ご免侍 七章 鬼切り(一話/二十五話)
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あらすじ
ご免侍の一馬は、琴音を助ける。大烏城に連れてゆく約束をした。祖父の藤原一龍斎は、一馬を刀鍛治の鬼山貞一に会わせる。貞一の娘が母親だった。そして母は殺されていた。
一
一馬は、伊豆の渓谷に流れる川を見下ろす。
「一馬」
「……」
「夕飯ができましたよ」
琴音の気配をまったく感じとれない。呆けたようにふりかえると琴音が心配そうな顔をして、両手を胸元で握っている。
「すまない、動揺している理由がわからない」
「それは……後にしましょう」
深い森の中を歩く、さびれた村は湯治客もおらずに静まりかえっている。一馬は、母の顔を覚えていない。確かに見た記憶があるが、とても遠い昔の事で忘れていた。
そんな母が死んでいた。そして殺されていたと知ると心がざわめく。理由を知りたいとも思うが、聞くのが怖い。なぜそこまで平静を保てないのかわからない。
「琴音、その……お父上が死んだときは、どうされましたか」
「……悲しかったですが、きちんと御弔いをしようと思いました」
初めて会ったときは、従者の老人が殺されていても毅然とした態度に見えた。とても強い女性に感じる。
「私は……なぜか体が痺れるような、ふわふわした感じなのです」
「おかあさまが好きでしたか」
「……それがわからない、それがわからないのです」
一馬は、気の抜けたように歩いているが、たまに地面の根っこにひっかかるのか、つまずいたりする。
琴音がそっと一馬の左腕をひくと案内するように一緒に歩く。もう村が見えてきた。
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「お前がわしの孫か、まぁ少しは桜に似ているな」
隻眼の老人は鬼山貞一。元は大名から頼まれて刀を打っていたが、なにしろ偏屈で気難しいのか依頼されても異様な刀ばかり作くるような老人だ。
「心がやさしい孫じゃよ」
「ふん、こんな青二才に俺の刀が使えるのか」
祖父の藤原一龍斎と鬼山貞一は、どぶろくでも飲んでいるのかベロベロだ。
忍者の露命月華と江戸からついてきたお仙が相手をしているせいか、場が華やかで老人達はご機嫌だった。
「一馬どの、おもどりか、飯はできておりますぞ」
粗末な山の中の村だ、雑穀と漬物しかない夕飯が箱膳に置かれている。雄呂血丸が、めしを食いながら箸で手招きする。
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