見出し画像

片っっ端から確かめたくて

最近、自分が固定観念という檻に閉じ込められているような気がしてならない。

常識とか、生まれた時から教えられてきた疑う余地もないはずの、当然信じるべきこと。それなのに、それが正しいのかどうか、気になって調べてみたくなって仕方がないのだ。

そして、意図せずして調べたことが、イメージをひっくり返すなんてこともある。

例を挙げるなら、発達障害。児童福祉の分野で学んだ時に考えた。障害というものは負のイメージが強い。かわいそうとか、知能に遅れがありそうとか、常識的に言うのも憚られるようなイメージが勝手に出来上がっている。

しかし、調べれば調べるほど、それってただの個性じゃないかという気がしてくる。自閉スペクトラム症なんて言葉が広義である通り、「障害」と一括りに言ってもワンパターンなものは無く、人によってできることとできないことと、その程度が違う。それってもう立派な個性じゃないかと、思うのだ。じゃあ障害ってなんだ?病名ってなんだ……?全てが正常な人の方が少数に思えるし、いつか死ぬって時点で人類みんな障害者では……?なんてなんて、思考が止まらなくなるのだ!

そんな調子で、最近はいろいろな思考が降ってきて、寝付けなくなったり、衝動的に調べ物をしていることが多くなった。スケジュール管理を得意とする私が「しなければいけないこと」より「気になって仕方がないこと」を優先しそうになって、計画通りにできない人の気持ちが少し分かった。

それで、一つの方法として私は「書き留める」を習慣にすることにした。さっきまで確かにここにあった秀逸アイディアがどうしても今思い出せない!というもったいない経験をしないために。一度気になったことを、中途半端にしないために。使っていないメモ帳、一枚のルーズリーフ、数ページ残ったノート、Evernoteなども電子メモでもなんでもいい。とにかく、その場で書いてアイディアや考えを保存しておく場所を作った。

きっかけは一冊の本。堀正岳氏の「知的生活の設計」という本。

画像1

たくさん本を読んで情報を得る。得た情報に自分の考えが加わることで、ウェブ検索できないという価値がつく。あとは忘却との戦いだというのがこの本の趣旨だと私は捉えた。

本の中で著者がオススメするアプリを入れ、メモ帳を買い、すでに私のパーソナルスペース内には「思いついたことメモ」の破片が飛び交っている。

これがすごい。寝る直前にふと閃いたアイディアなんて、数分もすれば忘れてそうなものが、ちゃんと保存されているのだ!書き留めたのだからそりゃそうか!

実に私の周りには、レベルの高い人がたくさんいる。高校生で、メディアで取り上げられるような活動を立ち上げていたり、行動力の塊だったり、教養が深く芯がしっかりしている人たちがいる。そういう、学歴や社会的立場にとらわれない「知的かっこよさ」を求めていくこと。これこそは、誰にも開かれた公平な機会なのではないかと思う。

音楽や本に関しても、流行のもの、好きなものを追い続けるのももちろん楽しいけれど、「これがいちばんいい」という固定観念から脱出すること、探索して、どれだけディープな世界に潜れるか、そこで新たな分野が広がるか否かの分岐点になるという考え方。

もちろんメンタル維持に欠かせない癒しの時間、ゲームや、長風呂や、推し活なんかも忘れずに。「好き」に尽くす時もあっていい。何をしていても全ては「生産性のある経験」なのだから。

10年くらいを見込んで、どんな習慣をつけるのか、数ある本の中からどの本を選ぶのか、どんな家庭スタイルを選ぶか、広〜い視野から小さな決定を重ねていきたいなと思う。

固定観念から脱出する鍵は「知識」だと思う

「知識」が増せば「愛」が育つ

タイトルはずっと真夜中でいいのに。の『正しくなれない』の歌詞の一部です。これは約束のネバーランドの主題歌であって、あの世界観を描いているんだろうなというのが想像つきますが、なぜだか共感が湧くのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?