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ホンドギツネと出会った日

それは僕が科学館に勤めていた、ある寒い冬の日のことだった。

毎日、仕事を終えてまっすぐ家に帰り、対して面白くもないテレビをみて、寝て、起きて、また仕事に行って・・・そんな繰り返しを変えたくて、ある時、回り道をして帰った。特に目的があるわけでもないが、普通では10分と掛からない帰り道を、とにかく遠回りして帰ることにした。

住宅街を抜け、神社の横を通り過ぎたときのことだった。道路脇の田んぼから、突然、僕の車のヘッドライトが照らす先へと、何かが飛び出してきた。それはキツネだった。

そのキツネは車を気にすることもなく、目の前を颯爽と横切り、渡った先にあった斜面を登って行った。そしてそれに続いて、もう一匹のキツネも同じように目の前を横切っていった。

僕は反射的に車を道端へ停め、車から降りてキツネたちの後を追っていた。
日々のデスクワークで身体がなまっていたことなどすっかり忘れて、夢中で斜面を登った。
登っている最中、斜面の上をキツネが歩いていく影がぼんやり見えた。

斜面を登りきり、息を切らしながら、キツネたちが歩いて行った方を向くと、僕が暮らす街の夜景が急に視界に飛び込んできた。
そしてその夜景を背景にして、2匹のキツネのシルエットが悠然と歩いていたのだ。
僕は身体の中が震えるのを感じた。その震えを声に出して叫びたいほどだった。僕の中で何かが変わった瞬間だった。

それから僕の頭の片隅には常にキツネが棲み始めた。そしてまた彼らに出会いたくて、あのときと同じように、仕事帰りに彼らを探す日々が始まった。

あの日、僕は回り道をしなかったらキツネに出会うことはなかったかもしれない。仕事を辞め、学生の時にぼんやりと浮かんでいた「写真家」という道に進んでいなかったかもしれない。

人によってはそう大したものではないかもしれないが、僕にとっては、あの日の出会いはそれほど衝撃的なものだった。

だから僕は今日も頭の中に棲み続けるキツネを追っている。
僕らと彼らとの「つながり」を探して。

僕が出会った夜景とキツネ
キツネとの出会いの後に、毎晩通って半月ほど掛けて撮った一枚。
しかしもうこの写真と同じ風景は見ることが出来ない。
なぜならこの場所は工事され、この時とは全く違う景色になってしまったから。


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