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“引退”について考える

最近鏡を見るとしみじみ思うのだ。
「年齢には抗えないな」と。

私は昔から、(大した顔でもないのだが)顔の劣化が怖かったから、20代の半ば頃からスキンケアだけはめちゃくちゃ気を遣ってきたつもりだ。

SKⅡに始まり、ドゥ・ラ・メールをひと通り揃え、POLAのアイクリームがいいと聞けば買い、シュウウエムラのクレンジングをストックした。ベースメイクも仕上がりより肌への負担を考えて極力日焼け止めのみ。仕事の時はクレドの下地、ドゥ・ラ・メールのファンデ、とにかくなるべく上質なものを。

肌に乗せるものには金を惜しまなかったし、ダメージは徹底的に防いできた。食事についても研究したし、必要なサプリも注意深く加えた。表情筋や頭皮のマッサージ、全身運動もかかさなかった。最近は美容クリニックのフェイシャル系にも手を出し始めている。関心があるのはメイクより断然スキンケアだ。

だから“年齢の割には“若く見られることが多かったように思う。
先日も日の浅いお客様に「だって君はまだ若いじゃない。今30ちょうどくらいでしょ?」と真顔で言われて吹き出してしまった。

でも、時間には勝てないのだ。誰ひとり。

目元もそうだし、顔全体もそう。なんとなく、少しずつ、変化していく。
小さな皺が刻まれ、窪みができ、ラインが変わっていく。
はじめは「あれ、最近疲れてるせいかな、寝不足のせいかな」と思うのだが、そのうち寝ても元に戻らなかったりして、しっかりと定着していることに気づく。

まぎれもない“老化”が忍び寄っているのだ。

いい加減引退かなあ、と私は考えるようになった。

***

先日、海外から一時帰国したお客様の熱いリクエストにお応えして、2年ぶりくらいに本格的にお店に出た。

コリドー街でカジュアルに食事して、その足で銀座のお店に行った。いわゆる同伴出勤である。(ほんとは食事前、ヴァンクリーフでお買い物してもらおうと思ってたのだが、銀座は今予約しないとお金があっても売ってもらえないというスゴイ状況になっていた)

ヘアセットせずに入ったので、新人スタッフや知らないキャストには若干睨まれたが(すみませんでした)、お客様は結局VIPルームで5本のシャンパンを開けてくれた。
そんなわけでお店スタッフは最終的にホクホクの笑顔で私たちを見送ってくれた。

その夜私は2年ぶりにTADASHI SHOJIのドレスを着た。(※私がお店で着ているドレスのブランド。好みです)


最近はあまり食欲がなかったので体重は結構落ちていて、ドレスは割とゆるかった。

お客様は私のひさびさのドレス姿に大変喜んだし、2年ぶりに会った社長は「相変わらずお綺麗で」と私を褒めてくれた。「つかふる、本当に変わらないね」と。

夜の照明のもとで、誰も私の劣化には気づいていないみたいだった。
でも私は私の変化に気づいている。もちろん。

翌日は頑張って飲みすぎたシャンパンがいつまでも抜けなくて、ほとんど家の中でぐだぐだと過ごした。


***

私のお客様のほとんどは、もう何年も前に出会った人たちだ。
だからある意味惰性で一緒にいてくれる人も多いと思う。昔の私を偲んで。

一方で新たに出会う人もやはりポツポツいて。

そういう人は、“今”のこの私しか知らないわけで。

ならば私に引導を渡してくれるのはそういうニューフェイスたちなんじゃないかと思うようになった。どこかで、「あんたさあ、何のつもりよ。もう需要ないから」とバッサリ言われるような、わかりやすい“終わり”が来るはずだと。

それはそれでいい引退じゃないかしら、と私は思っていた。

***

そんな中、最近新登場したお客様がいた。

40代後半だが皺があまりなくつるんとしてるのと、ベビーフェイスなところもあって、かなり若く見えるひとだ。30代半ばと言われてもわからない。

田舎から東京のいちばんいい大学に出てきて、成績優秀のまま金融系に入ってガシガシ稼ぎ、
海外赴任したついでにMBAもとり、帰国して今度は職場の研究職&博士課程でも研究しているという。

初めて会った時は、あまりに普通の、割と顔のいい好青年という感じだったので驚いてしまった。その上今言ったようなキャリアを聞いたもんだから食指が動いた。なんでこんな真面目で不自由してなさそうな人がわざわざ?と。

顔も育ちも頭も良さそうな、社会適応型のハイクオリティな男。器用に何もかも手に入れた男。
私はこういう上質な人間に目がない。報酬なんかなしでも飲みたいくらいだ。

その上彼はとっても紳士的で、要求は「一緒に食事をして会話すること」、ただそれだけだった。
最後にお礼を受け取って駅で別れる。接触も要求もない。ただそれだけ。額はそれなりに高い。

初めて彼相手に「仕事」した帰り道、私は、彼はこれで満足できたのだろうか、果たして次があるんだろうかと訝っていた。

しかしその夜、「ユキさん(※私の偽名)の見た目も雰囲気も自分のタイプです」「僕は貴女のような成熟していて艶っぽさのある女性が好きで」とメッセージがきた。

「お話したとおり忙しいけど、時間を作るのでまた是非お願いします」と。

成熟。

歳を重ねた女性にはそれ専門の需要があるということなのだろうか。
私は日々明らかに劣化しつつも、そういう階段を正しく登れているんだろうか。

社交辞令の可能性もあるのですっかり忘れていたのだが、3週間後彼はまた予約を入れてくれた。

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