ご免侍 四章 狐の腹切り(二十五話/二十五話)
あらすじ
ご免侍の一馬は、琴音を助ける。大烏城に連れてゆく約束をする。同心の伊藤伝八は、奉行から切腹を命じられた。妻の伊藤加代は、散華衆のねじれ念仏に、さらわれる。
二十五
「藤原一馬殿ですか」
「はい、父は藤原左衛門、祖父は藤原一龍斎」
「それで、ご用件は」
「同心の伊藤伝八の切腹の件です」
ここでまた、琴音の事を言わないで、血が流れたのは相手から難癖をつけられた喧嘩として説明する。
「……なるほど、実は今は寺社奉行所から使いがきまして、怪しい寺の件で大量の死体が見つかりました。そこを管轄していた、寺社奉行側の小検使が腹を切ったそうで……」
「その件は、ご免侍として私が切りました」
驚く与力に、伊藤伝八が怪しい集団に狙われた事や、奥方が人質になった話を伝える。どこまで詳しい話をしていいかわからないが、真実を隠しても仕方がない。
「……公儀御用ならば、なにも問題は無いですな」
「伝八の件は」
「それも不問とします」
「わかりました」
礼を言って奉行所を出ると、まだ陽が高い。友が死なないと確信を得ただけで、安堵感で一杯になる。一馬は伝八の事で喜びがわく。失うと考えたことすらない。
(でもいつか……)
一抹の不安を感じながら、神田川沿いの土手を歩く。そろそろ秋の風が体を冷やす。
――いや、この冷たさは殺意だ。
ぶんっと何かが飛んでくると同時に、一馬は土手下に転がり落ちる。見上げると土手上で、ねじれ念仏が左手に棒を持っている。その棒の先に口で印地をはさむと、一馬めがけて腕をふる。
(投石器か)
手で投げるよりも何倍も威力がある、転がった一馬の近くで派手に土埃がまきあがる。
(当たれば骨も折れる)
腕を切られたばかりのねじれ念仏は、左腕だけで一馬を殺すために待ち伏せをしていた。一馬は懐から、下手人を捕縛する萬力鎖を取り出すと投石器に向かって投げる。ぐるりとまきついた鎖を棒で払いのけるねじれ念仏。走って突っ込む一馬は、その隙をつく。
「えぃ」
土手下から、鬼おろしで足を切り払う。左足首が空中に舞う間に、心の臓に鬼おろしを突き刺した。ねじれ念仏は、刀の重量で、朽ち木のように倒れると絶命する。
神田川の土手に人が集まってきた、一馬は、近くの自身番がどこか思いだそうと眉をひそめた。
次回からは「狸の恩返し」です
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