見出し画像

君に伝えたい《短編小説》

『永遠に続くものなんか…きっと何処にもない』

あぁ…今日は天気が良い。風も穏やかになってきた。
見える景色が少し変わってから、僕の心模様も何だか変わった気がする。

いつも傍に居てくれる彼女に手を伸ばす。
「おはよう。今日も綺麗だね」
彼女は無口で、その静かな美に惹かれた。
時々そよぐ風の様な声で囁き掛けてくる、その瞬間を僕は心から愛している。

今日も恥じらう様に靡く。薄く淡い光を放つ。
僕の指先に小さく口付けして、彼女はまた目を閉じた。

愛おしい、とこんなに想える自分に驚いている。
僕は多分、どちらかと言うと、今までの人生では異性にモテて来た方みたいだ。
よく告白されたり、さり気なくアプローチされたりした。
けれど、それも時と共に変わって行く感情だと僕は知っていた。
人の気持ちは移ろいやすい事も知っている。

けれど彼女は決して僕を裏切らない。
そう何故か確信した。
そして僕も…君をずっと命尽きるまで愛するだろうと、強く誓えた。

再びの眠りに就いた……。

目が覚めたのは三日後だった。
こんな事の繰り返し。
あとどの位、僕は君の姿を焼き付ける事が出来るだろう……。

薬の副作用のせいか、眠気が酷くなってきた。
彼女に手を伸ばせる事も少なくなった。

一週間、僕は深い眠りの中を彷徨っていた。
やっと彼女に触れられた。

桜の木の下で、彼女はいつもの様に静かな笑みを浮かべていた。
『貴方が入院してからずっと、貴方だけを見つめていた。 もう少しで私の花弁が舞う季節…。貴方だけの為に精一杯…』

目が覚めた時、窓から桜の花弁がふわりとベッドの上に落ちた。
それは彼女の伝言だった。

僕は日に日に落ちて行く筋力に必死に抗い、君に手を伸ばした。
「ありがとう、君が居たから頑張れた…」

深い眠りに就いたのは、その日の午後を過ぎた頃。

何の前触れもなく外の桜が音もなく倒れた。
病院関係者は驚き、怪我人が居ないか大騒ぎになったが、幸い無事だった。

不思議な事に倒れた桜は、一気に色あせ薄紅色から銀色に近い色に変わり、やがて枯れた。

305号室の若い男性患者は長く入院していた。
窓から見える桜をとても愛していた。

まるで長年連れ添った夫婦の様に…同じ時期に命が尽きた事に、周りは偶然とは思えない何かを感じ静かに泣いた…。

『貴方をずっと愛してる』
強い風と共に、永遠の眠りに就いた彼の唇に最後の花弁一枚が、そっと口付けた。

『永遠なら此処にある』

[完]


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?