何? まともまともって」
樋口「ん」
浅倉「多様性認めない姿勢、まともかな、人間として」
樋口「とがってんな」
浅倉「人に生まれてもさ、生き方次第だよね、人間たりうるかは
   ヒトであり、ニンゲンで在りたいよね」
樋口「あ、『ヒトデ人間』じゃなくて
   『人で人間』でしたすいません」
浅倉「吐き出していい? 胃袋」
樋口「突然のえげつない人外」
浅倉「こん中だから、女の子」
樋口「しっかり外道ヒトデだったわ
   何が人間で在りたいよ
   ……毎食ジビエって人肉のこと??」
浅倉「一番うまいんだよね、若いメスの肉が」
樋口「外道おい
   あと人類の敵にしては文化リテラシー高すぎない??
   映画、ジャズ、グルメ
   粋なシルバーの生涯学習なのよもう」
浅倉「シルバー? ふふっ
   でも入れてないよ、自民党に」
樋口「野党支持の高齢者もいるわナメんな
   今度はちゃんと頼みますよ」
浅倉「まかしといて」
樋口「ごめんくださーい、どなたかいませんかー」
浅倉「マンモクスンです……あれ?」
樋口「あー」
浅倉「マンモスクンで……あれ?
   マンモス君です」
樋口「マンモス君出てきちゃったわ
   まあだいぶ言えてなかったけど
   あのー女の子来てませんか」
浅倉「いるよ でも今はダメ」
樋口「え?」
浅倉「樋口、好きなんでしょ、ブリザードフラワー」
樋口「…………」
浅倉「あの子ね、樋口にあげたいんだって、
   ブリザードフラワー
   頼まれてさ、手伝ってるんだ
   氷を操るブリザード能力で
   いい友達だね だから待ってたげて
   もうちょっとだけ」
樋口「マンモス君……
   ……いや
   ブリザードフラワーじゃなくてプリザーブドフラワー」
浅倉「氷河期氷河期〜」
樋口「やかましいわ」
浅倉「怖い家なのに、いたね いい人も」
樋口「見かけで判断しちゃいけませんね」
浅倉「そういえばもう一個知ってるんだけど 怖い場所」
樋口「どこ」
浅倉「……ある部屋の中にさ、
   ズラーっと吊るしてあるの 死んだ植物が……!」
樋口「……いやそれ私の部屋のドライフラワー もういいわ」
両者「「どうも、あーしたー」」

○ON STAGE 00:04:28

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