ご免侍 五章 狸の恩返し(一話/二十五話)
あらすじ
ご免侍の一馬は、琴音を助ける。大烏城に連れてゆく約束をする。琴音を狙う四天王の一人は倒したが……
一
「あんた、汚い坊さんが来てるよ」
岡っ引きのドブ板平助が住む裏長屋に一人の坊主がたずねてきた。女房のお勝が、鼻をつまんで手であおっている。臭いと言いたいのか、亭主の平助に不満を言う。
平助は朝飯をかっこむと、のっそりと立ち上がる。もう歳は四十手前だ。腹も出て、不摂生で足も痛む。昔のように立ち回りも難しい。
「わかったよ、出るよ」
坊主は蝮和尚だった。むっつりとふところに手を入れて立っている。貧乏坊主が勧進を求めている風には見えない。
「話があってな」
「よござんす、かかぁ、ちょっくらいってくる」
「いつ帰るんだい」
「昼には戻る」
女房のお勝は、針の仕立ての腕も良くて上客もついていた。平助が岡っ引きとして仕事が続けられるのは、すべてお勝の稼ぎと言ってもいい。
平助は蝮和尚が、長屋から出て行くのを追いかける。和尚の袈裟は汚れ放題で黒だか白だかで、まだらだ。
「何の御用ですか」
「内密の話じゃ」
人気の少ない場所を探す、古びた神社は管理もされていないのかボロボロだった。鳥居も倒れそうに見える。蝮和尚は、そんな場所の石段に腰かけた。平助も並ぶように座る。
「そろそろ寒いな……」
「秋も深まってますからな」
「実は頭から命が来た」
「へい……」
一心和尚、通称で蝮和尚は、投げ込み寺で身元が判らない死体を弔っている。元は荒れ寺だったのを、一心和尚が住んでから仏を埋葬できた。ただ彼の身元が怪しい。
「藤原家の御曹司を殺せ……と言われた」
「一馬様をですか」
嫌な汗が出てくる。殺せ……相手は剣の達人だ、殺せるわけがない。それに彼は自分の命を助けてくれた藤原左衛門の息子だ。
「誰が殺す……か決まってるんで」
「お前に頼もうと思ってな」
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